第5話 勝負

「お兄ちゃん。早くお家に帰ろ? それとも、コンビニでなにか買うの?」


 にっこりと笑って、菫は俺の腕に抱き着いてきた。混乱しすぎてなにも言えないでいると、お兄ちゃん、と甘えた声で呼ばれる。


「私、アイス食べたいかも。ね、アイス買っていい? だめ?」

「いや、それは全然、いいんだけど……」


 俺にとって、菫は可愛い可愛い妹だ。そんな菫が、俺の恋愛を邪魔していたなんて信じられない。そもそもどうやって情報を掴んでいたんだ?

 俺がここにいることだって、なんで分かったんだ?


「……ねえ、お兄ちゃん」


 菫が俺の顔を見上げたかと思うと、急に鋭い顔つきになる。


「お兄ちゃんが悪いんだよ。お兄ちゃんが余所見ばっかりするから。絶対私が一番可愛くて、一番お兄ちゃんのこと好きなのに。いつまで他の子を見る気なの?」

「菫……」

「私から逃げられるなんて思わないでね。お兄ちゃんのことは私、なんでも知ってるんだから」


 話し終えると、菫はいつもの笑顔に戻って俺の手を引いた。


「ほら、アイス買って帰ろ、お兄ちゃん!」


 その笑顔は本当にいつも通りの可愛い妹の笑顔で、俺は本当に訳が分からなくなってしまった。





「じゃ、じゃあ俺、風呂入ってくるから」

「うん。分かった」


 家に帰ってすぐ、俺は風呂に入ることにした。いったん一人になって、冷静になりたかったからだ。

 いつもはシャワーだけで済ませるが、今日は湯船にしっかりとつかる。


 この状況、マジでどうすればいいんだ?

 彼女を作ろうとするたびに菫が、俺以上の相手を紹介して邪魔してくる。こんなことされたら、俺は一生彼女ができない。


 しかも菫は、悪いことはしていないのだ。菫はただ紹介するだけで、結局のところ、俺を捨てて新しい彼氏に乗り換えたのは元カノたちなのだから。


「……いや、そんなこと今はどうでもいい」


 問題なのは菫自身だ。

 同年代の子に比べて少々ブラコンだとは分かっていた。でもまさか、ここまでとは。


 菫の過剰なブラコンを治してやるのが、兄としての務めなんじゃないか?


 俺は菫が大好きだ。もちろん兄として。

 だからこそ俺は、菫が普通に他の男を好きになって、普通の恋愛ができるように導いてやらなければならない。


「よし!」


 決意を決めて立ち上がった瞬間、浴室のドアが開いた。


「お兄ちゃん! 背中流してあげる!」


 そこには菫が立っていた。裸に、タオルだけを巻いた姿で。


「マジで待て、菫!」


 慌てて怒鳴った後、自分が普通に全裸なことに気づく。とっさに湯船に入って、なんとか大事な部分を隠した。


「菫、あのな、こういうのは本当にな……間違ってるんだよ」

「……お兄ちゃん」

「俺とお前は兄妹だ。分かるだろ? 兄妹は法律で結婚できないって決まってる。それにお前が俺を好きなのはきっと恋愛感情じゃなくて、家族愛の延長で……」


 菫の大きな瞳から、涙がこぼれ落ちた。


「えーん……お兄ちゃんの馬鹿、やだ、やだよぉ……!」


 次々と涙を流しながら、菫が浴室の床に座り込む。


「なんで? こんなにお兄ちゃんのこと好きなのに。やだ、お兄ちゃん、やだ……!」


 まずい。

 どうしよう。


 俺は菫の涙にめちゃくちゃ弱い。菫が泣くのがとにかく嫌なのだ。

 小さい頃から、菫に泣かれるとつい言うことを聞いてしまっていた。だがしかし、さすがに今回はそういうわけにもいかない。


 心を鬼にして、菫を正しい道に戻さなくては。


「菫。俺は菫が大事だから言ってるんだ」

「……やだ。知らない、そんなの。私はお兄ちゃんが好きなんだもん! なのになんで他の子と付き合ったりするの。菫より可愛いの? 菫よりその子たちのこと好きなの? 菫が泣いても、他の子を選ぶの!?」


『今日からは小学生だから、自分のことは菫じゃなくて私って呼ぶの!』


 そう笑顔で言っていた幼い菫の顔が頭に浮かぶ。


 でも菫は未だに興奮すると、一人称が菫になる。そういう子供っぽいところも可愛い、俺のたった一人の大切な妹なんだ。


 その菫が、こんなに取り乱して泣いている。


 ああ、たぶん、本当はここで突き放すべきなんだろう。冷たくして、俺のことを嫌いにさせるべきなんだろう。


 でもだめだ。それだけはできない。


「菫。俺、菫が嫌だって言う間は、もう他の子と付き合ったりしないから」

「本当!?」

「ああ。でも、俺とお前は兄妹で、恋愛はできない。そこは分かってくれ」


 俺はこれから、菫にちゃんとした兄妹の距離感や付き合い方を教えていく。

 菫がそれに納得して、俺に彼女ができてもいいと思えるようになるまで、俺はもう彼女を作らない。


 彼女との楽しいスクールライフなんて、大事な妹に比べればどうでもいい。


「……お兄ちゃん」

「菫。分かってくれたか?」

「うん。分かった。じゃあ私は、全力でお兄ちゃんの理性を崩せるように頑張るね」

「……は?」


 にっこりと笑った菫が、バスタオルのまま浴槽に入ってきた。


「これ、外しちゃおうかな」


 菫が悪戯っぽく笑う。


「絶対、恋愛的な意味で私を好きにさせるから。負けないからね、お兄ちゃん」


 どうやら俺は、とんでもない勝負をすることになったらしい。

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10人目の彼女をNTRれた俺、最高に可愛い妹に恋愛的な意味で宣戦布告される 八星 こはく @kohaku__08

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