03.ファロンヴェイル子爵令嬢

「グロウルードと、このフェルジェンをそれぞれいただきたいです。それから、こちらのお店はリュナリジェとセントレーゼム、アストリカは取り扱いがありますか?」


 店主はメモを取りながら頷く。


「もちろんです、リュナリジェとセントレーゼム、アストリカ。産地はヴェルグワーズ産が一番です。他にはどのような薬草をお探しですか?」


 アルヴィスはふと思考を巡らせて早朝の診療所で出会ったあの青年の水色の瞳をなんとなく思い出しながら頷いた。


 子供用の喉のシロップを作るための材料が確かやや足りなかったはずだ。


「ウェルメル産のルネカの樹液はありますか?未精製のものでもかまいません」


「ルネカの樹液ですか?」


 驚いたように店主が顔を上げた。


 驚くのも無理はないとアルヴィスは頷く。


 ウェルメル地方でのみ育つルネカという大木の赤い樹液。ねっとりとした粘度を持つ樹液だが未精製のものはにおいがきつく、また微量の毒を含むことから一般的に流通していない代物だ。


 精製済みのものはかなり高価で、ひと瓶銀貨二枚もする高級品である。


 だが精製済みのシロップはほとんど無味無臭で他の薬草や果実ともよく馴染み、子供用の熱さましや咳止めのシロップなどに利用されることがある。とはいえ、高価すぎて一部の高位貴族しか使うことができない特別な品である。


「はい。もしあればでいいので、お願いします。あと、メルリナート、ティランリーフも。リーノック産のグロウルードと合わせるととても風味がいいお茶になるんです」


「へぇ。それは知りませんでした。よくご存じですね。そういった組み合わせを思いつくとは、やはり薬学にお詳しい方だ。今度家内と試してみようと思います。―――ルネカの樹液でしたね。精製済のものは1本だけ。未精製のものは2本在庫がございます」


「それでは未精製のものを2本お願いします。精製済のものは何かあった時、すぐ出せないと困るでしょうから」


 言うなれば、貴族の無茶ぶり系である。店主は苦笑いを顔に残して、深く頷いた。


「お嬢さん、これだけの荷物ですし、お屋敷まで直接お届けさせていただきますよ。お差し支えなければ、ご住所をお伺いできますか?」


 アルヴィスはその言葉に少し驚いたようだったが、すぐに穏やかに微笑んだ。


「ご親切にありがとうございます。でも、大丈夫です。このくらいの荷物なら問題ありません。それに――」


 アルヴィスは少し間を置き、まるで何気ないことを話すように付け加えた。


「私の屋敷はファロンヴェイルにありますので、ここからだと少し遠すぎるかと」


「ファロンヴェイル…?私の屋敷?」


 店主はその地名を聞いた瞬間、目を見開いた。その土地は薬草に携わる者なら誰もが知る場所だった。良質な土壌と気候に恵まれ、数多くの稀少な薬草を育てていることで有名な地。


 それだけでなく、ファロンヴェイルの管理を任されている子爵家は、代々薬学や植物学に通じていることで知られていた。


「…失礼しました。もしかして、ファロンヴェイル子爵家のお嬢様でいらっしゃいますか?」


 信じられないとばかりに店主が目を向いた。


 それはそうだろう。


 こうした明らかに事務的なものの買い付けは普通「小間使い」などの仕事なのだから。


 アルヴィスは失敗したと灰緑の瞳を伏せて、控えめに頷いた。


「ええ、そうです。あの、でも、どうぞお気遣いなく。どこに住んでいるかに関係なく私は薬草が好きで、あの。本当につい色々と喋ってしまってごめんなさい」


 その言葉を遮るようにして店主は慌てて言葉を並べ立てる。


「これは、なんという無礼を…。まさか、お嬢様がそのような高貴なお方だとは存じ上げず…どうかお許しください」


「どうか気にしないでください。むしろ、丁寧に対応していただいて感謝しています。久しぶりに薬草の話ができてとても嬉しかったです」


 アルヴィスは困ったように眉尻を下げて、包み終わるまで店内を見せてくださいとお願いして、いそいそと商品棚を眺めることにしたのだった。

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