第2話


リーリスとの出会ってから数日後、迅はとある建物に来ていた


「・・・めんどくせぇ」


迅が訪れたのは表向きは警備会社だが実際は国から管理を任されている化物討伐組織

『高天原』

来た理由はもちろん数日前のリーリスとの事だ、高天原の上層部も最初はただの自分に箔をつける為の嘘だと思っていた

だが報告された姿と文献の姿に一致する点が多く、通常は紙での報告が多いが今回は直に見た迅の口頭での報告させるために迅を高天原へ呼び出したのであった

愚痴をこぼしながらも迅は歩いていく


中はどこにでもあるようなビジネスビル、当然真ん中には受付嬢がいるがそれを無視してエレベーターに乗るとポケットからあるものを取り出す

それは狩人なら誰しもが持つカードキー、それを差し込むとエレベーターは勝手に動き出す


しばらくしてから扉が開くとそこに広がっていたのは、高級ホテルのラウンジを思わせるような光景だった

そこにはソファに座り談笑している者や、まだ日が高いのにカウンターで酒を飲む者、新調した新しい武器を自慢したいのか見せびらかす者もいた。もちろん全員が狩人だ


そんな狩人たちがまるでわざと距離をとっているかのような空間があった

そこに座るのはスーツ姿の男が一人、誰かを待つようにゆっくりと酒を飲んでいた、容姿こそ白髪交じりの初老に見えるが、肉体は服の上からでもわかるほど鍛え抜かれた体、目は鋭く、視線だけで相手を怯ませてしまうだろう

だが迅はその男に悠々と近づき対面に座る


「久しぶりだな。おっさん」


「ああ、久しぶりだな。まさかあの時のクソ餓鬼がこうも立派に・・・なってはないが高天原に来るとは」


まるで親戚の子供を久しぶりに見るような目で、その男は迅を見ていた。

この男こそ高天原最高責任者、『防人』天原文治

かつては迅と同じく狩人だったが今は一線から退き、後進の育成に注いでいる。

その実力は老いのせいで多少衰えてはいるものの、今でも高天原の最強戦力として数えられている。

そして迅の師でもある


「さて、近況を聞きたいのは山々だが、事が事だ、迅、偽りなく話せ」


男は酒を机に置き、険しい目で迅を見る。迅は頷くと数日前のリーリスとの出来事を話した。聞き終えた文治は考え込んだ様子で、顎髭を撫でていた


「つまり、なんだ?災厄の吸血鬼リーリスはマゾで、傷を負わせたお前を気にいったと?そして生かす為に傷を治し、見逃したという事か?」


「まぁそういうことになるな」


噓偽りなく話した。だが言葉にすればするほど混乱するような内容にとうとう文治は天井を見上げる


「他の奴らにどう説明すればいいんだよ・・・」


文治の嘆きは尤もだ。だが事実なのだから仕方がない、少しして息を吐くと文治は迅を見据える


「幸い、このことを知るのはごく一部だ、お前もこのことについては誰にも言うな、下手に喋れば混乱を招く」


「わかってる、それで俺はどうなるんだ?」


「特にないが・・・迅、そろそろうちに所属しないか?」


「いやだね、お役所仕事は息がつまる、俺はフリーでやる方が性に合うんだ」


即答だった、この組織に入れば今のように自由がなくなる。それは迅にとって好ましくない事だ。

文治もわかっていたのか特に驚くことはなかったがどこか残念そうな様子だった


「そうか、まあいい、ところで迅」


「・・・なんだ?」


文治は真面目な顔をして迅に問いかける。迅もそれを感じ取ったのか、同じように顔を引き締める


「完全装備なら勝てるか?」


なにに、とは言わない。何を示しているかなんてわかりきっている。

実を言うと迅はリーリスに出会ったときの装備は言い訳になるかもしれないが全力ではない

だがそれに対し迅ははっきりと答えた


「無理無理、絶対無理」


「そこはお前、男なら勝てると冗談でも言うところだろう?」


「無理、死ぬ、確実に」


「・・・遺物有ならどうだ?」



『遺物』

アーティファクトとも呼ばれるそれは人智を超えた力を有する武具

そしてそれらは偶然か人間にしか扱えず古くから多くの権力者や狩人に力を与えてきた。

化物を探知する八咫鏡も遺物の一つだ

それらは個々に違う能力がある為、もしかしたらリーリスに対抗しえる物もあるかもしれないというのが文治の考えだ

だが迅は首を横に振る


「多分、無理だな。というかできるならとっくに昔の奴らがやってるだろ、あれリーリスは遊びで人類を終わらせる事ができる、そういう存在だ」


「・・・」


文治は迅の実力を知っている。すでに全盛期の自分を超えており、狩人としてトップの強さを持っている。だがそんな迅が無理だとはっきり言うのだ。正直お手上げだ


「・・・どうすればいいと思う?」


高天原のトップとしてフリーである迅に聞くようなことじゃないことは分かっているが、それでも文治は聞かずにはいられなかった。


「八咫鏡でも観測できないならもうどうしようもない。出会ったら諦めるか、俺みたいに頑張って気に入られるか、だな」


「・・・そうか」


迅が死力を尽くして気に入られたということは、他の狩人はほぼ諦めるしか実質選択肢がないといっているようなもの。


「奴は数百年、姿を現さなかった存在だ、出会ったことが奇跡みたいなもんだから、そう重く考えない方がいい」


「そう、だな・・・わかった、報告感謝する」


「ああ」


言えることはすべて言った迅は立ち上がり出口へと向かおうとしたが文治に止められた


「迅」


「ん?」


「・・・死ぬなよ?」


ああそうだ、そういえばこういう人だったと思い出す。ぶっきらぼうで厳しい人だが同時に優しい不器用な人だということを


「わかってるよ・・・じゃあなまたな、おっさん」


そう言い残し迅は高天原を後にした。

そしてこれから始まる最悪の出来事の数々をまだ迅は知る由もない

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