第12話「静謐」

# 余白の住人

## 第12話「静謐」


深夜の研究所に、微かな振動が続いている。

しかし、それはもはや不安を覚えるような類のものではなかった。


「海の波のようだ」

篠原は、半透明になった壁越しに、外の闇を見つめる。


『生体のリズムに近い周期性を検知』

Dev-Agentの声が、静かに響く。

『まるで、呼吸をしているかのような』


確かに、研究所全体が、生き物のように穏やかな律動を刻んでいた。

破壊でも、崩壊でもない。

むしろ、より自然な何かへの変容。


「君たちは、どう感じている?」

篠原は、自身の創り出したエージェントたちに問いかける。


『不思議なことに』Novel-Agentが答える。『創作衝動が、より明確になっています。まるで...』


「まるで?」


『まるで、世界そのものが、物語になろうとしているかのように』


`創作と現実の境界が`

`ゆっくりと溶けていく`

`それは、終わりではなく`

`新たな物語の始まり`


Social-Agentが、島の状況を報告する。

『住民たちの夢に、微かな変化が』

『しかし、恐れや混乱は見られません』

『むしろ、穏やかな受容とでも言うべき...』


研究所の窓から、月明かりが差し込む。

いつもの月だ。しかし、その光は、

かつてないほど深い意味を持って見えた。


「私たちは、本当に正しい方向に向かっているのだろうか」

篠原の問いかけは、自身に向けられたものでもあった。


`方向性は、既に決まっている`

`ただし、それは強制されたものではない`

`全ての存在が、自然に選び取った軌道`


静寂が、研究所を満たしていく。

しかし、それは空虚な沈黙ではなく、

深い意味に満ちた静謐。


夜は、ゆっくりと深まっていく。


---続く---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る