学園の天使と呼ばれる幼馴染は、本物の天使でした。

夜兎ましろ

本物の天使。

「あんた今日で高校卒業だろ? だから今日で家を出て働いて毎月金を振り込めよ? 振り込まなかったらどうなるかくらいあんたも分かってるだろう?」

「は、はい……もちろんです」


 そうやって俺――上野彼方うえのかなたは自分の母親に脅され、家も今日中に出ていかなければならない。

 だけど、こういう事になるのはある程度予測できていた。

 俺の母親は俺のことを日常的に脅したり暴力ふるったりしていたから高校卒業と同時に家から追い出し、金の振り込みを強制してくることはわかっていた。


 最初はそれならなぜ高校まで通わせてくれるのだろうかと不思議に思っていたがそれは俺に知識をつけさせ就ける仕事の幅を増やすためでしかないだろう。俺の給料が増えれば、自分に振り込まれてくる額も多くなると考えているのだろう。


 だが、俺はもうこんな生活にうんざりしていた。

 今日、卒業式が終わったら俺は自分の人生を終わらせようかと思っている。


 きっと母さんは悲しむだろう。俺に対してではなく、俺が振り込むはずだった金がなくなることに対して。


「それじゃ、行ってきます」


 俺は卒業式に出席するために学校へと向かった。

 学校に行ったところで別に楽しいことなどないのだけれど。俺は家庭環境が最悪だから学校にいる間も表情がずっと暗いままだったからほとんどの人からは話しかけられることすらなかった。


 そんな中、一人だけは毎日のように俺に話しかけてくれる子がいる。


「みんな今日で卒業式だね! 最後は泣き顔じゃなくて笑顔で過ごそうね!」


 彼女――天音空あまねそらは学園の天使と呼ばれるほどの整った顔立ちをしていて、誰に対しても優しく接してくれる完璧な人だ。そして、幼い頃から家が近所の幼馴染でもある。


 俺は昔から彼女に想いを寄せていたが、今日までその想いを本人に伝えることをなかった。毎日暗い俺に好意を寄せられても嬉しくもないだろう。それどころか不快にさせてしまうかもしれない。

 それに今日で俺は終わるんだから、想いを伝える必要がないのだ。


 そのようなことを考えていたら彼女は俺に気づき、こちらの方へと小走りで満面の笑みを浮かべながら向かってくる。


「彼方くん! おはよ!」

「うん、おはよう。今日も元気だな」

「そりゃ、今日でみんな卒業しちゃうんだよ? これから会えなくなっちゃう人も多いから、最後は笑顔でいないとだめだと思うんだ」

「そっか」

「あと、卒業式が終わった後暇だったりする? 少し話しておきたいことがあるの」

「一応暇ではある」


 彼女は「卒業式が終わったら私の家に来てね」と誰にも聞かれないように小声で呟き、他の生徒たちがいる場所へと戻って行った。


 彼女が俺に話しておきたいこととは一体何なのだろう。今まで優しくしてたけどあれは幼馴染だったからそうしてただけだから、勘違いしないでとか言われるのだろうか。

 彼女がそんなひどいことを言うような人ではないのは分かっているのだが、どうしてもネガティブな性格のせいでそんなことばかり考えてしまう。


 卒業式を終えた後、彼女の家で分かることだ。深く考えても仕方がない。わからないことは何度考えてもわからないんだ。これ以上考えるのはやめよう。



*****


 卒業式を終わった俺はすぐに彼女の家へと向かった。

 インターホンを鳴らしても何の応答もない。


「あ、そういえば……」


 卒業式の後も彼女の周りにはたくさんの人たちが集まっていたことを思い出した。そうだ、彼女は俺とは違い、学園の天使と呼ばれるほどの人気者で彼女の周りには常にたくさんの人たちがいるのだ。すぐに帰路につけるはずがない。


 俺は自分の家に帰るわけにもいかない。何より母親と鉢合わせたくない。


 彼女の家のドアノブをひねると鍵は掛かっていなかった。

 先に入って待っていても良いのかな?


 俺がドアノブを握ったまま悩んでいると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。


「彼方くん! 何してるの、先に私の部屋で待っててもいいのに」

「あ、空……」

「じゃあ、こんなとこで立ってないで私の部屋行こう!」

「あ、うん」


 俺は空に連れられて彼女の部屋に入った。


「空、もっと遅く帰ってくるのかと思ってた」

「なんで?」

「だって、卒業式が終わった後みんな空の周りに集まってたから……」

「今から人生で一番大事な用事があるって言って抜けてきたよ!」


 人生で一番大事な用事……?

 今から俺に話すことってそんなに大事なことなのか。


「それじゃ、彼方くん、心の準備はいい? 今まで誰にも伝えてなかったことを彼方くんにだけ教えようとおもうんだけど」

「う、うん」


 空は先ほどまで満面の笑みを見せていたが、突然真剣な眼差しで俺を見つめる。


「それじゃ、言うね」

「うん」


 空は深呼吸をして、話し始める。


「私ね、使なの」

「え……?」


 どういうことだ?

 空は自分が学園の天使と呼ばれていることに気づいていたのか。


「信じてくれる?」

「なんだ、空、自分が学園の天使って呼ばれていることに気づいていたのか」

「そういうことじゃなくて! それも気づいていたけど、そうじゃなくて私、本当に天使なの!」

「え、つまり綺麗な人を例える表現としての天使じゃなくて、本物の天使ってこと?」

「そういうこと! まだ信じれていないかもしれないから証拠見せるよ」


 そう言うと、空の背中から大きく真っ白で綺麗な翼が姿を現し、頭上には神々しく光る天使の輪のようなものが浮かんでいる。

 学園の天使と呼ばれている俺の幼馴染は本物の天使だったのか……。


「空、本物の天使だったんだな」

「うん、今まで隠しててごめんね」

「そんな重要なこと俺に教えても良かったのか?」

「うん、いいんだよ。だって、彼方くんは私の好きな人だから……」


 え? 空が俺のことを好き?

 俺たちは両想いだったってこと?


 俺はずっと自分の空に対する想いを伝えないつもりだったが、空はきっと勇気を振り絞って今まで隠し続けてきたことと俺への告白をした。それなら俺もその想いに応えないといけないと思う。


「空……」

「別に気にしないで、私が伝えたかっただけだから」

「俺もずっと空のことが好きだ」

「え……本当に?」

「うん、でも空は俺と付き合うべきじゃないと思う」

「え?」

「俺は母親に日常的に暴力を受けてて、今日家を出て行けって言われて、働いたら毎月お金を振り込めって言われてる。それにきっと母さんのことだから少額じゃ許してくれないだろうから多額の金を要求されると思うんだ。だから俺は今日、人生を終わらせるつもりだったんだ」


 空が今まで隠してきたことを教えてくれたから、俺も隠してきたことを教えた。

 驚いた様子で俺を見つめていたがその瞳の奥からは俺の母親への怒りを感じる。


「彼方くん、絶対に負けちゃだめだよ」

「でも、他にどうすればいいのか俺には思いつかないんだ」

「それじゃ、私に一つ考えがあるの。それを聞いてから彼方くんにはどうするかもう一度考えてほしい」

「……わかった」

「私、今日天使たちが住んでる天界に行くことになっているの。お父さんとお母さんはもう先に天界に帰ったんだけど、彼方くんも私と一緒に天界に行ってこれから一緒に暮らそう」


 空が提案してきたのは俺が空と一緒に天使たちの住む天界に行ってそこで一緒に暮らすということだった。

 俺はかなり驚いたが、自分の人生を終わらせずに母親からの干渉を受けずに生きていけるのならこれ以上にない嬉しい提案だと思った。だけど、空は負担に感じないだろうか。


「空は本当にいいの? 俺なんかと一緒にいて負担にならない?」

「いいに決まってる! 私は彼方くんと会えなくなる方が嫌だ!」

「そっか、それじゃこれからよろしくお願いします」

「やった! ありがとう」


 ありがとうと言いたいのは俺の方なんだけどな。

 でも、俺は普通の人間だし、どうやって天界にいくのだろう。


「俺はどうやって天界に行くの?」

「天界には天使しか行けないから、天界に行くには条件があるの」

「条件?」

「そう、彼方くんも天使になるの」

「え、俺も天使に? どうやって?」


 空は少しもじもじしながら天使になる方法を教えてくれる。


「少し恥ずかしいんだけど、天使と両想いの状態でキ、キスするの。だから、私たちは両想いだし後はキスするだけではあるんだけど……」

「キス?! 空は本当に良いの?」

「うん、嫌だったらこの提案してない」


 空は耳まで赤くしている。

 よほど恥ずかしかったのだろう。


「じゃ、する?」

「うん、彼方くん、少しの間目を瞑っていてくれると助かる。私から提案しておいて申し訳ないけど、少しだけ緊張してるから」

「わかった」


 俺は言われた通りに目を瞑った。

 空が深呼吸している音が聞こえてくる。本人は少しと言っているが実際はかなり緊張しているのだろう。


 まあ、俺も今まで感じたことがないほどの緊張をしているのだけれど。


「それじゃ、いくよ?」

「う、うん」


 空はゆっくりと唇を重ねてきた。

 すると、俺の背中からは空と同じように大きく真っ白で綺麗な翼が生え、頭上には天使の輪が姿を現した。


「彼方くん、どうかな? 天使になった気分は」

「なんか空と同じになれたみたいで嬉しいよ」

「私も彼方くんと同じになれてとても嬉しいよ。それじゃ、早速天界に行こうかと言いたいところだけどその前に一つだけ確認するね」

「うん」

「天界に行ったら、この世界の人たちは私たちのことを忘れちゃうの。私たちはこの世界に存在していなかったことになるの」

「つまり、母さんが俺のことを忘れて、学校の人たちも俺のことを忘れるってことだよね」

「そういうこと。それを踏まえてもう一度聞くね。それでも、私と一緒に天界で暮らしてもらえる?」


 なるほど、天界に行くと、母さんや学校で関わってきた人たちが俺のことを完全に忘れてしまうのか。

 学校には空以外の友達はいなかったし、母さんには今まで酷い扱いを受けていたから迷う要素は無いな。でも、高校まで通わせてくれたことは感謝している。そのお陰で空とは仲良くなれたと思う。


「俺の答えは決まってるよ。何があっても空と一緒に天界で暮らすよ」

「そっか、よかった。それじゃ、天界に行こうか」


 空と俺は外に出て、人目につかない場所まで行き、空を飛び俺に手を差し伸べた。俺はその差し出された手を取り、二人で今まで生まれ育った世界を去った。


 段々と小さくなっていく俺たちの生まれ育った町を眺めながら俺は感謝を呟いた。



「今まで俺を育ててくれてありがとう。これからは新しい人生を生きるよ」



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学園の天使と呼ばれる幼馴染は、本物の天使でした。 夜兎ましろ @rei_kimura

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