第4話
12月25日0時。
聖ベルナルド学園の中心部にある中庭に鋼治と鳩美がいた。ここがサンタクロース忍法の開祖ベルナルドが悪魔と遭遇した場所だ。
二人は共にそれぞれの流派に合わせた戦闘用のサンタ服を身につけている。
数百年前と同様、再び魔法陣が現れる。
「ホーホーホー」
「ホーホーホー」
超人化呼吸法を鳩美と鋼治は使う。
やがて魔法陣から悪魔が現れる。予測通り二人だ。一人は女悪魔で大鎌を持ち、もう一人は男悪魔で素手のままだ。
「大鎌は俺がやる。鳩美はもう一人を。全ては安らかな夜のために」
「分かりました。全ては安らかな夜のため」
大鎌の女悪魔が鋼治に向かって手招きする。
「いらっしゃい坊や。ここじゃなんだから場所を変えてやりましょう」
鋼治は言葉ではなく槍を突き出して返答した。
相手はあっさり避けた。鋼治としても真正面からの単調な攻撃で当てられるとは思ってない。
女悪魔はある方角へ向かった。その先は、聖ベルナルド学園に併設されている孤児院がある。戦う場所を変えると言いつつ、獲物の近くへと向かう悪魔らしい狡猾さだ。
女悪魔はおそらく子供の匂いをたどって孤児院へと向かっているのだろう。だが方角は分かっても土地勘はない。
鋼治はアドベント期間中にベルナルド学園の敷地を完璧に把握している。先回りして、孤児院の門で待ち構えた。
「ここから先は一歩も行かせない」
「可愛いわね。いっぱしのサンタを気取っちゃって」
蹴った足下のアスファルトがひび割れるほどの強さで女悪魔が突進する。
首を狙った一撃。鋼治は足を深く曲げて、大鎌をくぐり抜ける。そして心臓めがけて槍を突き上げた。
女悪魔は社交ダンスのように体を回転させながら鋼治の槍を躱しつつ、遠心力を乗せた二撃目を繰り出す。
鋼治はバク転して大鎌を飛び越えた。空中で体をひねりつつ、上下逆さまのまま槍で突く。だが大道芸のような攻撃では正確さに欠け、心臓ではなく肩に刺さった。しかも浅い。
着地した彼はいったん距離を取る。
「やるじゃない」
女悪魔は肩から流れる自分の血を指ですくって舐める。
「まさかと思うけど、攻撃を当てただけで勝てるなんて思ってないでしょうね?」
「当然だ。お前はまだ魔法を使っていない」
にやりと笑った女悪魔は大鎌を振るった。どう見ても刃が届く間合いではない。
だが、届いた。
大鎌の柄が伸びて、本来の射程外から襲いかかったのだ。
予想外の攻撃だ。だが、鋼治は警戒したので避けられた。
悪魔は魔法と武術を使う。サンタにとって相手が未知の戦法を使ってくるのは当たり前なのだ。
「それがお前の魔法か」
「ええそうよ。変化の魔法で、武器は私の望み通りの形になる」
女悪魔が武器を槍に変形させた。鋼治に対する侮辱の意味も込められているのだろう。 先ほどの大鎌と同じく、槍が伸びて襲いかかる。単調な攻撃だ。ここで鋼治が相手の武器を弾けば、伸びている分、遠心力が働いて女悪魔は体勢を崩すだろう。
その考えが脳裏をよぎると同時に鋼治は嫌な予感がした。
鋼治は横に回避するのを選ぶ。
先ほどの予感は的中した。攻撃が命中する直前、相手の槍の穂先が手のひらの形になって、鋼治の武器をつかもうとしたのだ。もし、鋼治が攻撃を弾こうとしたら、逆に武器を奪われていただろう。
「さすがにそこまでマヌケじゃないようね」
女悪魔が武器を双剣に変形させた。
至近距離では相手の武器のほうが有利だ。鋼治は決して大きく振りかぶったりせず、刺突やコンパクトな斬り払いで対応する。
女悪魔は何度も武器を変えて攻撃してきた。大剣、弓、ハンマー、トンファー。中には鋼治が名前を知らない珍しい武器もあった。どの武器も女悪魔は一人前以上に使いこなしていた。
「人間がその寿命の間に習得できる武術はせいぜい一つか二つ。でも悪魔の寿命は無限だから好きなだけ身につけられる。悔しいでしょう?」
「別に」
鋼治は真顔で答えた。
「お前のは自己顕示欲を満たすだけの素人芸に過ぎない」
女悪魔の頬に朱が入った。さすがに自分の努力を馬鹿にされれば腹が立つようだ。
彼女は武器を大鎌に戻す。もしかすると一番得意な武器かもしれない。
「死ね、クソガキ!」
怒りと殺意がこもった苛烈な攻撃。この戦いで彼女が放った唯一で最後の本気の攻撃だ。
鋼治の槍の穂先が月光を受ける。
女悪魔が見たのは夜闇に走る閃光だ。
「嘘……」
彼女の心臓を槍が貫いている。
女悪魔は絶命した。
「寿命が無限なら、一つの武芸を極めるべきだったな」
遊び半分でただ手数を増やした者と、一つの道を究めようとした者。それが鋼治と女悪魔の差だった。
●
鳩美の方も男悪魔との戦いを始めていた。
敵の戦い方は特定の武術を感じさせなかった。空手のようでもあり、中国武術のようにもボクシングのようにも見え。単純に拳と蹴りを使った基本中の基本とも言る打撃を繰り返すのみだ。
魔法すらも使っていない。大抵の悪魔は殺傷力の高い炎か雷の魔法を使う、敵は攻撃に向いた魔法を使えないのかと思ったが、すぐにその考えを捨てる。
悪魔にとって魔法は誇りだ。戦う時は必ず使う。使わないまま戦いを終わらせるのは恥と思うのが悪魔の価値観だ。
鳩美は相手が何かを探っているかのように思えた。
「やっぱりだ。お前は前にここで戦ったやつの技を受け継いでいるな」
「まさか、開祖が始めて戦った悪魔?」
鳩美は即座に距離を取る。記録に寄れば開祖が戦った悪魔は魔法で氷の矢を放つはずだ。
「そうだ。忍者は俺の名誉にケチをつけた!」
悪魔が魔法を使った。だがそれは氷の矢ではない。
それは氷の手裏剣であった。
サンタである以上、鳩美は予想外の攻撃はあって当たり前の心構えでいたので、その攻撃は難なく回避した。しかし悪魔が手裏剣を投げた事実に少なからず驚きを感じたのは事実だ。
「悪魔の、忍者……」
それが鳩美の目の前にいる敵だ。
「何百年もかけて俺は自分の忍法を生み出した。それを使ってこの世全ての忍者を殺し、俺だけが唯一の忍者になる。そうやって忍法を征服しなければ、俺の汚名はそそがれない!」
悪魔がこの世でただ一人の忍者となる! なんたる冒涜的な野望か!
読者よ! どうか恐怖のあまりに狂気に陥らず、心を強く持って正気を保ってほしい。
悪魔忍者が両腕を振るうと多数の氷手裏剣が襲いかかる。
鳩美は素早く自らも手裏剣を投げ、自分に直撃するものだけを打ち落とした。
悪魔忍者は氷手裏剣を投げる。何度も。何度も。魔法でいくらでも生成できる相手と違って、鳩美の手裏剣は有限だ。正面切っての撃ち合いは必ず負ける。
鳩美は走った。それを手裏剣の重機関銃的な斉射が追いかける。
「あっはっはっは!」
樹が倒れる音と悪魔忍者の哄笑が重なる。まるでネズミをいたぶる猫のようだ。
直後、まるで増長に釘を刺すかのごとく、悪魔忍者の肩に手裏剣が刺さった。
最初、悪魔忍者は鳩美が自分の手裏剣を投げ、それが命中したと思った。だが、刺さったのは氷の手裏剣。悪魔忍者が氷の魔法で生み出したもだ。
もし、この場にサンタクロース忍法の開祖ベルナルドがいたのなら鳩美に「お見事!」と喝采を送っただろう。
そう! 鳩美は手裏剣の連射を躱しつつ、その一部を受け止めて投げ返していたのだ。
「人間ごときが!」
自分の投げた手裏剣を利用された悪魔忍者は頭に血が上る。手裏剣一枚が刺さったところでたいした傷にならない。だがそれ以上に彼は自尊心を傷つけられた。
悪魔忍者は手裏剣の生成を止め、手のひらから氷霧を噴出しはじめた。
それはあっという間に鳩美の周囲を取り囲み、視界を奪う。
白い闇の中に影が浮かび上がる。
かすかに空気を切り裂く音。悪魔忍者が氷手裏剣を投げたのだ。
鳩美は氷手裏剣を受け止め、影に投げ返す。
不可解な事に影は……悪魔忍者は避ける素振りを全く見せなかった。
投げ返した氷手裏剣が影を貫く。すると影はまるでガラスのように砕け散った。
近づいてみるとそれは氷で造られた像だ。
背後に殺気。振り返ると氷像が手刀を振り下ろそうとしていた。
鳩美はナイフのように鋭く研がれた手刀を躱す。
視界を奪っていた雪の霧が晴れる。鳩美はいくつもの氷像に取り囲まれていた。
「これが俺の編み出した技! 忍法・氷像分身の術だ!」
魔法が使ない人間の忍者には逆立ちしたってできないだろう。そのような嘲りがこもった声だ。
鳩美は即座に懐から忍具を取り出して投擲する。特殊な燃料を使ったクリスマス用の焼夷弾だ。
だが氷像達に変化はない。表面すら溶けていなかった。
「人間の浅知恵で作った炎で、魔法の氷が溶けるわけないだろう!」
氷像達が鳩美に襲いかかる。一体一体の練度は悪魔忍者本人よりも大きく劣るので、さほど苦労せず倒せる。だが何度砕いてもすぐに新しい氷像が作られてしまう。
悪魔の魔法は射程距離がある。必ず近くにいるはずだ。
鳩美は氷像を砕きながら悪魔忍者を探す。だが敵は巧妙に姿を隠していた。
「あなたは戦わないのですか?」
鳩美はどこかにいる悪魔忍者に問う。
「人間ごとき氷像分身で十分だ」
「嘘ですね」
「何だと?」
悪魔忍者の声にかすかな怒気がこもる。
「あなたは私が怖いのです。あなたの弱点を知っている私が」
「でたらめを。俺に弱点などない」
「開祖はあなたの弱点を見抜いていましたよ。だから当時はまだサンタでなくともあなたと互角に戦えたのです」
「……」
「返事がありませんね。ですがもう勝負は決まっています」
鳩美は確信を込めて言った。
「すでに私は忍法を使い、あなたの弱点を突いています。二度も人間ごときに負けた愚か者として、地獄で盛大に笑われなさい」
真上から殺気が豪雨のように降り注ぐ。
鳩美が飛び退ると、憤怒の表情を浮かべた悪魔忍者が落下攻撃をしてきた。まるで手榴弾が炸裂したかのような着地音と共に小さなクレーターが生まれる。
「気が変わった。直接殺してやる」
「良い判断です。あんな粗末な氷像で遊んでたらあっという間に時間切れですからね。まだ直接戦って負けた方が言い訳もできるでしょう」
「死ねぇ!!」
悪魔忍者が氷像と共に襲いかかってくる。
鳩美は忍者としての技量を最大限発揮し、包囲網をすり抜ける。
その結果、鳩美の背後から襲いかかってきた氷像の拳が、生み出した本人である悪魔忍者の顔面に突き刺さった。
「ぐあぁ!」
「お粗末ですね。もっと氷像の操作を鍛錬してから現世に来た方が良かったのでは?」
ぴしりと音が鳴った。怒りのあまり悪魔忍者が歯にヒビが入るほど食いしばったのだ。
悪魔忍者が獣のような雄叫びを上げながら再び攻撃を繰り出す。だが怒り任せの攻撃は大ぶりで、あっさり鳩美からカウンターを受けてしまう。
「な、何が忍法だ。ただ殴ってくるだけじゃないか」
「本当に忍法を学んだのですか?」
悪魔忍者の言葉に、鳩美はあきれた顔をしながら嘆息する。
「忍者の技はそう簡単に見抜けるわけがありません。そんな事も分からずに、新しい忍法を編み出したと有頂天になっていたのですね」
「殺してやる!」
悪魔忍者は必死に攻撃を繰り出すがどれも命中しなかった。
すでに冷静さを完全に失っており、悪魔忍者は自分が得意げに披露していた氷魔法の分身を使うのを忘れているほどだ。
打撃戦は完全に鳩美有利となった。
悪魔忍者が拳を繰り出す。力を叩きつけるだけのあまりに単調な打撃で、鳩美にあっさり避けられた上に、伸びきった腕をさらしてしまう。
それを鳩美は見逃さない。関節を極めて腕をへし折る。
「ぐあぁ!」
人間よりはるかに強い生命力を持つ悪魔でも腕が折れれば痛みに苦しむ。
一度の隙がさらなる隙を生む。
鳩美は悪魔忍者の膝を蹴り砕いた。
「ぎゃあ!」
二度の激痛に、悪魔忍者は涙目になりながら崩れ落ちる。
「俺は、俺は悪魔で忍者だぞ! どうして人間ごときに」
鳩美は答えを与えず、手刀で悪魔の首をはねた。
「あなた達悪魔の最大の弱点。それは私達人間を侮っている事です」
信じられないという表情のまま転がる悪魔忍者の首に、鳩美は語りかける。
「だから開祖や私が挑発すると簡単に引っかかったのです。相手を怒らせて判断力を奪う。これが真の忍者の技、忍法・怒車の術です」
本来、忍法とは魔法や超能力の類いではない。諜報活動のための心理術だ。
それを鹿児島のベルナルドは、悪魔を倒すための戦闘心理術に特化させたのがサンタクロース忍法である。
鳩美は背後に気配を感じた。足音から鋼治と分かる。
「そちらも終わったようですね」
「お互い無事に悪魔を倒せたな」
後の始末はサンタクロースの支援部隊が受け持ってくれる。悪魔の死体を処分し、戦いの痕跡を跡形もなく消し去る。
「鋼治さん、一緒に孤児院の方へ行きませんか?」
「構わないが、なにか用事でも?」
「ええ。サンタとしてもう一仕事しようかと」
鳩美と鋼治が孤児院へと行くと、ちょうど職員達が孤児達へのクリスマスプレゼントを準備しているところだった。
職員達はサンタの真実を知っているので、みな子供を守った鳩美と鋼治に感謝の言葉を伝える。
二人は職員達を手伝い、一つ一つプレゼントを枕元にそっと置く。
「みんな。ぐっすり眠っていましたね」
「ああ。あの寝顔を見ると。サンタになって良かったと思うよ」
悪魔を相手に命がけの戦いをする価値はあった鳩美は思った。きっと鋼治も同じだろう。
「実は私もあの孤児院の出身でした。赤ん坊の頃、誰かが私を孤児院の前に置き去ったそうです」
鋼治は何か言おうとしたが、しかし正しい言葉が見つからなかったのか、ただじっと鳩美を見つめた。
「家族がいないのを寂しいと思った事はありますが、しかし孤児院で過ごした日々は間違いなく幸せでした。だから守れて本当に良かったと思っています」
「俺も良かったと思う」
「え?」
「仲間の幸福の象徴を守れたのは、サンタの使命を果たせたのと同じくらい良かった」
二人のサンタは自然と笑みを浮かべた。
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