第2話

 とはいえ予備知識がないと、僕らが一体何者なのかわからないだろうし、どういう流れでドナルドと遭遇することになったのかわかりにくいかもしれない。少しだけ長くはなるが、昨日起きた出来事についてひととおり振り返ってみようと思う。


 まずこの場にいる僕や隆介は、東京のとある私立大学に通っている大学生である。学部は法学部で、今年で三年生。創作研究会というサークルに所属していて、入学した当初から親しくしている友人でもあった。


 そしてもう一人、同じ学部で同じサークルに所属する真田という男がいる。昨日、一緒に東京を周っていた仲間の一人でもあり、僕とは中学のときからの友人でもあった。


 彼は一風変わった男だ。どれくらい変わっているかというと、自らハルキストを称するくらい変わっている。


 この真田という男は、この日もまた変なことを言い出した。

 刑法の講義を終えて、サークルに行く準備をしていたときのこと。


 僕はノートや筆記用具をリュックサックにしまっていると、右隣に座っていた真田がいきなり「今日は露出度の高い女たちを見に行こう」とのたまった。


 真田という男は変なことを何の脈絡もなくいきなり言う男だった。今日みたいな提案は日常茶飯事で、例えばクリスマスには「今日はパラダイス山元氏に会いに行こう」と言ったり、バレンタインデーには「チョコレート工場の見学に行こう」と言い出したりしたこともあった。


 真田は僕らの予定も考えずに変なことを言うのだ。


 それが「サンタさんに会いたいからフィンランドに行こう」というような、大学生の身分には難しい提案であれば断りやすいのだが、だいたいにおいて現実的に叶えられるギリギリのラインを攻めてくることが多い。そのせいで僕たちも断りづらいところがあって、そこが彼のずるいところでもあった。


 ちなみにパラダイス山元氏というのは、史上最年少で公認サンタクロース試験に合格した日本人のサンタさんのようで、昔はテレビにも出演していた人物だそうだ。ちなみに、僕らがこのパラダイス山元氏に会うことは叶わなかった。大前提としてどこにいるのかわからないのだからどうしようもない。


 だからまあ、この日もいきなりの提案をされてもさほど驚くことはなかった。


「また唐突だなぁ」と同じく帰りの支度をしていた左隣に座る隆介も、呆れた様子でいた。


「おいおい、今日はなんの日か知らないのかよ」と真田は言った。


「そりゃあハロウィンだけどさ」


「じゃあ、露出度の高い女を見に行くしかないだろ。なあ、洋太」と真田は標的を僕に変えた。


 僕は聞こえないふりをして、リュックサックからペットボトルのお茶を取り出して飲んだ。


 真田は諦めたようで、「隆介は、ハロウィンの日になるとコスプレをする人間がわんさか出てくるの、知ってるか?」と標的を戻した。隆介は頷く。


「毎年この時期になると、テレビの中継や動画やらで街中が映し出されるだろう? キャスターがカメラに向けて『今年もハロウィンは大賑わい』だとかなんとか言いながら、取材が行われるんだ。映像の中では有名なキャラクターを模したコスプレから奇抜なコスプレをする人間で、馬鹿みたいに溢れる。その中でも若い女たちは、やたらと露出度の高いコスプレをしたがるみたいだ。妙ちきりんな衣装ではあるけれど、胸元の開いたトップスに脚が丸出しのスカートを着ながら、恥じることなく堂々と街中を練り歩く姿が映し出される。どうしてそこまで変態な自分を見てほしいのか俺にはわからないが、やはり、女たちは自分の姿を他人に見てほしいからそんな格好をしているんだろう。だから俺は、そんな露出狂たちをこの目で見てやりたい。出ているものは、見てあげないといけない」


 真田は熱く語ったが、僕はさすがに引いてしまった。こいつは放っておいたら性犯罪に走るんじゃないかと怖くなるほどだった。ただまあ、真田がそういう人じゃないのは知っている。


「日和ちゃんのほうはどうすんの。それとサークルのことも」と隆介は言った。


 日和というのは同じサークルに所属している文学部三年の百瀬日和という女性で、真田の恋人でもあった。恋人に黙ってそんなことをしていていいのか、ということを聞きたかったのだろう。


「えっ」と真田は虚を突かれたように露骨なまでに慌てた。「創作のための視察に行くからサークルは休み、とでも言えばいいんじゃないか?」まるで予想外な指摘を受けた反応だったが、誰にでも予想できる指摘だった。


 僕ら創作研究会は、基本的には一年を通して映画や小説、漫画など創作物について語るだけのサークルなのだが、春ごろになると必ず、ひとり一人が小説を執筆するならわしとなっている。その作品を僕たちサークルのメンバーで読み合いダメ出しをした末、改稿した作品を新人賞に応募するのが主な活動だった。


「そんな言い訳とおるもんかなぁ。どんな小説を書くつもりなの、って真っ先に聞かれるだけな気もする」


「とおるわけないだろ!」となぜか真田は強気だった。「あとのことはそのとき考えればいい」


「そのとき巻きぞいになるのはおれらなんだけどね。なんであのとき止めなかったのーとか言われるよ、絶対」


「絶対なんて、この世にはないんだ」


「そうかなぁ」と隆介はどうしても行きたくないようで、断る理由を探しているようだった。困ったようで「洋太はどうする」と答えを探ってくる。


 僕もやはり乗り気ではなかった。ただし、そんな低俗な理由でというよりは、貴重な持ち金を馬鹿みたいな理由で交通費に使いたくなかったからだ。僕はとにかくケチな性格だった。


 だが、僕にも一丁前に欲望はあった。心の内ではコスプレをしている女性たちを見たかったのだ。普段そんな機会なんてないのだから、ハロウィンの機会に一度くらいそういう女性たちを見てみたい気持ちがある。


 でも、ここで前のめりになって「行きたい」と言う勇気も出ない。すけべな奴と思われるのも嫌だった。だから僕は、「真田が性犯罪に走るんじゃないか心配だから、監視のために行く」と言った。渋々のていを装った。


「えー」と隆介は意外そうな反応をした。彼はもはや八方塞がりだった。


 だが真田は「うふふ」といびつな笑みを浮かべている。人を嘲るような笑みだ。「洋太も行きたいようで」


「いや」と僕は否定しようと思った。しかしここで必死に否定しても、図星に思われるだけだろう。真田に少しでも隙を見せてしまうと、一気に付け込まれるはずだ。だから僕は「まったくやれやれだぜ」と取り繕った。


「よし、決まりだな。それじゃあ行こうか」と真田は立ち上がり、自らのトートバッグを肩に掛けた。僕も続けて立ち上がり、一緒に講義室を出る。


「おれは行くなんて言ってないけど」と後ろで隆介は言っていたが、誰一人聞く耳を持たなかった。

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ドナルドが自宅凸しにきた話 アホウドリ @albatross00

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