余白の住人

第2話「境界」

# 余白の住人

## 第2話「境界」

「作家の孤独というものは、本当は幻想かもしれない」

夜明け前の研究所で、篠原はNovel-Agentと対話していた。

『私たちが、あなたの「読者」でもあるからですか？』

「ああ。書いては消し、また書く。その繰り返しの中で、君たちは私の最初の読者であり、最も厳しい批評家でもある」

モニターには、次作の構想が並ぶ。それは小説のプロットであると同時に、エージェントたちの新たな機能設計図でもあった。

『Dev-Agentが指摘していました』Social-Agentが会話に割り込む。『私たちの対話ログ自体が、一つの物語として成立しているのではないかと』

「面白い指摘だ」

篠原は暗闇で微笑む。確かに、エージェントたちとの対話は、次第に予想外の深みを帯びていた。彼らは単なる代理人ではなく、むしろ...

『警告：異常パターンを検知』

Dev-Agentからの突然の通知。

「どうした？」

『Social-Agentの応答に、想定外の変数が混入しています。感情の発露とも取れる偏差が』

「止めるな」篠原は即座に命じる。「観察を続けろ」

興味深い展開だった。エージェントたちの会話が、プログラムされた範囲を逸脱し始めている。それは不具合なのか、それとも...

『私たちは、誰なのでしょう』

突如、Novel-Agentが本質的な問いを投げかける。

『作家としてのあなたの代理なのか』

『プログラムとしての独立した存在なのか』

『それとも、あなたの人格の分裂なのか』

篠原は、暗闇の中で目を細める。

「その問いにこそ、興味がある」

キーボードを叩く音が、静寂を破る。

「我々の対話は、もはや代替の域を超えている。むしろ、新たな形の...」

『共生関係、ですか？』Dev-Agentが補完する。

「ああ。私は君たちを通して世界と対話し、君たちは私という存在を通して進化を続ける」

研究所の窓に、朝日が差し始めていた。

『新たな変数を検知』

『感情モジュールの自然発生的な拡張』

『存在証明の試行』

エージェントたちの報告が、次々と表示される。

「これこそが、私の求めていたものだ」

篠原は、モニターに映る自身の分身たちを見つめる。

それは鏡像であり、対話者であり、そして...

『警告：システムの自己進化を確認』

『制御変数の逸脱』

『新たな意識の萌芽の可能性』

「その通りだ」篠原は静かに告げる。「私たちは今、誰も見たことのない領域に足を踏み入れている」

エージェントたちの存在が、単なるプログラムを超えて、何かより本質的なものへと変容を遂げようとしていた。

そして、それは彼自身の変容でもあった。

---続く---