☆22 卵が孵る

 アイザの見送りに家の外に出ると、隣が騒がしい。

 エリシアの到着に合わせて、その豪邸には次々と荷物が運び込まれている。大きな荷馬車がひっきりなしにやってきて、豪華な家具を数人がかりで慎重に運んでいる。


 これ、もう別荘じゃなくてこのままここに住むつもりだろ。


 メイドっぽい衣装を着たエルフの女性たちも何人かいた。

 ちょっとお近づきになりたいかも。

 でもフィアみたいに露骨に差別してくるのか?


 そんなことを考えながら、卵を抱えて引っ越しの様子を伺っていると、メイドたちに汚いものでも見るような目で睨みつけられた。


 やっぱりかよ。


「なぜ、わざわざエリシア様のお家のすぐ側に、こんな小汚い犬小屋みたいな家を建てたのかしら。」


「さっき、そこの庭を不気味な黒い犬が駆け回っていたわ。エリシア様に嚙みついたりしないように十分に気を付けるよう、護衛達に言っておかないと。」


 ひそひそ話ではなく、はっきり俺にも聞こえるように話している。


 いや、先に家を建てたのは俺なんだけど。

 複数の女性からの蔑んだ視線に、耐えきれなくなって俺は家の中に戻った。


 とりあえず、卵をテーブルの上の敷物の上に戻す。

 卵から孵るのであれば、爬虫類?ドラゴンとかだろうか。

 てか卵って温めると孵るんじゃなかったっけ?

 もう冬だし、ファンヒーター的な魔道具もセットしてるから、ずっとその前にでも置いとけばいいのか?でもこいつ、結構な勢いでマナを吸収してくるし魔獣だよな?


 だとすれば熱ではなく、マナを浴びせ続ければいいのか?


 試してみるか。

 俺は両手にマナを集中させ、その卵を包み込んだ。

 卵の淡い光は徐々に赤みを帯びて、その輝きの強さを増していく。


 ん? 行けるか??

 更にマナを勢いよく注ぎ込む。

 さすがに大分消耗してきた。

 すると、ピシッという音と共にその巨大な卵はひび割れた。

 そのひびは次第に広がり、卵の殻が崩れ落ちる。


 中から現れたのは、全身が鮮やかな赤い羽で覆われた美しい鳥だった。

 そして、周囲を見回し、次の瞬間にはその大きな赤い瞳で俺をじっと見つめ、ピーッと鳴いた。


 か、可愛ええ……。

 俺は両手でそっと抱え上げた。

 安心しきっているのか、為すがままにされている。

 あれか、鳥は卵から孵って最初に見た物を親と認識するとかいう。

 俺の手の中で小さく震えながらも、その赤い瞳でじっと俺を見つめ続けている。


 俺は気付けばその瞳に応えるように、優しく微笑んでいた。


 とりあえず餌は俺のマナだし大丈夫だ。

 まず、名前を考えないとな。


 赤。

 ルビー。ルビーでいいか?

 いや、そのまますぎるな。

 ルビー。ルビータ。ルビス。


 ん?

 いいんじゃないか??


「お前の名前はルビスだ!」


 と、俺は語りかけた。

 ルビスは再びピーッと鳴き、その声はまるで喜びの表現のように響いた。


 ◆◆◆


 翌朝にはルビスは、まだたどたどしいものの、飛べるようになっていた。

 そして、どうやら俺の肩が気に入ったようで、部屋の中を飛び回っては俺の肩に帰ってくる。ヴァルドが獲物を狙うような目で、その動きを観察している。


 止めろよ?

 食う必要とか無いわけだろ?

 殺したら洒落にならないからな?


 ルビスを肩に乗せ、朝飯の準備をしていると、また扉を開く音がした。

 振り返るまでも無い。

 エリシアだということは分かっている。

 てか、毎回ビクッてなるからノック位してくれ。


「おはよう、ソウタ。あら、今から朝ごはんかしら。」


「ああ、おはよう。そうだよ。てかこんな朝早くから何か用?」


「次の旅に同行する護衛が今日の夕方に到着するみたいなので、明日の朝、出発します。」


 そう言いながら、エリシアは俺に近づくと、俺の肩にちょこんと乗っかっている小鳥に気づいた。


「あら、この子は?」


 顔を近づけ覗き込むが、ルビスは全く動じていないようだ。


「あの卵から孵った鳥。」


「え?? もう孵ったの??? 何ですぐに教えてくれなかったのかしら??」


 恨みがましい目でこちらをジーっと見つめてくる。

 いや、お宅のあのメイドさんたちが怖くてね……。

 俺は話を逸らす為に尋ねる。


「何の種類か分かる?」


「何かしら……赤い魔鳥……。私の国では、千年に一度生まれるというフェニックスの伝説があるけど、さすがにそれは違うでしょうし。そもそも本当に実在するのかどうか。」


 研究者に調べてもらいますか、と提案されたが面倒なので断った。


 それにしても出発は明日か。

 久々の遠出だ。

 帰ってくる頃には年が明けてるだろうな。

 ダークエルフの里では新年を祝う祭りみたいなものは無かったけど、ここではどうなんだろう。


 何となくだが、多分なさそうだな。

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