☆15 闇の奥へ④

 問答無用で即答した。


 驚いたエリシアが何か言いたげに割って入ろうとするが、今回あんたとは契約してるわけでないから、俺の自由だろ?

 まぁここまでの旅の宿代や飯代は貰ってたけど。


「ちょ、わ、私も同行させて頂きます。」


「エ、エリシア様! リリス殿の言う通り、この先は非常に危険です! フィアとも約束したように、ここで引き返しましょう!」


 ガルドが慌てて止めに入る。

 ますます濃くなってくる禍々しいマナに蝕まれているのか、その顔は真っ青になっている。


「うん、そうした方がいい。残念ながら君たちでは、ここから先はただの足手まといになる。」


 リリスは気を遣うことも無く、冷静に現実を突きつける。

 その言葉に、エリシアも一瞬ためらうが、やがて決意を固めたように深呼吸をした。そして、右手を突き出し、その薬指にはめた指輪をリリスに見せつける。


「私にはこのアグニの力があります。いざという時には必ずお役に立てるでしょう。」


 自信を持って言い放つと、リリスは興味深そうにその指輪を観察し、目を細めた。


「ほう、アグニ、ということは炎の魔神か。そんなのと契約できるということは、私の目測が間違っていたかな? とてもそこまで強い召喚士には思えないのだが……。」


 リリスはエリシアをじっと見つめる。

 その視線は鋭く、その全てを見透かそうとするかのようだった。

 しかし、エリシアも負けじと強い目線で応じた。

 その瞳には揺るぎない決意と覚悟が宿っている。


「ふむ。良いだろう。ついてきたければ好きにすればいい。ただし、自分の身は自分で守るように。何かあったとしてもそれは自己責任になる。」


 エリシアは安堵の息を漏らし、頷いた。

 リリスはガルドの方を見やると


「そこの大きいエルフ、君は無理だ。他に仲間がいるのだろう? 状況を伝えに戻るがいい。」


「し、しかし、私にはエリシア様をお守りするという命に代えても重要な使命が」


「ガルド、安心なさい。危険を感じたらすぐに私も引き返します。」


「し、しかし……」


 それでも食い下がろうとするガルドだったが、このお嬢様は一度言い出したら聞かない。やれやれ、こんなとこで押し問答してても時間の無駄だな。

 強引に話を終わらせてやるか。


「安心しろよ、ガルド。お前の代わりに俺がエリシアを守ってやるから。」


 予想外の言葉に驚いたのか、ガルドは一瞬ぽかんとした表情をした後、言葉を絞り出した。


「お、お前などに……。いや、背に腹は代えられまい……。お前などにエリシア様の護衛を任せることになるとは無念だが、そうするしかなさそうだ……。宜しく頼む。」


 そして、何と俺に対して深々と頭を下げてきた。

 え? こいつが俺にこんな真似をするなんてマジで苦渋の決断なんだな……。

 俺的には不毛なやり取りをさっさと終わらせるために言っただけだったが、急に発言に責任感が生じてしまった。

 仕方ない。


「任せとけ。傷一つつけさせるつもりはないから。」


 自分の口から出たとは思えない台詞だった。

 …………おいおい、イケメンかよ。

 まるで誰か他人が言ったかのように、言葉が空中に浮かんでいるように感じた。

 え? 待って。

 本当に俺が今、言ったのか??


 じわじわと恥ずかしさを実感し始め、耳まで紅潮していくのが分かった。

 心臓が早鐘のように打ち始め、手のひらに汗がにじむ。

 ガルドの方を見ていられず、視線を外すと、エリシアと目が合ってしまった。

 彼女の顔もまた真っ赤に染まっていた。

 その大きな瞳が驚きと戸惑いを映し出しているのを見て、さらに恥ずかしさが募った。


「じゃ、じゃあ、そろそろ出発しようぜ。」


 この空気に耐えられず、誤魔化すように誰にともなく言うと、リリスは何事も無かったかのように頷いた。


「そうだな、では先へ進もうか。」


 ガルドに見送られながら、俺たちはまた一歩、闇の奥へと吞み込まれていった。


 ◆◆◆


 分岐された道をリリスの案内の元、右へ左へとしばらく進むと、やがて洞窟内とは思えない光が差し込んできた。外に出るのかと思ったが、そこはヘルハウンドがいた空間よりもさらに広い場所だった。


 あ、ここが地図でざっくり仄めかされていたとこだな?

 天井の高さも計り知れず、植物が生い茂り、まるでジャングルのようだった。

 至る所に強烈な光を発する植物や虫が蠢いていたが、その光は開放的というよりも不気味な明るさだった。


 その光は生き物のように脈動し、周囲の空気を震わせていた。

 植物の葉は異様に大きく、触れると冷たい感触がした。

 虫たちは光を放ちながら、こちらを監視しているかのように動き回っている。

 足元には奇妙な模様を描く苔が広がり、踏むたびに微かな音を立てた。


「むやみに触らない方がいい。どんな毒があるか分からないから。」


 リリスが警戒心を強めた声で言った。


「この奥から溢れてくるマナだけじゃなく、ここで発生しているマナも凶悪だと分かるだろう?」


 彼女の声には、少し緊張が含まれていた。

 確かにおぞましい感じで、ぞわぞわしてくる。


「ここに何がいるかは大体把握してるんすか?」


「いや、この辺りで小型の魔獣を何匹か仕留めたところで、引き返してきた。で、運よく君に出会えたので、もう少し先へ進んでみようと思ったわけだ。君の働きに期待している。」


 そういってリリスはにっこり微笑むと俺の肩に手を置いた。

 か、顔が近い。ヤバイ。異性慣れしてないからドギマギした。

 横を見るとエリシアがあからさまに不機嫌な表情で俺を睨みつけていた。


 え? 何?


 リリスは肩から手を離し、さらに続けた。


「さて、本番はここからだ。どこから魔獣が襲ってくるか分からないから、それぞれが警戒する方角を決めておこう。そして、奥へと続く道を探すんだ。」


 リリスの言葉に、俺たちは緊張感を持って頷いた。

 周囲の不気味な光と脈動するマナに注意を払いながら、各自が警戒する方角を確認した。リリスは前方、エリシアは左側、俺は右側を担当することになった。

 リリスは軽やかな剣さばきで、目の前に生い茂る植物を切り裂きながら道を作る。

 帰り道の目印にするのか、一定の間隔でマナによる印を焼き付けている。

 まとわりつく虫が鬱陶しい。

 血とか吸われちゃうのかな、これ。


 ◆◆◆


 一時間以上は歩き回っただろうか。

 少し開けた場所にたどり着くと、リリスは俺たちに気を遣ってか、休憩を提案してきた。リリス自身は全く疲れていない様子だったが、俺は精神的に少し疲れていた。

 途中で魔獣に襲われることはなかったものの、常に悪意ある視線に見張られているような感覚があった。エリシアも疲労の色を隠せていなかった。


 そこで、俺は携帯食を食いながら、リリスにこれまでの冒険について質問してみた。彼女の話を聞くことで、今まで知らなかった色んなことを知り、有意義な時間を過ごすことが出来た。

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