☆16 闇の奥へ⑤

 リリスの話は、マジで興味深かった。

 この世界が思っていたよりもずっと広いことが分かった。

 世界中に凄腕の能力者やとんでもない化物、神話の時代の秘宝が存在している。

 ただの伝説ではなく、それが実在しているという事実に驚かされた。


 多分、俺の目は純粋な少年のように輝いていたことだろう。

 いずれ、色んな場所へ行ってみよう。エリシアはこういう話とか知ってたのかな?と思ってちらっと見ると、ムスッとした仏頂面で押し黙っていた。

 会話に参加できなくて拗ねているのか?

 意外と子供っぽい所もあるんだな。


「さて、そろそろ出発しようか。」


 リリスは立ち上がって、装備を整えた。

 俺たちもそれぞれの荷物をまとめ、最後にカグツチを荷物袋に優しく押し込んだ。

 カグツチは少し不満そうな鳴き声を上げたが、すぐに大人しくなった。


 準備が整ったことを確認し、俺たちは互いに頷き合った。

 先ほどと同じような布陣で探索を再開する。

 リリスが先頭を切り、俺たちはその後に続いた。


 緊張感が漂う中、慎重に進む。


 暫くすると、エリシアが何かを見つけたようで


「あれは何かしら?あそこだけ、光も無く、真っ暗な感じなのだけれど。」


 と呟いた。

 ん? 確かに……何だあれ?

 その場所だけ影が差したかのように、真っ暗だ。

 俺たちはその方向へ足を進め、暗闇へ近づいていくと、突然、上空からゴウゴウと風を切るような、何かが羽ばたく音がした。


 見上げると、翼の生えた龍のような怪物だった。

 洞窟の天井に反射する光が、その巨大な影を映し出す。

 怪物の目は赤く輝き、鋭い爪が光に反射して不気味に光ると、一瞬の間を置いた後、猛烈な勢いで襲い掛かってきた。


 とっさにエリシアを抱き寄せ、地面を転がり何とかその爪を躱すことが出来た。


「ワイバーン!」


 リリスが警戒の色を込めた声色で呟く。

 その声には緊張感が漂い、洞窟内の空気が一層重く感じられた。

 体長四メートルくらいあるだろうか、さっきのヘルハウンドより一回り大きい。


 しかも二匹いる。


「そのお嬢さんには傷一つつけさせないんだったな?」


 こんな状況でもリリスはニヤリと笑って俺を揶揄う。

 その笑みには、余裕と自信が感じられた。


 と、その瞬間、一匹のワイバーンがリリスに向けて火炎を吐き出した。

 炎の轟音が響き渡り、熱風が一瞬にして周囲を包み込む。


 危ない!!と思った瞬間、ズォンという音とともにその火炎はリリスの持つ剣に吸収され、ブァッと赤く輝くと、まるで生き物のように、リリスの手元で脈動していた。


「こっちは大丈夫だから、もう一匹の方を任せていいかな?」


 何が起こったのか分からなかったが、俺はとりあえず了解の意を示すため頷くと、エリシアに俺の荷物を手渡し、少し離れた場所へ行くよう伝えた。

 エリシアは不安そうな表情を浮かべたが、静かに頷いて指示に従った。

 そして、俺はもう一匹のワイバーンに向かった。

 巨大な体躯は威圧感を放っている。


 ワイバーンは俺にも火炎を放った。

 熱風が肌を焼くように感じられた。


 だが、アグニの時と同じ現象が起きた。

 その炎は俺のマナに反応し、氷に変わった。


 俺はあの時と同じように、切り離したマナを槍状に変化させると、ワイバーンに投げつけた。氷の槍は光を反射しながら飛び、鋭い音を立てて空を切る。

 しかし、翼竜はその巨体に見合わぬ素早さで、あっさりと避けた。


 すると、今度は反撃とばかりにワイバーンが大きく羽ばたき、風を切る音が響き渡った。そして、上空から目にも止まらぬ速さで滑空してくると、その鋭い爪で俺の右肩を切り裂く。


 !!!!!


 熱っ!!!


 めっちゃ熱っ!!!!!


 と感じた後にすぐ、燃えるような痛みが襲ってきた。

 肩を見ると、服が裂け、血で赤く染まっていた。

 マナで強化してなかったら肩が消し飛んでいただろう。


 痛がっている間もなく、ワイバーンは再び上空から襲い掛かってきた。

 俺は本能で全身の氷のマナを増幅させ、ハリネズミのように無数の氷の針にして尖らせた。カウンターのように迎え撃つと、目前まで迫っていたその爪が止まった。

 ワイバーンは氷の針の山に磔となり、一瞬の間をおいて全身から血が噴き出し、崩れ落ちた。


「危ねぇ……。」


 ワイバーンの血を浴びた体からは力が抜け、その場にへたり込むと、エリシアが血相を変えて駆け寄ってきた。そして、俺の右肩の状況を確かめると、腰に下げた小袋から傷薬を取り出し、それを塗り付ける。


 めっちゃ滲みた。

 だが、燃えるように熱くなっていたので、液体のひんやりした感じが心地よかった。


「大丈夫ですか……?」


 エリシアの顔は青ざめていた。


「ああ、大丈夫。ありがとう。」


 一息ついていると、リリスが何事も無かったかのように涼しげな顔で近づいてきた。


「ふむふむ。炎を瞬時に氷に変えたね。だが、単純な氷魔法使いではあるまい。恐らくだが、君のマナは『反転』かな? 珍しいものを見れた。」


 瞬時に見抜かれた。さすがSランク。

 リリスは続けた。


「私の方は『吸収』だ。もちろん限度はあるがね。」


 あっさり、自分の特性を明かしてくれた。

 そして、その剣の名称は『循環の刃サーキュラーブレード』というらしく、まだ戦いの余韻が残ってるのか、赤い輝きが脈動しているように見えた。


 さっきのあれは火炎のマナを吸収してたんだ。

 分からんかった。リリスの歩いてきた方向を見やると、ワイバーンの死骸と思われる真っ黒な物体からぷすぷすと煙が立ち上っていた。

 どんな攻撃をしたのか想像したくねぇな。

 俺の無事を確認すると、リリスは暗黒の方へと視線を向ける。


「さて、ここから先が本番なわけだが、どう思う?」


 その暗黒から漏れ出る禍々しいマナが、この広大な洞窟を満たしていることはすぐに分かった。俺の意思に関係なく、細胞レベルで、怖いと震えているような気がした。


「これ以上、近づくのは無理っすね……。」


 エリシアは今にも倒れそうなほど、顔面蒼白のまま立ち尽くしている。


「だね。ほんのすぐ先にはこの禍々しいマナの正体があるってのに……。今まで最奥に挑んだ冒険者たちは、その欲望に抗えず、一目だけでも見てみようと近づいて、そして呑み込まれたんだろう。ワイバーンがいたってことは、龍の親玉かな?神話の世界の龍神とか。」


 リリスは暫し考え込んで、やがて決断した。


「うん、残念ながらここまでだね。まぁ元々、今回の目的はこの大穴の地図を作成することだったから、それは達成できたかな。この先へ踏み込むための準備が全然足りなかったね。何を準備すべきかも分かってなかったけど。まぁいい、それは次のお楽しみとして取っておくことにしよう。」


 その言葉は若干、残念そうな響きがあったが、すぐに切り替えるかのような明るい声でリリスは言った。


「じゃ、戻ろうか。」

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