ドナルドが自宅凸しにきた話
アホウドリ
ドナルドと渋谷とストームトルーパーの話
第1話
「ああどうもありがとう」と僕は礼をして七味唐辛子を受け取ると、きつねうどんの上にいくらかふりかけた。それから食べる前に話を済ませておこうと思い、目の前に座る友人に向けて言った。「実は昨夜、家にドナルドが来たんだ」
自分が口にしたことではあるけれど、大学の食堂の中ではあまり聞き馴染みのないセリフだった。二限が終わったあとのお昼の時間。何気ない日常の合間で、周りの学生たちはどうでもいい会話を楽しんでいる。
「へー」当の隆介はというとあまり興味がなさそうで、どちらかというと両手に持つハンバーガーに夢中だった。チーズがはみ出た大きなハンバーガーで、彼は昼になるといつもそれを食べている。大学から出てすぐのところにあるハンバーガーショップで買ってきたのだろう。
「僕の話聞いてたか?」
「もちろん」と隆介は目線を上げたところで、口元に運んでいたハンバーガーからレタスの切れ端が落ちた。彼はレタスを拾いながら返事をする。「それで、どっちのドナルド?」
「マックのほう」
「そっちか」隆介はふたたびハンバーガーに視線を戻して、一口かじった。依然として興味はハンバーガーらしい。僕とハンバーガーを比べたら、ハンバーガーに挟まっているレタスのほうが優先度は高いのだ。
そして彼はもぐもぐ咀嚼し、嚥下すると、テーブルの上に置いてあったペットボトルのお茶を開けて、一口飲んだ。それから一息つく。「でも、ドナルドとは懐かしい。久しく見てない気がする」
どうやらまるっきり信じていないようだった。僕は隆介の興味をひこうと思い、ざっくりと話すことに決める。
「ああ。僕も昨夜、五年ぶりくらいに見た。本人ともなると今回が初めてか。アメリカでいろいろあってから自粛するようになったみたいだな。でもまさか本人が家にまで来るとは思わなかったから、思わず悲鳴をあげそうになった。すんでのところで引っ込めたけど、僕としては心臓が一瞬止まったせいで声が出なかったんじゃないかと思うな。でも下手に相手を刺激すると何されるかわからないから、あのときだけは止まってくれて感謝してる。昨日は真田の件もあったし、いろいろなことが起きすぎな一日だった」
「えっ」隆介は驚いたようで、大きく目を見開いた。「コスプレの話じゃないの」
「ん? 当たり前だろ」
「当たり前ではないけど」
予想外にも否定されてしまった。
僕は考えをめぐらしてみる。昨日はなんの日だったか。そう考えて、すぐに思い当たった。「そういえばそうか」
考えてみれば当然かもしれない。昨日は十月三一日。ハロウィンの日だった。そしてハロウィンといえばコスプレ祭りの日でもある。誰も彼もが狂ったようにコスプレをする。だから隆介も、コスプレをした誰かが僕の家を訪ねてきたとでも思ったのだろう。
事実、昨日は僕と隆介およびこの場にはいない真田を含む3人で、渋谷へと遊びに行っていた。そこでコスプレ姿の者たちを眺めながら大騒ぎしたものだった。
そんなこともあって、昨日は僕の家にドナルドのコスプレをした変な人が訪ねてきても、それほど不思議ではなかった。
「話を戻すと、あいつはドアを開けるよう迫ってきたから、僕は仕方なく開けたんだ。もちろん、あんなに怪しい人間を家に入れるのは避けたかったから、チェーンをかけたまま対応した。でもあいつは手に金切りバサミを持っていて、無理やりチェーンを切って突破してきた。それで抵抗を諦めて家に招き入れたんだけど、そのとき、あいつが油断したのか背中を見せた。これは好機だと思った僕は、不意打ちで頭を殴ろうとしたら、勢い余って空振った。恐怖のあまり変な力の入り方をしちゃったんだろうな。それであいつが振り返って、すぐに襲いかかってきたから取っ組み合いになった。でも思い切って顎を殴ったら当たりどころがよかったみたいで、そのまま気絶した」
隆介は右手のひら前に差し出して、「ちょっと待って」と言った。「話が荒唐無稽すぎてまったく飲み込めないんだけど。始めから順を追って話してくれないかな」
「それもそうだ」と僕は頷いた。それからうどんを一気にかき込んで、どんぶりを平らげてから話し始めることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます