02.薬草店
アルヴィスが店内に一歩足を踏み入れると、薬草の独特な香りがふわりと漂った。
棚やテーブルには色とりどりの植物の苗や乾燥させた葉が整然と並べられている。その中で、一番最初に目を引いたのは入口近くの丸い台座に置かれた背の高い植物だった。
「何の薬草かしら」
光沢のある深緑色の大きな葉は、まるで手のひらを広げたような形をしていて、葉脈がくっきりと浮き上がっている。葉の間から伸びた茎の先には、鮮やかな赤い花が咲き誇り、その花びらの繊細な質感が他の植物とは違う異国的な雰囲気を漂わせていた。
領地にある薬草園にはない植物だ。
脳裏に植物図鑑を手繰り寄せても、いまいち一致しない。アルヴィスの記憶の中にない存在だった。
その植物は窓から入り込む陽光を受けるとさらに鮮烈な色彩を放ち、まるで店内に飾られた生ける彫刻のようにもみえた。
店の奥にいた店主がその視線に気づいて、穏やかに微笑んだ。
「お目が高い。その植物はとても珍しいものでしてね。つい昨日仕入れたばかりの薬草なんです。根から種まで使い道があり、薬効も高いとされていますが……取り扱いには少し注意が必要です。特に種にはね」
その言葉に、アルヴィスはじっと植物を見つめた。
「扱いには注意……そういうものほど、時に頼もしい味方になるのよね」
アルヴィスは大きな赤い花の咲く植物から視線を移し、店内の棚を見渡した。
乾燥した草束や粉末が詰められた瓶、細かい種が収められた小袋が整然と並ぶ様子に、ほころんだ笑みを浮かべる。
その中にふと、視界に引っかかるものがあり目を止めた。
「こちら、もしやグロウルードではありませんか?」
アルヴィスは棚の一角に陳列された細長く白っぽい根の束に目を留めて言った。
店主は驚いたように目を見開き、頷いた。
「ええ、そうです。これを一目でお分かりになるなんてお詳しいですね。別種のリンゼンヴェルシェと間違えられやすい球根類になるんですが」
アルヴィスは優しい笑みを浮かべ、指先でそっとその根の束を持ち上げた。
「グロウルートは、この時期の収穫だと緑色の色が少し薄くなりますが、リーノック領のグロウルードは色合いがはっきりしているのが特徴ですよね。葉先に向かって鮮やかな緑の中に、真っ白な一筋のライン。乾燥気候で育つ親戚種のリンゼンヴェルシェより、特徴的な香りがはっきりしていて違いがよく分かります。まっすぐな葉っぱも綺麗に尖っていてとてもいい状態ですね。湿気の多いリーノック産らしい良質の薬草だと思います」
「おっしゃる通りです。今年はリーノックの出来が良かったので少し多めに仕入れたのですが、当たり年だったようでこの数年で一番の出来だそうですよ」
アルヴィスは店主の言葉に頷きながら、隣に置かれた瓶の中身にも目をやった。
六角形の瓶の中に白い円形の模様を描いたような丸っこい葉だけが入れられている。
「あら、こちらはフェルジェンでしょうか。まあるい葉っぱがとてもきれい。薬効成分が滲みだしているようで白っぽい紋が葉脈に浮かんでいるから、きっと絶妙な時期に収穫されたんですね。摘み取りのタイミングが難しい植物でとても希少なのに、すごいわ」
店主は再び驚きの表情を浮かべた。
「恐れ入りました。実はこちらは私の領地の農園で収穫した一級品なのです。流通がほとんどなくて、生育をはじめ収穫のタイミングが本当に難しい難物でして。手間ばかりかかる割にはなかなか売れ行きが伸びず。あ、すみません、お客さんにこんなこと。……こんなに詳しい方は滅多にいらっしゃらないので、ついつい口が滑りました」
苦笑する店主につられアルヴィスは恐縮するように小さく笑う。
「いえ、私はただ植物に囲まれて育っただけですから。一年草のフェルジェンは本当に種から育てるのが難しくて、こんな美しい状態を拝見したのは初めてで、ついついうれしくなってしまいました」
彼女の言葉に、店主の表情が和らいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます