第2話
「お疲れ様! まさか勝つとは思わなかったよ! 23対8から逆転しちゃうなんてね!」
体育館から教室に戻り、自分の席に座ると右斜め前の席にいた金剛 沙紀が高揚感溢れる声音で話しかけてきた。
薄茶色の短髪、輝かしい赤色の瞳、ボーイッシュな体つき。明るい雰囲気を醸し出す彼女だが、今は一層明るい。明るすぎて瞳は熱を帯びている。
「今回のMVPは悠理くんで決まりだね!」
体育祭においてMVPという称号はない。おそらく沙紀が独自で作ったのだろう。
「沙紀からそんな称号もらえるとは光栄だな」
「体育祭の中ではあの試合が一番熱狂に包まれていたからね! 立役者である悠理くんに与えられるのは当然よ!」
「決勝戦が一番熱狂的だったのなら俺にMVPが渡されてもおかしくはないな」
体育祭のバレーボールは1チーム5人の団体競技だ。普通の試合であれば、5人中3人がパスをつないで相手コートにボールを返すだろう。しかし、決勝戦での俺のチームのパス回しは俺のブロック、俺以外のメンバーのトス、俺のスパイクと俺が2回ボールに触れて相手コートに返す形だった。
つまり、ほとんど俺の独壇場で優勝したのだ。それも、現役バレー部のいないチームが現役バレー部2人のいるチームに勝っての優勝だ。
「ほら、彩乃からもなんか言ってあげなよ」
沙紀は後ろに向けた体を前に出し、俺の隣に座る桜井の肩をポンポンと叩いた。沙紀に促され、桜井が俺の方を向く。彼女の水色の瞳が俺の視線に交わる。
途端に緊張を覚える。
「良い試合だった」
内容だけを見るとポジティブだ。褒められたことに安堵する。
褒めてくれたり、拍手してくれたりと桜井の言動は好意的なものが多い。それなら、微笑んでくれても良いと思うのだが、彼女の表情はいつまで経っても変わらない。
普通なら表情で何となく言うことを察せられる。だが、桜井に関しては本人の口から漏れるまで分からない。それが何だか不安でたまらない。
「桜井にそう言ってもらえて嬉しいよ。相手の行動を分析して勝った甲斐があった」
「流石は成績優秀なだけあるね。スポーツも頭を使ってやってるわけだ」
「無論だ。スポーツは筋肉の使い方が勝利をものにするんだからな。そして、上手く使うためには頭を必要とする」
俺の筋力は運動部とさして変わらない。だが、筋肉の使い方においては彼らとは一線を画す。
それは俺が分析力に長けているからだ。
今回の体育祭で、俺は自分の試合と関係がなくてもバレーの試合を見続けていた。バレー部の人間がどのような動きをしているのか観察し、同じような動きを取り入れるためだ。彼らと寸分違わぬ動きができれば、俺も同じようにプレイできると考えた。
しかし、それだけでは勝つことはできない。だから並行して戦うチームについて調べていた。一つ一つのプレーに着目し、相手の攻撃パターンやガードの弱い箇所を探った。
決勝戦はそれを見出すまでに1セットと23点もくれてやらなければならなかった。そういう意味では、ラスボスに相応しい相手だっただろう。
「頭を必要とする分野で俺が負けるはずないさ。なんせ俺は他とは頭の作りが違うからな」
「出たよ。悠理くんの決め台詞」
沙紀は先ほどの熱を覚ますように微笑を浮かべた。今までに何度か口にしているが、リアクションは毎回微妙なものだった。
ただ、俺は事実として人と違う『頭の作り』をしているのだ。
俺の脳は機械と融合している。脳に埋め込まれたチップが演算装置として働いているため、俺の行動プロセスは一般的な人間とはやや異なる。それ故に、テストでは学年トップに君臨し、スポーツにおいても運動部顔負けの成績を残すことができている。
話していると、担任の先生が教室に入ってきた。先生は体育祭の感想を述べてから帰りの挨拶を促す。
「ねぇ、帰りにゲームセンターでも寄って行かない?」
挨拶を終えてすぐ、再び沙紀が俺たちに声を掛ける。
「俺は別に構わないが、桜井は大丈夫か? 体育祭の後だから疲れているだろ」
桜井の参加した女子バスケは準決勝まで駒を進めたらしい。試合を見ていないのでわからないが、ある程度の運動量はあったはずだ。
「私も別に構わない。今は特に疲れてないから」
「二人とも大丈夫みたいね。あとは悠香ちゃんだけか」
「悠香なら『俺が行く』と言えば来るだろうさ」
悠香は俺の妹だ。俺と悠香は双子ではなく、年が一つ離れている。だが、俺が高校浪人をしているので、今は同じ学年に属している。
「私が何かありましたか?」
話している最中、一人の少女が話しかけてきた。
俺を覗く黄色の瞳。濃茶のショートヘアをポニーテールに結んでいる。整った容顔によって男子からの支持を集めている。
噂をすれば影が立つと言わんばかりに悠香が俺たちの前に姿を表した。
「ゲームセンターに行こうって話になったんだけど悠香も来る?」
「兄さんはどうするんですか?」
「バレーでの疲労は特に気にすることはなさそうだから行こうと思ってる」
悠香が気にしているであろうことを交えつつ、自分の意見を伝えた。
「なら私も行きましょう」
「流石はブラコン妹ね」
「ブラコンではありません」
悠香は沙紀の発言を真っ直ぐ否定する。気に入らない発言だったのか、頬を膨らませてそっぽを向く。沙紀は何の反省もなく悠香の膨れっ面を眺めていた。
事情を知っている俺からすれば、悠香は正しいことを言っている。彼女は俺が好きだから付いていくのではなく、俺に付いていかなければならない理由があるのだ。
ただ、それを知らない者から見れば絶対にブラコンに見えるだろう。
全員の意見を聞いたところで俺たちは教室を後にした。
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スマホの中だけでデレる君のデレ顔が見たい 〜不正アクセスは法律で禁止されています〜 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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