大団円ハッピーエンド


「ところで、どうやって過激派の魔術師を倒すの?」


 双葉はにっこりと微笑んだ。


「ちょっと、ノープランなの?」


「当たり前でしょうが!色々言ったけどね、私は五分少し前まで学校で授業を受けてたのよ。だから事情は全部聞かせてもらうからね。……勿論、そこの随分と早く来た協会の人と一緒に、……だけど」


 振り返ると先程の黒服の青年が凄い速さで走ってきていた。そして辿り着くなり彼もまた叫ぶ。


「おまっ、両手足から火を噴射してジェット飛行って、魔法を隠す取り決めとか無視しすぎだろ。見つけやすかったけどさ」


「秘匿よりも親友の方が大事だったの。悪い?」


「人としては一切悪かないけどさ、魔法使いしては絶対にダメだろ」


 双葉はにっこりと微笑んで誤魔化した。


「そっちの京香さんもさっきぶりだな。辛気臭い顔じゃなくなっててよかった。しかし……お前ら本当に何やってたんだ。てか、何が起こってんだ」


「……その前にまず自己紹介をして。一応初対面でしょう?」

 

 双葉の冷たい目線。一応言っておくと、彼女に悪気は無い。だって双葉からしたら本当に目の前の青年とは初対面なのだし。


「えっ? さっきしたはず……」


そして、その双葉の言動に対して青年はとても困惑している様子。というか、冷静に考えると私もこの人とは初対面みたいなものだ。名前すら知らない。


「とりあえず二人には私がここまで何があったのかを説明するから……」

 


 屋敷まで歩く道すがら、双葉と、名前を如月旭というらしい青年にここまでに何があったかを説明した。こういうことをするのは今日で何回目だろうか。……結構慣れてきたので今日一でわかりやすい説明ができた自信がある。


「……魔力溜まりの決壊に町の複製か。俺は途中から街の外から来たからま街が複製されてもその場に留まれたってことか? よくわからないな。まぁひとまずその辺については置いておこう。ったく、とんだ厄ネタじゃないか」


 びっくりするくらい誰も現状を詳細に把握できていない。まぁ魔法なんて不思議現象が関わっているのだしさもありなん。


「しかし何が『俺たち忙しいし、襲撃なんて本当にあるかわからないからお前一人で十分だよ』だ。恨むぞクソ上司共。別に一人でも何とかなりそうだけどさ……」


 ……おっと? 協会ってもしかして信用ならない? 如月がブツブツと虚空に恨み言を吐いているようだけど、その内容がなかなか酷い。救援は彼以外来ていないということか……。


「随分と自信満々なみたいだけど、これから来るらしい過激派にはあなた一人で勝てるの?」


「勝てるに決まってるだろ。こちとらプロだぞ、ほぼカタギにすら一杯食わされる魔法使いに負けるわけが無いだろうが」

 

 所要時間は十分程度。屋敷内部、赤いカーペットや灯る明かりには一切の戦闘の形跡も血痕もない。……いつも通りのお屋敷だ。


 現地にいた直樹さんにも先程と同じような説明をして縛縄などを準備してもらった。


「タウミエル機械仕掛二千式理論って実現できたのか……。いや、結果起こる事象が同じだけで、アプローチの仕方が違う。もしかしたら新しい理論に繋げられるんじゃないか? 名前は二条二千式──、……」


「お父様? これから魔法使いが攻めてくるのにそんな感じで大丈夫なの? その、危ないのよ」


「あぁ、問題ない。『私』でもどうにかなるレベルの魔法使いだろ? それなら協会の人間が来たのだから。もう安全だろうさ」


 直樹さんは随分と能天気だ。笑顔で考察まで始めてしまっている。肝が太いとかそういう次元じゃない気もするのだけども。


「では私は紙に考察を纏めてくるよ。何があったかを協会に提出する必要もあるしね。それに、もし彼が戦うのならば私は邪魔になってしまうし」


「えっ、ちょっと。お父様?」


 直樹さんはそのままスタスタと書斎に行ってしまった。危機感とかないのだろうか。いや、如月に対する信頼が厚すぎるのか?


 先ほどの状況とは何もかもが違いすぎる。これって良くないのでは無いだろうか。例えばこれが映画なら無惨な姿で直樹さんが発見される前フリな気もするのだけれども……。


 そう思い、今回のキーパーソン的な扱いの如月を見ると、彼もまた、屋敷の玄関広間から出ようとしているところだった。

 

「えっ、どこに行くの?」


「屋敷の外。相手が馬鹿みたいに正面から来ることはわかってるんだ、屋敷に入れる前にちゃっちゃと拘束してくる」


 そう言うと、如月も縛縄を持って外へ出て行ってしまった。私が何も知らないってのもあるけども、これって大丈夫なの……?


「……ねぇ、双葉はどっか行ったりしないよね?」


 気づけば玄関広間に二人きり。寂しいし不安だ。ここが血に染まったのを二回見たのだ。正直怖くて怖くて仕方がない。


「実は私にもやってない宿題が……」


「ちょっと!?」


「冗談よ」


 前回までの緊張感は何処へ行ったのか。双葉も直樹さんも本当にのほほんとしている。あの如月という青年はそこんなに信用できるのだろうか。ちゃんと今まで何があったか説明した筈なのに。

 

 それからしばらくして、如月が帰ってきた。気絶した霧ヶ峰を片手で担いで。


「如月さんって本当に強かったんだ……」


「そりゃ強くなきゃ一般人は皆魔法使いのことを知ってなきゃおかしいことになるからな。しかし……、こいつとんでもなくうるさいヤツだったな……」


 そう言いながら如月は地面に霧ヶ峰を落とす。扱いがすごい雑だ。完全に因果応報だから可哀想とは思わないけども。


「じゃあ次は眠らせる能力持ちの女と爆弾だな。それでなんだが……、二条京香さん、悪いが君にも同行してもらいたい。わかっているとは思うけど蒼星のお二人はこの屋敷で待機だ」


「えっ……?」


 何故私が?どう考えても足手まといにしかならなそうなのだけども。


「理由は簡単に言うと二つだ。一つ目は俺はあの女がいた場所までの道を知らないってこと。さっきのは駆け回って探した上での偶然だったからな」


「それなら別に双葉でもいいんじゃ……」


「まぁ焦るな。二つ目の理由もある。二つ目の理由は二条さんの護衛だ」


「護衛……?」


「話を聞く限り、というか俺も実際に見て思ったが、この場で一番重要度が高いのは二条さんだ。別に屋敷に残っていてもらってもいいのだけど、その場合は女と入れ違いになった時のリスクが大きい」


先程縛って地面に投げ捨てた霧ヶ峰を如月が指差す。


「でも、それだと双葉と直樹さんが危ないんじゃないの、全員で行けば……」


「アホか、そんなことしたら女がもし来た時にこの男が簡単に復活させられちまうじゃないか。ドロケイじゃねぇんだぞ、逃がしちまって憂さ晴らしに虐殺でも始めたら大惨事だ」

 

「アホって……。というかちょくちょく漏れてたけど口悪いね如月さん」

 

「直そうと努力してるんだよ。むしろここまで取り繕えてたことを褒めてくれ」


 偉い偉いとでも言った方が良いのだろうか。そう思っていたその時だった、男の背中からバイブ音。ローブをまさぐって調べるとそこには携帯電話。


 着信を受けている途中みたいだ。きっと相手はあの女。


「ま、ゴタゴタ言ってる場合じゃないか。その他諸々の説明はもうしないぞ」


 慣れた手つきで私を背負い、屋敷を出たかと思えば、凄まじいスピードで屋敷から山へと駆け抜けていく如月。


 すごい既視感。というかさっきやられたやつだ。

 

「ちょっ、早っ!?本当に人間!?」

 

「そういう魔法を使えるんだよ俺は。RPGで言うところの全ステータスアップってやつだ。便利そうだろ?」

 

「それって普通の人みたいなもんなんじゃ……」

 

「RPGとかやった事ないのか?めちゃくちゃ便利だぞこれ!」


 

「この辺であってるよな?」


「あってる……。気持ち悪い……」


 早いし揺れるしで、精神にかなりくる。無論、さっき程では無いが別ベクトルでだ。ジェットコースターに長時間乗っているみたいな感じだった。うっぷ。


 と、まぁそんなこんなで山に到着。記録は体感時間五分。体感なのでもっと早いだろうからレコード達成は確実だろう。何のレコードから知らないけども。


「(ここからは小声で行くぞ。あの女に気付かれたら面倒だし)」


「(それくらい分かるからね?)」


「(よし、じゃあ行くぞ)」


 昔の遊び場とは言え景色はそれほど変わらず、道も意外と覚えているもの、魔法によって夜目も効くという如月の存在もあって、楽々と廃寺の周辺へと辿り着くことができた。


 ……辿り着けたのだが。


 女は廃寺にもテントにもいなかった。焚き火があり先程までこの場にいたことは分かるのだが……。


「(まさか、入れ違い?)」


「(いや、あっちに足跡が続いてる。行くぞ)」


 私の目には何も見えないが、如月には見えているのだろう。匂いとかも感じてるのかもしれない。もしかして、本当に便利なのか?


 私達がきた方向とは全くの正反対へと続く足跡を辿って行った先に女はいた。


 爆弾をいきなり爆発させるなんてことをされたら困るので草むらに隠れて様子を窺う。


 女は時計と携帯電話をしきりに見ているようだ。霧ヶ峰が電話に出ないのを不審に考えているのだろうか。


「(……アイツが完全に油断した瞬間に拘束するぞ)」


 しばらく悩んだ後に女は廃寺のあるこちらに向かって歩き始めた。その顔は少し焦っているように見える。


 そうして、草むらに隠れているこちらに気が付かず背を向けて歩いていき……。


 それを好機と見て、如月は不意を突き、背後から縛縄を押し当てる。そうしてそのまま一切の抵抗を許さないままにその縛縄で女を縛りつけた。


「ま、こんなもんだな。余裕余裕。それじゃ、後は爆弾か」


 

 ────。 爆弾自体は音を出しながら発光していたことからすぐに見つかった。ただし、最悪に近い形でだったが。


「……なぁ、俺の見間違いじゃなきゃこの爆弾ってあと三分くらいで爆発するんだが?」


「私の目にもそう見えるよ」


「話が違う……。いや、あいつら視点でもこの時点でもこの事態は異常だ。予定を早めてもおかしくないか」


「ど、どうする? コレ動かす?」


 爆弾に手を伸ばそうとして如月に制止される。


「多分この爆弾は動かしたりして衝撃を加えたら爆発するタイプだ。」

 

 何か手がかりのようなものは無いのだろうか。いっそ見つめ続ければ穴とか開かないだろうか。そう思いながら凝視していると、爆弾についている赤く光るデジタルタイマーが丁度残り二分を知らせてくる。


 ……タイマーと繋がる赤と青、二本のコードの主張が激しい。と言うよりもそれにしか目がいかない。


「……ねぇ、もしかしてあのコードってどっちかを切ったら止まるってやつじゃない?」


「そうだと信じたいな。ったく、ハリウッドかよ。……まぁひとまずそれで何とかなるとしよう。しかし問題は赤と青のどっちかだな。あの女を叩き起しても答えそうにねぇし、何より時間が無い。どうやって切るかって問題もあるし」


 うんうんと悩む如月。とりあえずコードを切るために複製でナイフを作り如月に渡す。霧ヶ峰が持っていたものと同じものだ。

 

「おう、ありがとよ。一か八かに賭けるか……?」


 そうした時、ある一つのアイデアが脳裏を過った。


 残り一分、いよいよ時間が無い。


「──── 青、青色のコードを切って」


「根拠は?」


「言う時間が惜しい、私を信じて!」


「……あぁ、わかった!」


 先程渡したナイフで如月が青のコードを切る。タイマーは……、停止した。


「セーフ、ラッキーだった……」


 緊張の糸が一気に解け安心する。本当に怖かった……。


「おい、何でそんな賭けに勝ったみたいなこと言うんだよ。てかどんな根拠があったんだ?」


「あー、実は根拠なんて無くて。保険はあったけど」


 そう、青を選んだのは直感だった。


「は?」


「いやさ、間違ったら魔力が決壊するわけでしょ? その時に出てきた魔力を使ってコードを切る寸前の時間を複製すればいいかーって思ってさ」


「いい性格してんなぁ、お前……」


 如月は苦笑した。



 その後、爆弾は、「厄介な事を押し付けやがって」と、怒りながら電話した如月が呼んだ協会の人があの二人と一緒にしっかりと処理してくれた。


 町全体で起きた不可解な事象は全て大規模なガス事故で幻覚を見たり昏睡したりしていたということになった。


 町全体の時計がズレたりしてたことから陰謀論やオカルトでほんの少しだけ盛り上がったが、それもすぐに収まった。


 何よりも驚いたのが特に特にニュースや新聞などにも今回の一件が一切ニュースとして出てこなかったこと。魔術で何かをしたのだろうか。


 ……と、まぁ、つまりなんやかんやで今まで通りの生活が戻ってきたわけだ。


「あっ、消しゴム家に忘れた。ねぇ、双葉。複製の魔法使ってもいい?」


「ダメに決まってるでしょうが。なんで魔法なんかを学校で使おうとするのよ。まったく、消しゴムくらいなら貸すのに」


「ほんと!!やっぱり持つべきものは良い友人だね」


「お前な、魔術ってのは隠匿するものなんだよ。バレるバレない関係なく学校で使おうとするな。この前教えたろうが……」


 それと、如月が転校してきた。私と龍脈の監視だとか何とか。彼も大変だ。まさかの同学年ということには驚いたが、まぁ仲良くはしてくれている。


 あと、今回問題になった龍脈の魔力だまりは協会の調査の結果、魔力がもうすっからかんになりかけていたらしい。


 冷静に考えれば溜まっていた魔力を使って町を複製していたのだ。エネルギー保存の法則的なやつで魔力も減っていくに決まっている。


 正直、それを聞いた時は少し焦ったものだ。そういえば複製する時もどんどん強く念じなきゃ複製できなかったな……と。


 だがしかし、それはこの街においての目下最も重大な問題が解決したと言ってもいい事だ。


 つまりハッピーエンド。私自身のことは如月も双葉もいるし大丈夫だろう。


「ちょっと、そこの三人、授業中に喋るんじゃありません!」 


 ある一日を乗り越えて戻ってきた、少しだけ変わった……、でも平穏で平和な日常。


 長針が真上を、短針がその左横直角九十度を指す時計が、何でもない土曜日の午前九時を示していた。

 

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