☆20 猫を引き取る

 その依頼主は、エルドラの市街地から少し外れたところに住んでいた。

 地図を頼りにそこへ向かうと、立派なお屋敷があった。

 重厚な石造りの壁と美しい庭園に囲まれていて、門をくぐると、手入れの行き届いた花壇や噴水が目に入る。

 庭園の奥には大きな木があり、その下には木製のベンチが置かれていた。


 歴史がありそうな木製の扉をノックすると、執事が現れ、丁寧に迎え入れてくれた。カグツチは馬小屋に繫いでおく。

 広々としたホールには豪華なシャンデリアのようなものが輝き、壁には古い絵画やタペストリーが飾られている。


「やぁ、よく来てくれたね。」


 豪華な客間に案内されると、この館の主と思われる四十歳前後のおっさんが立ち上がって迎え入れてくれた。ヴィル・ヴァン・ローゼンという名の子爵だそうで、高級感の漂うこ洒落た部屋着を着ていた。

 俺も軽く自己紹介をし、握手を交わす。


「しかし、その若さでもうAランクとは凄いな。ギルドからの紹介状によると、あのリリス・スターシーカーと共著で地図まで作成したとか。」


「えぇ、そうですね。微力ながらお手伝いはさせて頂きました。」


 リリス効果は絶大だな。

 下手に謙虚ぶると面倒な会話になりそうだったので、適当に受け流した。


「早速、本題に入らせてもらうが、君はどの辺りに住んでいるのかな?」


「エルドラの市街地から馬車で十分ほどの湖の近くです。猫を普段、遊ばせるには十分な環境だと思います。」


 軽くアピールを入れておく。


「おぉ、それはいい場所だね。なら、安心か。娘も時々、会いに行けるだろうし。」


 すると、子爵は執事を呼び寄せ、娘と猫を連れてくるように指示を出した。

 部屋の中央の大きなテーブルには、美しい花瓶に生けられた花が飾られていた。


 少しすると、子猫というには少し大きめの猫を抱いて、七歳くらいの少女が入ってきた。長い金髪をリボンで結び、ふんわりとしたドレスを着ている。

 大きな青い瞳が印象的で、頬には健康的な赤みがさしている。

 その優雅な立ち振る舞いからも育ちの良さが感じられ、アイザです、と自己紹介された。


「そして、この子の名前はヴァルドというの。」


 その子猫は、少女の腕に抱かれながら警戒心を隠そうともしない黒い瞳で俺を見つめる。短い金色の毛が全身を覆っていて、よく見ると頭には小さな角があった。尾は長く、先端はふさふさとしていた。


「先月、うちに来た旅の行商人が連れてきた猫でね。」


 子爵は説明を始めた。


「珍しい子猫を入手したから是非、と紹介されて、アイザも一目で気に入ったものだから即決で買うことにしたんだ。」


「だが、少しするとちょっと普通の猫とは違うことに気づいた。餌を食べないんだ。」


 そこで一息入れる。


「まぁそれでも元気に動き回ってたから、その内、食べ始めると思ってたんだが、用意した餌には見向きもしない。そして暫くすると、この家の人間たちが、原因不明の疲労や脱力感に襲われるようになった。」


 ん、何となく話が見えてきたぞ……。


「何かおかしいと思って、専門家に調べてもらったところ、どうやらこの猫は魔獣らしいということが判明した。我々のマナを糧にしているから餌を食べないのだと。」


 やっぱり。


「アイザが偉く可愛がってるものだから何とかしたいのだが、ベヒーモス?とかいう種族らしくて、数年もしたら物凄く巨大で危険な魔獣になるらしい。こんな子猫の状態でも我々のマナをこれだけ吸収されるのであれば、成獣になった時にはとてもじゃないが飼い続けることはできないだろ? そこでギルドに相談してみたというわけなんだ。ギルドからは子猫のうちに殺処分することを強く勧められたが、そんなこと出来るわけがない。」


 ベヒーモス??

 FFに出てくるあれだろ?でっかいライオンみたいな。

 エリシアに怒られるかな?

 いや、でもヘルハウンドもあっさり受け入れてくれたんだから大丈夫か?


「承知しました。俺が責任を持って育てますよ。」


 金貨一枚貰えて、こんな可愛い子猫を貰えるなんて断る選択肢は有りえない。


「おお、助かるよ! ありがとう!」


 子爵は満面の笑みを浮かべて、握手を求めてきた。

 アイザは名残惜しそうに子猫を俺に手渡したが、その子猫は大きな肉球で、めっちゃイヤイヤしてきた。


 人見知りかな?


「冒険者さんの家のお庭は広い? ヴァルドは外を走り回ったり、木登りをしたりするのが大好きなの。」


「とんでもなく広いから安心して。近くに森もある。様子を確かめにいつでも遊びに来ればいい。」


 その言葉にアイザは目を輝かせると、嬉しそうにうん、と頷いた。


 ヴァルドを抱きかかえて屋敷の外に出ると、アイザもそのままついてきた。

 馬小屋に繫いでたカグツチを見ると、一目散に駆け寄ってきた。

 動物が本当に好きらしい。


「うわぁ、珍しいワンちゃん! 目が真っ赤で可愛い。」


 カグツチの頭を撫でながら尋ねてくる。


「この子も一緒に住んでるの?」


「そうだよ、多分すぐにヴァルドと友達になるよ。」


 ヘルハウンドとベヒーモスのコンビか。

 ちょっとどころか大分ヤバそうだけど、まぁ何とかなるだろ。

 子爵から報酬の金貨1枚を受け取ると、俺の家までのざっくりとした地図を書いてアイザに渡した。


「じゃ、またね、アイザ。遠慮しないでいつでもおいで。」


 敷地から出てお別れすると、そういえば食材をまだ買ってなかったことを思い出し、俺は市場の方へと足を向けるのだった。

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