第1話



世界には闇に潜み人々を襲う化物が存在していた

だがそんな化物と戦い人々を影で守る存在『狩人』と呼ばれる者達がいた

久留須迅もその狩人の一人

狩人が集う組織に所属していないフリーの狩人だ

その日も適当な依頼を受け、化け物の討伐に勤しんでいた

いつもの様に戦って生きて帰る。それを目標としたなんてことのない殺伐とした日常のはずだった


あの夜がなければ


現場に着くと辺り一面は更地、そしてそれを染めるおびただしい量の血、その中心には、一切の汚れのない金髪を月光に照らされた美しい女性がいた


「こんばんは。いい夜ね」


そう話しかけてきた女性を見た瞬間、迅は悟った。これはダメだ、逃げるべきだと。

思考が巡る前に行動するべきだった。

瞬きなどしていない、決して女から目を離していなかった、なのに


「貴方は私を悦ばせてくれる?」


気が付けば目の前におり、迅の心臓めがけて女の手が迫っていた


「!?」


迅は咄嗟に剣を抜き、自分の命を終わらせようとした手をまるで金属同士をぶつけたような音をたてて弾く、迅自身もなぜ防げたのかわからなかった

すぐさま距離を取る。だがすでにたった一撃を防いだだけなのに迅の額には玉のような汗が流れていた

一方、先程、迅の命を終わらせようとした女とはいうと


パチパチパチ

「すごいわ、まさか私の一撃を防げる人間がいるなんて」


まるで称賛するかのように呑気に拍手していた


「お前・・・何者だ?」


正直無様に逃げたかった。だがこの女に背を見せる方が不味いと本能で理解した迅は余裕を取り繕う

仮に生き延びることができたのなら少しでも情報を与えるために迅は警戒しながら女に問う


「あら?私を知らないの?私はリーリス。貴方のような狩人なら知ってると思うのだけれど・・・」


「!?」


女、リーリスの名前には聞き迅は驚愕する。その名は狩人なら少なからず知っている存在

かつて人類を恐怖のどん底に陥れ、そして突如として姿を消した最強の吸血鬼、嘘かもしれない、ただその名を勝手に騙っているのかもしれない

だが少なくとも自分より次元が違う相手だという事だけは今の挨拶攻撃で分かっている


「なぜ災厄の吸血鬼と言われたお前がここにいる」


だがリーリスと呼ばれる吸血鬼が姿を消して、文献が正しければ数百年になる

姿を消して長いため最早風化しかけていた存在がなぜ今更


「なぜって、おかしなことを言うのね?ただの食事よ?」


「食事だと・・・?」


迅はリーリスの言葉に思わず顔をしかめる。今、彼女は食事をしに来たと言ったか?


「あなた達人間だって食べ物を食べるでしょう?それと一緒、吸血鬼は生き物の血を啜りはおなかを満たしているのよ?」


当たり前のことを言っているような顔を浮かべるグロリアスに迅はさらに疑問を浮かべる


「ならなぜ、組織はお前を観測できなかった」


化物を捜索する際、なにも噂などで情報で闇雲に探すわけではない

化物特有の不気味な力を観測できる装置『八咫鏡』を用いて化物を探知、識別をする

今回の討伐対象は本来なら森に迷い込んだ人間を食していた鬼、西洋で言うならオーガの類だ。

決して八咫鏡は最近できた物ではない、他国にも同じような装置は存在する。にもかかわらず数百年もの間、リーリスは観測されなかった


「さぁ?あなた達が見つけられなかっただけじゃない?少なくとも食事するのは今回が初めてじゃないわよ?」


「・・・・・」


もはや何も言うまい、迅はそう悟った。今、目の前にいるのは人類を恐怖に陥れてきた伝説的存在、化物の中の化物、逆に自分たちが、人間側が、狩られる側だということを忘れ、どこか驕りがあったのかもしれない。


「さて、そろそろお話は終わりにしましょうか」


リーリスはゆっくりと迅に近づいてくる、やろうと思えば先程と同じように瞬間移動紛いのことができるのに


「もう食事は終わったから、このまま貴方を見逃してもいいのだけれど・・・食後の運動って大切よね?」


それは迅を逃がすという選択肢がないという死刑宣言だった。正確には足を動かし逃げることはできるだろうが絶対に逃がさない、そう思わせる威圧感をリーリスは漂わせていた


「クソッ!!」


迅は悪態をつきながら剣を構える そして、戦いが始まった。


長くなるので結果だけを言おう、迅は生き延びた。奇跡的に、気紛れに

結果だけ見れば大金星だ。


だが頑張りすぎた


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


満身創痍の迅、その姿はまるでボロ雑巾の様だった 対するグロリアスは無傷で迅を見据えていた。決して攻撃できなかったわけはない

だが、どれだけ斬ってもご丁寧に服ごと回復され無傷に戻る。

これが力の、人と化物の明確な差、リーリスはゆっくりと迅に近付く。

もう体は立っているのも疲れた迅は死を覚悟し、その場にへたり込むと瞼を落とし死を待つことにした

どれくらい時間が経っただろうか、もう自分は死んだのだろうか?そう思い瞼を開けると目の前にはリーリスがいた。


「おはよう、いい夢は見れたかしら?」


「・・・あぁ、クソみたいな悪夢ならな」


皮肉を返すがリーリスは気にした風もなく笑みを浮かべる


「貴方すごいわね?私と遊んで、ちゃんと体が残っているもの」


「・・・」


確かに迅の体は傷だらけではあるものの五体満足で生きている。だがそれは迅からしたら必死の抵抗だが、リーリスにとってはただの遊び、手を抜いていたからに過ぎない、もし本気で戦っていたのなら今頃肉塊になっていただろう。


「それに傷をつけられたなんて、いつぶりかしら」


リーリスは傷をつけられたことが嬉しいのか、どこか上機嫌だった。


「・・・無傷のくせによく言う」


「あら?これでも傷はついてるわよ?」


どこがだ、そう言おうとしたがやめた。喋るのも疲れ、体を動かすことのできない迅はただリーリスを睨むことしたできなかった


「そう、それよ。私が一番好きなのは」


リーリスは迅に顔を近づける


「貴方は絶対に勝てないと分かっているのに逃げずに向かってきた、そして私に傷をつけた」


「・・・」


違う、単純に逃げても無駄と思っただけだ。だがリーリスからするとはそう見えてしまったらしい

そしてリーリスは迅の頬を優しく撫でる、まるで恋人を愛でるように

だが迅は悪寒が走りゾッとする。

なぜならその時の顔は獲物を目の前に我慢している捕食者の顔だったからだ。

突如、光が迅の体を包む


「!?」


少しして光は収まり、迅は自分の体を確認する。先程まであった傷は癒え、服も新品同様になっていた。

突然のことに戸惑いつつも、体が動くようになった迅は咄嗟にリーリスから距離を取り、もう一度武器を構える


「なぜ俺を治した?」


「なぜって・・・気に入ったから」


「・・・は?」


思わず間抜けな声が出てしまった。今この化物は何と言った?気に入った?


「だって貴方とっても強いんだもの。私を傷つけることができた人間なんていつぶりかしら」


意味が分からない、迅は混乱する頭を整理させようとするが考えれば考えるだけ混乱する

吸血鬼と対峙するのはこれが初めてじゃない、だが今までの奴らは人間を劣等種や餌風情がなどと明らかに見下していた

それなのに目の前の災厄は他の奴らに比べ明らかに違い

自分に向けて愛おしい者を愛でる時のように甘い表情を浮かべるこの女を見ていると


正直気味が悪かった


「私のような存在は求めるのよ・・・自分に傷をつけてくれる人間を」


「・・・」


尚更、意味が分からない。だがそれとは裏腹に頭の中にはこんな状況でもある言葉が浮かんでいた

とどのつまりそれは・・・


「お前・・・マゾヒストか・・・?」


「・・・」


何故か、周りの空気が冷たくなり、木々の揺れる音がよく聞こえるほどの静寂を感じ、迅はやってしまったと後悔する。だが時既に遅し


「・・・ふふ」


「?」


「あはははははははははは!!」


突然、リーリスは腹を抱えて笑い出す。その反応に迅は困惑するがリーリスからしたら当然の反応だった。

今まで負け犬の遠吠えの様に罵倒する人間はいたが、マゾ呼ばわりされたのは初めてだったからである


「こんなに笑ったのもいつぶりかしら、貴方本当に最高ね。ますます気に入ったわ」


ひとしきり笑った後、リーリスは息を整え、涙を拭いながら迅を見る


「決めた、貴方を私の物にするわ」


「・・・は?」


本日2回目の間の抜けた声が出てしまう。先程まで殺し合っていた仲なのに、いきなり手篭めにする?どこから突っ込めばいいのかわからない、 いやもう取り合えず


「断る!!」


「あら残念」


リーリスはわざとらしく肩をすくめる。するとリーリスは迅に背を向ける


「もう少し話していたかったけど、朝日はお肌の天敵だわ」


気付けば空が明るくなり始め、森に光が差し込み始めた。

吸血鬼の弱点はご存知だろうか?有名な十字架やニンニク、流れる水などがよく上がるだろうがそんなものは実際効かない

最も効果的なのは祝福された銀と心臓を潰すこと、そして太陽である

リーリスが手を振るとその空間に切れ目が入り開かれる。中は黒く暗くまるで闇のようだ


「貴方はこれからさらに強くなる。また会うまでに死なないでね?私の狩人」


そう言うとリーリスはこの穴の中へと入っていき、消えて行った

完全に消えたのを確認できると迅はその場で汚れ気にせず大の字に倒れる


「・・・疲れた」


本当に疲れた。もう動けるはずなのに動きたくもない、考えたくもない。だが、これだけはわかる、先程の出来事は夢ではなく現実、自分はあの化物に気に入られてしまったと。


「これからどうなるんだか」


そんな言葉を呟くが正直何も変わらない、ただ危険な存在に目をつけられただけと考えて諦めよう。

迅は立ち上がり、足を動かし始めた


これが災厄との出会い、これから始まる物語の始まりだった

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