ギフテッド

諏訪原天祐

ギフテッド

 はいはい、いらっしゃいいらっしゃい!

 今日も新鮮なバナナが並んどるよ! ささ、買うた買うた! 色良し、味良し、器量よし! 俺の父ちゃんの肌よりもまっ黄っ黄なこのバナナ! 一房五万円からどうだ! 五万はないか! なら四万ならどうだ! えっ? 買う? ああ、いやいや。……、そこのあなた、手が挙がったね! ああ、そっちも? えっ、みんな? よっしゃ、みんなまとめて、お買い上げ! 今日もありがとな! ありがとな! ありがとな……。

 ああ……。うう……。


 おお、真央ちゃん! 今日も学校楽しかったかい? え? なんで泣いてるかって? ハハハ、ちょっとあくびが出ただけだよ。

 ……、真央ちゃんはすごいなあ。ほんとにやさしい子に育って、おっちゃん嬉しいよ。なに? 困ってる人がいたら助けてあげようって先生も言ってたって? ちゃんと先生の言うことを聞けるってのがすごいんだよ。

 でも、まあ、おっちゃんのことはいいんだよ。おっちゃんの悩みはなかなかタチが悪いもんだからなあ。

 えっ? それでも聞かせてほしいってかい? ……、しょうがないな。ただし、今からいうことは絶対に誰にも言っちゃあいけないぞ。

 おし、約束できるか。じゃあ、まず真央ちゃん。真央ちゃんはいつもママにおこづかいもらってるかい? おお、もらってるか。なら、それはいくらだい? ははあ、五百円か。いいねえ、小学生にとってはめちゃくちゃな大金じゃあないか。やっぱりお菓子とか買ったりするの? え? 貯金? いやはや、最近の小学生はちゃんとしてるなあ。まあ、それより次の質問だ。真央ちゃんはバナナは一房、ああ一房ってのはバナナが何本か集まったかたまりのことなんだけどね、それはいくらぐらいすると思う? へえ、スーパーで見たことある? 二百円くらい? すごいね、大正解だよ。

 じゃあさ、おっちゃんはいつもバナナを二十房売るんだけどね、全部売れたら何円になると思う? おお、そうそう。さすが三年生だね。かけ算ばっちりだ。真央ちゃんの言うとおり、二百かけ二十で四千円。そうだね、普通だったらね……。

 はい、これが今日の売り上げだよ。おお、そうだねそういう反応にもなるわな。これぜーんぶ一万円札だよ。どうだい、数えてみるかい? えっ、怖い? ハハハ。おっちゃんも怖いよ。

 これね、全部で八十万円。真央ちゃんも知ってると思うけどさ、おっちゃんはいっつも、水曜と金曜以外はここでバナナ売ってるだろ? まあ、週五日バナナのたたき売りをしてるわけだ。んで、二十房、いっつも売れてんだよ。一房四万円で。

 おっ、真央ちゃんすごいなあ。そうだな、一週間だったら四百万円。一か月なら千六百万円になるな。まあ、東京とか大都会ならねえ、不思議でもないよな。物価高とか言うしなあ。

 ……、うんうん。おかしいよな。だってここは人口二百人くらいしかいない、ちっちゃいちっちゃい島なんだから。

 よく考えてみなよ、真央ちゃん。おっちゃんはさ、週五回バナナのたたき売りをしているんだよ。春、夏、秋、冬、季節関係なく。どこからそんなにバナナが出てくるんだろうね? 本土への船なんて週に一回しか来ないのにな。

 ……、あるんだよ、毎朝。枕元に。バナナが。ああ、いつからだろうなあ。俺が朝、目を覚ましたら、必ずバナナが枕元にあってな、そいつを店先に並べたらな、売れるんだ。一房四万きっかりで。

 なあ、真央ちゃん。向かいのミサおばさん、分かるだろ? 最近そこの旦那さんがおっちゃんに相談してきてな。ミサおばさん、最近、借金してるんだとよ。……、そうだよ、それぜーんぶバナナ代。

 もっとおかしいこと教えてやろうか。それな、みーんな気づいてないんだよ。いや、気づいてないというか、だーれも、『バナナに四万円払っている』ってことをおかしいと認識することができないんだよ。旦那さんも首をひねってたよ。何に金使ってんだろうってな。あの旦那さん、毎日四本、五本バナナ食べさせられてんのにな。

 真央ちゃんはな、神様っていると思うかい? おっちゃんはいると思うな。そんでおっちゃんはそんな神様に愛されちまったんだよ。

 なぁ真央ちゃん、俺を殺してくれ。頼むよ。確かに俺は、金持ちになりたかったよ。どうしようもない人生を金の力でなんとかできるって思ってたよ。でもなあ、これは違うだろお。なんで、なんで、こんなことになっちまったんだよ。

 ……、ああ、真央ちゃんごめんな。そりゃあ、急に殺してくれなんて言われたら、怖いよなあ。ごめんな。ごめんなあ。

 うん、決めたわ。おっちゃん、明日この島を出るよ。稼いだお金は全部、島のみんなのところに返して。死ぬかどうかは、そのあと考えるよ。

 ああ、真央ちゃん、泣かないでくれ。おっちゃん、最後に真央ちゃんに会えてよかったわ。すまんな、すまんなあ……。


   ◇


 あれから二十年が経った。わたしは中学卒業を機に島外の高校に進学し、そのまま都会で働くことにした。島のことが嫌いになったわけじゃない。でも、わたしはどうしても島の外に出なきゃいけなかったのだ。おっちゃんを探すために。

 おっちゃん、あれから大変だったんだよ。あの次の日、おっちゃんは島から影も形もいなくなってたよね。島のみんなは大騒ぎでさ、海にでも落ちたんじゃないかって、みんなで探したんだよ。それに、島の全部の家のポストに万札をねじ込んでいったよね。裏のおじいちゃんなんか、「海神様の恵みじゃ」とか言って、おじいちゃんが死んじゃうまでずっと、あの万札を神棚に飾ってたんだよ。

 冬の冷たい風がわたしの身体に突き刺さる。暖かく光るネオンには目もくれず、わたしは今日も当てもなく街をさまよう。

「ねえ、お姉さん。もしかして一人?」

 無視して、わたしは歩くスピードを上げる。しかし、男はなおもしつこくわたしの歩調に合わせてくる。

「ねえねえ、今日はクリスマスだよ。お姉さんもさ、寂しいんじゃない?」

 うるさい。

「お姉さんきれいなのにもったいないよー。ちょっとお茶するだけだからさ」

 うるさいうるさい。

「おいおい、無視はよくないなあ。俺こう見えてもさ、ちょっとやんちゃなやつらとも付き合いあるんだけどさあ」

 うるさいうるさいうるさい。

 ああ、もう。

 消えちゃえばいいのに。

 わたしがそう思った瞬間、後方からううと短いうめき声が聞こえた。

 目を向けると、先ほどまでわたしに付きまとっていた男の身体が半透明になっていた。

 透明度はどんどん増していき、やがて男はもう一度、ううとうめき声をあげて、跡形もなく消えてしまった。


 気がつくと、わたしは自宅のベットにうずくまっていた。あれからどうやってわたしは帰ったんだろう。体中の体温が失われているような、そんな感覚と、靴擦れした右足のずきずきした痛み、そして、考えたくもない「ある仮説」とが、わたしの頭でぐるぐると駆け巡る。

 わたしはのっそりと体を起こし、震える指で目の前のテレビを指さした。

 消えちゃえばいいのに。

 すると、テレビは男と同じくだんだんと透明になっていき、やがて跡形もなく消えてしまった。

 目覚まし時計、観葉植物、読みかけの漫画、ドライヤー、リップクリーム、スーツ、テーブル、化粧道具、ボックスティッシュ、生理薬……。

 部屋にあるほとんどのものが消えてなくなったとき、ようやくわたしは理解した。


 ああ、おっちゃん。わたしも神様に愛されちゃったみたい。

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