第4話
ゲームセンターで一通り遊んだところで俺たちは帰ることにした。
自宅の最寄りの駅に着いた頃には、西の水平線で光を放っていた日はすっかり落ちてしまっていた。
夕食を作る時間はなさそうなので、悠香と話し合って駅近くにあるスーパーに寄って弁当を買うことにした。
「あ〜あ、今になって『いちごのチューペット』が食べたくなってきちゃいました」
スーパーを出てすぐ、悠香は重い溜息をついた。スーパーでいちご味のアイスを見つけてゲームセンターでの出来事を思い出したみたいだ。
「報復なんてせずに、自分の食べたいやつを買ったらよかったじゃないか」
「そうなんですけどね〜。沙紀さんが私に挑発的な表情を見せてきたので、地獄に突き落として絶望させてあげたいと思ったんですよ。見ました? 私がスペシャルセレクションって言った時の表情。あれは本当に実物でした」
清楚な笑みがより邪悪さを目立たせていた。「怒らないから話して」と言ってくる母親を彷彿させる表情だ。
「スペシャルセレクションに濃厚イチゴアイスがあれば完璧だったんですけどね」
「世の中、全部が上手く行くことはないってことだな」
「その締め括り方は遺憾なものかと思いますけど事実ではありますね」
話しているうちに自宅のあるマンションにやってきた。
「ただいま〜」
悠香は玄関に入りながら挨拶をする。とは言っても、現在この部屋には俺と悠香しか住んでいないので、返事をしてくれる人はいない。それでも挨拶してしまうのは中学までの日課だったからだろう。
靴を脱ぎ、部屋に上がると悠香は髪を結んでいたゴムを取り払った。
「ふぅ〜。お兄は飯食う前に自分の身体を充電しなよ」
悠香はこちらを振り向き、俺に指示を出す。先ほどまでのまん丸な目はどこにいったのやら、半月のようなジト目で俺を見ていた。
これが悠香の本性だ。
学校で見せる清楚な雰囲気は彼女が作り出した仮染めのものだ。
普段の性格は真逆。ソファーに足をかけたり、高笑いしたりと男っぽい言動が目立つ。女の子は家ではガサツと聞くから当たり前のことかもしれない。とはいえ、この姿を見れば清楚系女子とは言えないだろう。
「了解」
「それと次からは体育祭で無理し過ぎないようにね。運動部相手に本気出すなんて馬鹿な真似はしないでよ。いつ倒れるかヒヤヒヤしたこっちの身にもなれっつうの。そうまでしてキャーキャー言われたかったのかね」
悠香は愚痴を吐きながらリビングに向かって歩いていく。
廊下を歩き、リビングに入ったところでテーブルに弁当を置いて自分の部屋に入る。
学校の荷物をベッドに置き、デスクトップパソコンの電源をオンにする。椅子に座ったところでパソコンに取り付けられた専用のコードを手に取り、自分の右耳に隠れた首元に搭載された端子に取り付ける。
頭部に搭載された装置は、脳に埋め込まれたチップが処理を行う度に電力を消費する。充電がゼロになると身体を動かすことができなくなってしまうので、切れる前に専用のプラグで電力を蓄える必要がある。
成績優秀、スポーツ万能だが、力を使い過ぎれば俺は置物と化してしまう。強力な力にはそれ相応の代償があるのだ。
悠香以外の生徒および校長以外の先生たちは俺がサイボーグであることを知らない。
もし仮に、俺が力の使い過ぎで倒れてしまった場合は、悠香が俺の処置を行ってくれることになっている。そのため、悠香は俺と仲いい風を装う必要がある。だから学校では兄を思う妹として清楚を気取っているらしい。家での様子を維持したまま兄想いを演じるのは違和感が否めないからな。
「さて、ネットにでも潜るか」
装置を充電する方法は二種類存在する。
一つはコードを直接コンセントに挿して充電する方法。もう一つはデジタル機器を介して充電する方法だ。前者は充電する時間を短くできるが、充電している間は首輪で繋がれた犬のように一定範囲を動くことしかできない。後者は充電する時間が長くなるものの、デジタル機器を媒介としてネットの海を渡り歩くことができる。
脳内に埋め込まれたチップが見たい情報を視覚情報として映し出す。肝となるのは『セキュリティの有無を問わずネットの情報を拾うことができる』ところだ。
俺の担当をしてくれているバイオメディカルエンジニアからは『悪用は厳禁』と厳重な注意を受けている。下手な運用をすれば世界を大混乱に導くことができるらしい。
そんなことをするつもりは毛頭ない。俺が悪さをすれば関係者がすぐに気づくからだ。一部の人間に脳のチップのことはバレているので、類を見ない大規模なサイバー攻撃があれば俺が悪さしたと疑われる。
このチップが埋め込まれたのは俺が命を取り留め、変わらない日常を送るためだ。
中学二年生の時、俺を乗せた車が飲酒運転していたトラックと衝突した。運転手である執事は死亡してしまったが、俺は何とか一命を取り留めた。しかし、脳機能を含め身体を大きく損傷してしまい、植物人間として生きるしか選択肢はなかった。
そこで発案されたのが、俺の身体のサイボーグ化だ。脳機能を果たすシステムを脳に搭載し、再生技術によって欠損した身体を修復する。
治療は無事成功。しかし、最初のうちは意識はあるのに身体は動かないという植物人間状態に陥った。見た目も中身の仕様も変わらないのに、操作するのは非常に困難だった。少しずつ身体を動かすのに慣れてきて、日常に支障をきたさない動作まで達するのに二年以上の年月を有した。
受験期が遅れる形となり、俺は一つ下の悠香と同じ学年になった。
「もうそろそろ充電が完了するか」
充電量を確認すると九十パーセントを超えていた。この後は飯を食って風呂入って寝るだけなので、これくらいあれば問題はないだろう。
ただ、パソコンに繋がれている間にあと一つだけやっておきたいことがある。
悪用なんてしないと自負していたが、俺は一つだけ禁忌を犯していた。
『気になるあの子は自分のいない所でどんなことを話しているのだろう』という思春期男子特有の誘惑に負けたことで犯してしまった禁忌だ。
不甲斐ないことだが、今もそれをやめられずにいる。
学校の生徒が多く活用しているチャットアプリを開く。数少ない友達の中から『彩乃』のアカウントを選択し、アカウント内の様子を観察する。
額から冷や汗が流れる。まるで盗撮しているような気分だ。悪いと思っているのに止められないのは俺に犯罪気質がある証拠だろうか。
だが、俺にはやめることができない理由があるのだ。
『彩乃』のチャット欄を表示し、一番上にあった『沙紀』との会話を眺める。
【王我くんが獲ってくれたアザラシさんは枕の横に置くことにしました!】
メッセージとともに先ほど見たアザラシの置かれたベッドの写真が掲載されていた。ピンクと白のグラデーションのベッドにアザラシは自然な形で溶け込んでいる。
【いい感じじゃん!】
【このアザラシすごくフカフカなの。抱き枕にすると寝心地が良くなりそう。私のために獲ってくれた王我くんには足を向けて寝れないよ】
【体育祭後だから悠理くんの汗の匂いとかついてるんじゃない?】
次々と流れてくるメッセージが一度止まる。それは束の間ですぐ返信が来た。
【すごく良い匂いだった。さすがは王我くんの匂いだね。リラックスして眠れそう】
【いや……冗談で言ったつもりだったんだけど……】
【今日はたくさん頑張ったもんね! 私、見ててとても興奮しちゃった! だって、最初は無理かと思ったけど、後半に怒涛の動きを見せての逆転優勝だよ! それもほとんど王我くんの独壇場だったんだから! あんなの見せられて、胸がキュンキュンしないわけないよ!】
【さっきも散々そのことについて送ってきたのにまだ言うか……このメッセージを悠理くんに晒すぞ】
【絶対にダメ。こんなの見られたら、次から顔を直視できないよ】
怒涛の勢いで会話が流れていく。上の方にスライドさせると、沙紀の言ったとおり俺のバレーでの活躍を力説する文面があった。
桜井はいつも俺に対して無の表情を見せている。俺が何をしても表情を変えることは一切ない。俺とのメッセージに対しても、記号のない冷たい文章を送ってくる。
それがなぜか、幼馴染である沙紀との会話の時は違っていた。彼女は俺に見せる言動とは裏腹に、沙紀との間でだけはベタ惚れしているのだ。
一体どんな表情でこの文面を書いているのだろうか。
俺はその表情を引き出すために、今日までずっと己の身体能力を酷使していた。
スマホの中だけでデレる君のデレ顔が見たい 〜不正アクセスは法律で禁止されています〜 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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