第6話
若きサンタ達は悪魔が出現するポイントへと向かう。町外れの丘にある自然公園がそこだ。
その時、鬼影からの耳障りな通信が入った。
『貴様ら! どこへ行く! そっちは出現ポイントじゃない!』
怒りとわずかに焦りがこもった声だ。
「あんたの言葉に耳を貸すつもりはないわ」
美代が突き放すように言う。
「山田副隊長が本当の出現ポイントを教えてくれたんだよ」
『ジョン・サンダース! 私はお前の養父を更迭できるんだぞ!』
「更迭されるのはあなたです。すでにあなたにはなんの権力もありません」
『どういう意味だ、赤木鳩美!』
「私はサンタの忍者です。忍者とは本来、諜報員。頼りにしているお父上が組織の運営資金を横領している証拠をブラックサンタに提出しました。もちろんあなたの不正行為の証拠もです」
通信機越しに鬼影が息を呑むのが聞こえた。
ブラックサンタはサンタクロース組織の内部警察だ。
『……そ、そんな幼稚なはったりが通用するとでも』
「鳩美の仕事に間違いはないさ。だって忍者だぞ。今のうちに身辺整理でもしておくんだな。ブラックサンタからは絶対に逃げられない」
最後に鋼治が突き放すように言って若きサンタ達は通信機の電源を落とした。これから悪魔と戦おうと言うのだ。集中力を乱す雑音は遮っておきたい。
彼らは出現ポイントにたどり着き、12月25日を待つ。
そして悪魔が現れた。事前の情報通り確かに4体現れた。
「な、サンタだと!?」
「話が違うぞ!」
「くそ、あいつ、騙しやがったな」
「けど、若い! 全員ひよっこだ! チャンスはあるぞ!」
なぜか悪魔達は驚いていた。現界した直後からサンタと遭遇するのは彼らにとって常識のはずだ。
敵の様子に違和感を覚えつつも若きサンタ達は使命を果たすために戦い始めた。
戦いは数十秒で終わった。
「なんかおかしくないか?」
悪魔の死骸を見ながらジョンは言う。
「確かにあの悪魔達の様子はおかしかったわ。鋼治はどう思う?」
「俺もおかしいと思う」
美代の言葉に鋼治は同意する。
若きサンタ達はある懸念があった。その懸念を鳩美が口に出す。
「出現した時の様子から見て、彼らはサンタと戦わずに済むと思っていたのでしょう」
それはつまり
「組織に内通者がいて、彼らを安全に現界させるために手引していた可能性があります。鬼影よりもずっと狡猾で、決して証拠を残さないような者がいます」
「あらら、もうバレちゃいましたか」
山田副隊長が姿を見せる。
「あなた内通者?」
美代が腰の刀を抜刀しながら問う。
「そういう事です。ただし、目的はザコどもを安全に現界させる事じゃありません。あの悪魔達はいわば撒き餌ですよ。私はあなた達を1箇所に集めたかった」
山田が若きサンタ達を指差す。
「誰にでも成長の上限ってものがありますよね。それを取っ払うには特別な方法が必要なわけです。で、その方法が人間の魂を生贄に捧げる事なんですけど、誰でも良いわけじゃない。あなた達みたいな若くて強い魂じゃなきゃ、力の足しにならないんですよ」
山田が話していると彼の体に異変が生じた。体が徐々に大きくなり、服が内側から裂ける。肌は黒くなり、額から角が生え、背中からはコウモリのような翼が生えた。
山田は悪魔になった。
「その姿、ロンギヌスの槍を破壊した大悪魔……」
鳩美がつぶやく。
「俺の人相をよく知ってるな。あまり人間には姿を見せていなかったが……まあいい、とにかく準備は整った」
大悪魔が何らかの魔法を行使した。大悪魔の足元に禍々しい光を放つ巨大な魔法陣が出現する。
「儀式が発動した。俺の見込みは間違いじゃなかった。あとはお前達を倒すだけだ」
最初に動いたのはジョンだった。腰にある2丁のサンタ用拳銃、ニコラウスX7を抜いて連射する。
大悪魔は腕で防御した。悪魔の皮膚、特に腕部分は弾丸を弾くほどに硬い。
「銃は人間の発明品の中でもかなり強力な武器だ。いずれ銃を使う悪魔も出てくるだろう」
大悪魔が言う。
「だが、決められた威力しか発揮できない銃は、最終的に弱者が実力をごまかすための道具に成り下がる。銃は無視できない武器だが、もっと警戒すべきなのは……」
美代と鋼治が左右から挟み撃ちするように攻撃してくる。
大悪魔はこの二人の攻撃も腕で防御した。刀と槍の刃がどす黒い皮膚へわずかに食い込む。
「……っ、痛いな。呼吸法で超人化したサンタが昔ながらの武器を使う。こういうのが一番危ないんだ」
二人はそのまま自分の武器を押し込もうとするが、大悪魔の方がわずかに力が勝っていた。
一瞬、膠着状態が生じた。その間にジョンが武器を持ち替える。サンタ用グレネードランチャー、ニカイアG3だ。
銃口から炸裂弾が飛び出したのと、美代と鋼治が離脱したのは同時だった。アドベント期間中に4人連携の特訓をしていたので、声を出さずとも息は合わせられる。
「チッ」
ジョンが舌打ちする。超人化した彼の動体視力は大悪魔が着弾の直前に氷の魔法で遮蔽物を生成していたのを見ていた。
爆煙の中から敵が姿を見せる。氷の魔法では防ぎきれずに負傷しているが、悪魔の生命力なら1、2分で完治する程度の傷だ。
その時、大悪魔がその場から飛び退る。彼が先ほどまで立っていたところに、クナイが突き刺さった。
「大悪魔とあろうものが、そんな小さな刃物に怯えてみっともなく避けるのですね」
いつの間にか樹上にいた鳩美が冷淡な目で見下ろしていた。
「ああ、怖いね。忍者が使う武器なんだから毒を塗っているに決まってる。悪魔すら殺す猛毒を」
大悪魔が笑みを浮かべる。
「俺はお前の挑発には乗らないぞ。サンタクロース忍法は心の隙を突く戦闘心理術だ。俺はサンタに勝つためにあらゆる学問や技術を身につけた。当然、冷静さを保つためのアンガーマネジメントも勉強済みさ」
事実、彼の完璧に冷静だった。
「相手を怒らせるだけがサンタクロース忍法とは思わないで下さい」
「当然だ。俺はお前達に油断しない。いや、出来ないと言った方が正しいか。なぜならお前達をここに集めたのは、俺に勝てる可能性を持つサンタだからだ」
その言葉に、若きサンタ達が訝しむ。
「3人では俺が確実に勝つ。5人では俺が確実に負ける。4人揃うのが重要なのだ。俺が仕掛けているこの儀式は、自分と互角の戦力が揃わなければ発動しない」
大悪魔は地面の魔法陣を足の先でつついた。
「本来以上の強さを身につけるんだ。自分の命を掛け金にしないと帳尻が合わないのは当然だ」
「なぜそんな危険な賭けをしてまで強くなるの?」
美代が言う。
「強くなる余地がある以上、俺は弱い。弱いままでいるくらいなら死んだ方がマシだ」
真剣な大悪魔を見て、若きサンタ達に戦慄が走る。
元来、悪魔が強さを求めるのは死なないようにするためだ。だが、大悪魔は違った。強くなるためならば死ぬリスクすら許容している。
「さて、戦いを再開するか。まずは……一番目障りな奴からだ!」
大悪魔がジョンに接近した。遠距離攻撃手段を持つ者から仕留めるつもりだ!
ジョンはニカイアG3をその場に落として、再びニコラウスX7を握る。
銃は離れた敵を殺すための道具だが、サンタクロース銃殺法の極意は至近距離での射撃戦にこそある。
大悪魔が放つ連続打撃は、半人前のサンタなら1秒すら持たない熾烈なものだったが、ジョンは紙一重でしのぎつつ銃で反撃した。
悪魔の皮膚が銃弾を弾くのは限られた部位のみだ。銃使いのサンタは相手の柔らかい部位を狙って撃っている。
しかし大悪魔は最も硬い部位である腕部を使って銃撃をことごとく弾いてしまう。
美代、鋼治、鳩美も戦いに加わる。弾丸が飛び交う格闘戦に飛び込むのは常人なら自殺行為に等しいが、ジョンは味方を誤射しないし、他の若きサンタ達も射線に入るような愚を犯さない。
ここで大悪魔は大胆な行動に出た。防御を捨てたのだ。強力な生命力を持つ悪魔だからこそ出来る捨て身の戦法だ。
弾丸、刀、槍、クナイ。次々と攻撃が大悪魔に直撃するが、絶命には至らなかった。
「もらった!」
炎をまとった拳と電撃をまとった蹴りが若きサンタ達に叩きつけられる。彼らは血を吐きながら見えない糸で引っ張られたかのようにふっとばされる。
だが彼らも一流のサンタだ。痛みを無視する訓練は受けている。決して軽くはない傷だが、それでもすぐに次の攻撃へ移った。
鳩美が手裏剣を連続投擲し、ジョンが銃を連射する。
「さっきよりも攻撃がぬるいぞ!」
大悪魔は安々と手裏剣と銃弾を回避する。
サンタ達に深手を追わせて優勢に立った大悪魔だが、捨て身の戦法を使った事で彼も無視できない重傷を負っている。
あと1発でもサンタの全力攻撃を受ければ、状況は一瞬で逆転されてしまう。
そのせいで、この時の大悪魔は焦っていた。
空中で弾丸が一つ、手裏剣に命中する。弾丸は弾かれて更にまた別の手裏剣に命中する。数度の跳弾を経て、弾丸は大悪魔の右目に突き刺さった。
「しまった!」
美代と鋼治が地を蹴る。
「くそ!」
大悪魔は炎と雷の魔法を左右の手から発動させ二人を迎撃しようとする。
しかし美代と鋼治はサンタ戦闘服を焦がしながらも、魔法攻撃を回避した。いかに大悪魔と言えど、突然片目を失った状態では遠近感をつかめず、正確に狙えなかったのだ。
二人は内蔵が傷つくほどの痛手を受けているが、その技は少しも鈍っていない
刀と槍が月光を浴びてきらめく。
大悪魔の両腕が宙を舞った。
「イィィィィヤァァァァ!!」
鳩美が叫びながら両手で握ったクナイを振るう。がら空きとなった大悪魔の喉を切り裂いた。
血が噴水のように吹き出し、鳩美のサンタ忍者装束が返り血に染まった。
「ああ、くそ。俺はこの程度だったか……兄さん、やっぱり僕は強くなかったよ……」
大悪魔と言えどもこれは致命傷だった。彼は膝から崩れ落ちるように倒れた。
「みんな、まだ動ける?」
「ああ、俺はなんとか。鳩美と鋼治は?」
「私も少しだけなら」
「俺もギリギリだが歩ける」
若きサンタ達は重傷の身をおして、互いに肩を貸し合いながら戦場となった自然公園の展望台へと向かった。
すでに深夜なので住宅街の殆どは明かりが消えている。
このこの子供達はきっとクリスマスプレゼントを楽しみにしながら眠っているだろう。
若きサンタ達はこのために戦ったのだ。これを見てようやく、サンタのクリスマスは終わるのだ
全ては安らかな夜のため。
悪魔に脅かされずに眠れる夜というクリスマスプレゼントを若きサンタ達は今年も贈る事が出来たのだ。
使命を果たした誇らしい気持ちが、若きサンタ達に傷の痛みを一時だけ忘れさせてくれた。
全ては安らかな夜のため 銀星石 @wavellite
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます