第2話 夢と魔法の世界
アトラクションは非常停止をしていた。
非常口からきたスタッフが、ずぶ濡れの私を医務室に案内し、黒人の男――ボブ――も私に着いてきた。曰く、「ビリーの捜索はスタッフに任せることにした。あなたのことも気にかかる」とのこと。
私は医務室の隅でタオルに包まり、ストーブに当たっていた。スタッフは誰もかれも黄色い肌のアジア人だ。煙草を吸いたいと呟いたら、慇懃に「禁煙です」と言われた。無視してビリーに煙草を買わせようとしたら睨まれた。どいつもこいつも、私を誰だと思っているのだ。これでは状況もよく整理できない。
「状況整理に煙草は要らないよ、おじさん」
「ウォルトだ。ボブ、私のことはウォルトと呼んでくれ。実際、君には助けられた。命の恩人だ。自分のパークで死んだら、洒落にもならないよ」
私がそういうと、ボブは大笑いした。
「きついジョークだね、ウォルト。スプラッシュヒルで死亡事故が起きたら、それこそウォルトの呪いだ」
「君は悪い人じゃなさそうだが、何を言ってるのか分からないときがあるな」
「ウォルトはまるで本物だね。声とか話し方とか、昔の映像まんまだ。ところでウォルトは誰とパークに来てるんだい? 連絡しなくて大丈夫なの?」
「別に誰かと、というのはないが……」
ボブは相槌を打ちながら、手のひら大のガラスの板を耳に当てていた。しばらくすると「繋がらないなぁ。ビリー何やってんだろ」と呟いた。これも分からないことの一つだ。
「ハロウィーンで色んなコスプレをする人がいるけど、ウォルトは折り紙つきだ。ミッチーやロナルドが君を見かけたら、さぞ驚くんじゃないかな」
ボブのポケットからベルが鳴った。彼は例の板を取り出してそれを耳に当てた。
「もしもしビリーかい? 大丈夫? 僕はもちろん。君こそ突然いなくなってどうしたのさ? スプラッシュヒルのあたりにいるんだね? わかった。僕ももう少ししたら行くからそこで落ち合おう」
ボブは板をポケットにしまった。私は呆気にとられていた。
「どうした? ウォルト」
それは何なのかと聞くと、ボブは「役に入り込みすぎだよ」と笑った。
私は至って真剣なのだが。
ふいに、私は身震いした。尿意と分かったので、トイレに入った。用を足して手を洗い、鏡を見た。私は私だ。しかし、この違和感は何なのだろう。異国のDパークだからなのか、微妙にずれた感じがする。
また煙草が吸いたくなった。本当はいつでも吸っていたい。ジャケットの内ポケットに忍ばせた紙巻きたばこは、すっかり濡れてダメになっている。ないものねだりで他のポケットを漁ってみたが、やはり煙草はない。
諦めて医務室に戻ろうとしたそのとき、洗面台の脇で物音がした。振り向くと、丁寧に畳まれた黒と赤のスリーピーススーツとワイシャツ、ネクタイとともに、一箱の煙草とDパークのマークが捺されたマッチ箱が置かれていた。おまけに一枚のメッセージカードまで。筆記体で綴られている。
「Welcome back.
And please help us.
I'm waiting for you at The Splash hill.
(おかえり。
そして私たちをたすけて。
スプラッシュヒルで待っています。)」
私は鼻歌を鳴らしながら煙草を咥え、マッチで火を点けた。誰かが私を求めているらしい。それはもしかすると、この夢に関することではなかろうか。私は煙を吐いて、マッチ箱の裏をめくった。火を点けるとき、指の腹がペンで引搔いたような跡に触れたのだ。そこには、
「I know you.(あなたを知っている。)」
と書かれていた。途端、じりりりとベルが鳴りだした。火災報知器が作動したのである。洗面台の天井にあるスプリンクラーが作動し、シャワーが降り注いだ。私は煙草を洗面器に投げ入れて、せっかくのスーツを濡らさないように抱えて医務室に戻った。
バタバタするスタッフさんたちを背に、私はボブに尋ねた。
「頼みがあるのだが。ビリーと会うまで、私も着いてきてもいいかな」
「ああ、別に構わないよ」
私は誰かがプレゼントしてくれたスーツを着なおして、ボブと共に慌ただしい医務室を出ることにした。
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