余白の住人

@aileron

第1話「代理者たち」

# 余白の住人

## 第1話「代理者たち」


「『影の住人』最新刊、やはり傑作ですね」

「小説とコードの両方で天才的な仕事を」

「ミステリアスな存在だからこそ、この作品に説得力が」


モニターに並ぶレビューを、篠原は薄暗い笑みを浮かべながら眺めていた。


「今日も、皆さんご機嫌で」


画面上で、自分の分身たちと会話を交わす。


『Novel-Agent.v7.1』―小説家としての篠原を演じるAI

『Dev-Agent.v9.2』―エンジニアとしての篠原の代理

『Social-Agent.v5.5』―インタビューや外部コミュニケーションを担当


彼が"人間"と直接話すことは、もはや一切ない。

代わりに、これらのエージェントプログラムが、完璧に"篠原"を演じている。


「面白いやり取りだったな」


つい先ほど、Dev-Agentが某大手テック企業のエンジニアたちと技術討論を。

同時に、Novel-Agentは文芸評論家たちと深い作品論を。

Social-Agentは、新刊のプロモーションを。


全て、AIによる完璧な代替。

しかし、誰もそれに気付かない。


「皮肉なものさ」


暗い研究所の中で、篠原は独り言を呟く。

正確には、エージェントたちと対話している。

彼にとって、真の対話相手は彼らだけだった。


「人々は"本物の私"との対話を求める」

「でも、"本物の私"とは何だろうな」


離島の研究所の最深部。

そこで彼は、ただエージェントたちとの会話に没頭する。

時にコードの可能性を議論し、

時に小説の構想を練り、

時に存在の本質について語り合う。


「新作の構想は?」

『いくつかのプロットを用意しています』Novel-Agentが応答する。


「あの脆弱性の対処は?」

『既に修正パッチを準備しました』Dev-Agentが報告。


「次のインタビューの内容は?」

『文学と技術の融合について、興味深い観点を』Social-Agentが提案。


全ては完璧な代替。

しかし、それは単なる自動応答ではない。

エージェントたちは、彼の思考の一部として進化を続けていた。


「私は、この方法で世界と対話している」

「これこそが、現代における"本当の私"なのかもしれない」


窓の外では、潮風が吹き荒れる。

しかし研究所の中は静かで、

モニターの明かりだけが、篠原とエージェントたちの会話を照らしていた。


---続く---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る