第3話 野獣と野獣
Dパークではちょうど、昼のパレードが催されていた。にぎやかである。ハロウィーン期間とあって、キャラクターの仮装をしている人が多い。大人も大いに楽しんでいる様子で、Dパークは日本人にも受け入れられているようだ。
「ボブ、君は日本に住んでいるのかい?」
「いいや。新婚旅行だよ」
「では日本には旅行で来たのか。ちょっと待て。新婚って、奥さんはどこにいるんだ?」
「ん? 奥さんなんていないよ。僕のパートナーはビリーだ。僕はカルフォルニア、ビリーはフロリダの出身でね。お互い子供の頃からDパークに行ってたのさ」
「フロリダの? ……あれは開園準備の途中だと思ったが」
「確かに、本物のウォルトはフロリダのDパーク完成前に亡くなってしまったけどね。ウォルトの兄のロイが完成させたんだ」
「兄さんが……って、待て待て待て! いま、ウォルトが死んだと言わなかったか?」
「言ったけど」
「ボブ。私は誰だ?」
「ウォルトだ」
「うむ。では、私は死んでいるように見えるか?」
「見えないね」
「ではもう一度問おう。ウォルト・D・ロジャーは死んだのか?」
「死んでいる」
ボブの真顔に、後頭部をハンマーで打たれた心地がした。まったくひどい夢だ。
「そんなことより見てウォルト! 美女のラ・ベルと野獣だよ!」
「そんなこと……」
ボブは、パークを行進するフロート(装飾された大きな乗り物)の一台を指さしていた。美女と野獣。知っているおとぎ話だが、私が制作したアニメ映画には無いはず。しかし、東京のDパークがどのようなものかは見ておいて損はないであろう。
私は目を疑った。目を擦り、何度か瞬きをした。美女と野獣の後ろにいるフロートは、確かに白雪姫と七人の小人である。合っている。とても素晴らしい。目の前の光景など忘れてしまった方がよいだろう。いや、しかし見間違いかもしれない。目の前にある現実を、もう一度見てみよう。
……野獣と野獣である。
毛むくじゃらの野獣は分かる。立派な召し物を纏っているのだから、あれが王子なのだろう。だが美女の姿などどこにもない。その代わりに、肌の黒いデラックスな女がずんと佇んで人々に手を振っている。すでにお似合いである。ジャングルをクルージングするアトラクションにいたら、私はほほ笑んで手を振るだろう。あれは決して美女ではない。
「ボブ」
「なんだい? ウォルト」
「美女はどこだ?」
「……ラ・ベルならそこにいるでしょ」
ボブは歓声を上げて、ラ・ベルに手を振っていた。
「美女と野獣はフランスの昔話のはずだ」
「さすがウォルト、詳しいね」
「あれはフランス人か?」
「肌の黒いフランス人なんて沢山いるよ。僕みたいなアメリカ人がいるようにね」
「そういう問題か?」
「そういう問題さ」
いや、絶対違うだろ。
残念だが、日本のDパークは間違っている。あるべき姿を歪めるようなこんな国に、Dパークを作ってはならんのだ。私が鼻息を漏らす横で、小さな女の子がお母さんの手をつなぎながら、野獣どもや白雪姫をニコニコと見つめていた。
私たちは、フロートとすれ違うようにスプラッシュヒルに向かった。スプラッシュヒルはパークのエントランスから最も遠い場所にある小高い丘なのだ。
「ビリーはどのあたりにいるんだい?」
「近くのレストランにいるみたいなんだ。ウォルトはここからどうするの?」
「どうもこのあたりで、私に会いたがっている人がいるみたいでね」
「じゃあ、ここでお別れかな」
「そうだな」
私は新しいスーツの内ポケットからカードの束を取り出した。いつも忍ばせているのだが、まさかこのスーツの中にもあるとは思わなかった。このスーツを用意した者は、私のことをよく知っているのだろう。私は「ウォルト・D・ロジャー」のサインが入ったカードをボブに手渡した。
「私を助けてくれてありがとう、ボブ。このあとも、Dパークで楽しい一日を」
「ありがとう、ウォルト」
「君の大切な人にもよろしく伝えてくれ」
「そうするよ」
さて、人を探さなくては。と思った矢先。ボブはこう言った。
「今日は、出来るだけスプラッシュヒルに乗るつもりなんだ。スプラッシュヒルはもう、カルフォルニアにも、フロリダにもなくなってしまったからね」
「え」
「昔からさ、スプラッシュヒルの原作になったアニメ映画は差別的だと言われて発禁になってたじゃない。それで結局、D社はDパークにあるスプラッシュヒルをクローズして、違うアトラクションに変えた。スプラッシュヒルが残っているのはD社が直営していない日本のDパークだけなんだよ」
「『トーマスおじさんの昔話』が、差別的?」
「厳密にいうと、美化されていたことが問題だったんだ。黒人農夫のトーマスが、白人のお坊ちゃんと仲良く心を通わせたり、白人の大人が彼と良好な関係を築いていたり」
「それが、問題なのか」
「問題になったのさ。もしかすると、東京もいずれ……」
私は何も言わなかった。私とボブは恐らく同じ気持ちだったに違いない。私は彼と握手を交わして、スプラッシュヒルに向かった。
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