第3話 なにかがおかしい

「あー、もう、なんでなんだよ!?」


 思わず教室で大声を出してしまい、周りから哀れみの目を向けられてしまった。

 ちなみに俺は『彼女を何度も寝取られた男』として学校でちょっとした有名人だ。


 可愛い彼女との楽しいスクールライフを目指し、高校入学当初から可愛い子にアプローチしまくった。

 その結果、校内で相手を探すのはもう難しくなった。そのため最近は他校の女子をメインターゲットにしている。


 そして一昨日、駅前で可愛い他校の女子をナンパした。

 無事に連絡先を交換し、デートの予定を立てているところだった。

 それが。


『ごめーん。彼氏できたからデートキャンセルで! てかもう連絡してこないでね』


 というメッセージが、たった今届いたのである。


「どうしたの、蓮太。また振られた?」


 カフェオレの紙パックを片手に新が話しかけてきた。また、という言葉が事実過ぎて何も言い返せない。


「そうなんだよ」

「一回落ち着いたら? 最近、やたらと疲れてるみたいだし」


 隣の席に座り、新が心配そうに俺を見つめてきた。

 確かに新の言う通り、最近の俺は疲れまくっている。

 新しい彼女を作るべく努力を重ねていることに加え、菫からの猛アピールに耐える日々が続いているからだ。


 さすがに彼女ができれば、菫もあんなふざけたことは言い出さなくなると思うんだよな。


「そうですよ。櫻木くんは、学生としてもう少し勉強に集中するべきです」


 話しかけてきたのは、磯貝凜々花。クラスメートで、この学校の生徒会長でもある。

 眼鏡が似合う、知的な顔立ちの美人だ。


「……磯貝」

「そもそも、美人であれば誰でもいい、なんていう理由で相手を選ぶから失敗するんです。櫻木くんはもう少しちゃんと考えないと」

「……分かってるって」

「分かってないでしょう。分かっていればそもそも……」


 磯貝の説教が始まったところで、しれっと新が立ち去っていく。俺は逃げるわけにもいかず、磯貝の話を聞き続けた。


「いいですか? 櫻木くんはやればできるんですから、しばらく勉強に集中すればいいんですよ」

「……考えてはみる」


 曖昧な返事をすると、まったく、と溜息を吐いた磯貝がようやく去っていった。

 悪い奴ではないのだが、年のわりにかなり説教臭い。

 だからこそ俺も、磯貝には一度もアプローチをしていないのだ。


 ぴこっ、とスマホが鳴る。

 誰か女の子から連絡か!? と思ったが、菫からのメッセージだった。


『お兄ちゃん! 今お昼休みだよ。お兄ちゃんが作ってくれたお弁当今日も美味しい!』


 温かいメッセージが菫の可愛い声で再生される。

 弁当を作るのは当番制なのだが、俺が作った時、菫はいつもこうして感想をくれるのだ。





「分かりました? 今日言ったところ、絶対家でやるんですよ?」


 校門を出たところで、磯貝が念押しのようにそう言ってきた。

 勉強に集中すべき、と言って、わざわざ問題集を押しつけてきたのだ。


「分かりましたね!?」


 あまりのしつこさに俺が頷こうとした、その瞬間。


「お兄ちゃん!」


 なぜか菫の声が響き渡った。


「菫!?」

「うん。お兄ちゃんに会いたくて来ちゃった! この人は?」


 磯貝を見て、菫が首を傾げる。磯貝とは高校からの付き合いだから、菫は磯貝を知らないのだ。


「クラスメートの磯貝」

「磯貝さん! よろしくお願いします!」


 菫はすぐに磯貝の前に移動し、行儀よく頭を下げた。ツインテールが揺れて可愛い。


「初めまして。私、蓮太くんのクラスメートの磯貝凜々花です」


 磯貝も礼儀正しく頭を下げた。蓮太くん、なんて呼んだのはたぶん、菫も俺と同じ櫻木だからだろう。


 なんか磯貝から名前で呼ばれるの、慣れないな。


「お兄ちゃんとは仲がいいんですか?」

「ええ。クラスは去年から一緒だし、それなりに仲はいいですね

「そうなんですね」


 にっこり笑って、菫が俺の手を握る。


「お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね!」





「……櫻木くん」


 翌朝、やけにげっそりとした顔で磯貝が話しかけてきた。顔色が悪いのは寝不足だからだろうか。


 磯貝、体調管理もいつも万全なのに。


「どうしたんだ、磯貝?」

「その、こんなこと櫻木くんに相談していいのか分からないんですけど……」


 磯貝は今にも泣きそうな顔で俺をじっと見つめた。磯貝のこんな顔を見るのは初めてでどきっとする。


「昨日の放課後からなんか、やたらとナンパされて……!」

「は?」

「歩いててもやたらと声かけられますし、SNSにメッセージもいっぱいきちゃって……」

「なにか嫌なこと言われたりしたのか?」

「いえ。みんな優しくてイケメンなんです」

「……えーっと……」


 声をかけてくる男がめちゃくちゃいて、全員イケメンで優しい。

 これ、何の相談なんだ?


「……いきなりで、困ってるんです。別に嫌なことをされるわけじゃないんですけど。前まで、こんなことなかったですし」


 磯貝は美人だ。だからこそ、いきなり周りの反応が変わった、というのは確かにおかしい。


 いったいなんなんだ?


「ねえ、今の話、本当?」


 新が話に入ってくると、磯貝は何度も頷いた。げっそりした顔を見ると、本当に気の毒になってくる。


 いくらイケメンだろうが優しかろうか、慣れてない磯貝からすれば、ナンパされるってだけでストレスなんだろうな……。


「ねえ、蓮太」

「なんだ?」

「ちょっと試したいことがあるんだけど……明日、女装した僕とデートしてみない?」

「……は?」

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