☆13 闇の奥へ②

 案内所を抜けた先は、しばらくの間、ただの暗闇が続いていた。

 獣のような唸り声や気配が徐々に近づいてくるのを感じる。


 エリシアのマナで周囲を照らしていると、壁や地面には植物が自生しているのが見えた。太陽の光も届かないようなこの場所で、なぜ植物が育つのか不思議に思っていると、エリシアが俺の疑問を察したのか、微笑んで教えてくれた。


「奥の方から漏れてくるマナを栄養源としているのでしょうね。ここは地上とは違う、独自に進化した生態系があるのでしょう。」


 彼女の言葉に耳を傾けながら、俺は周囲を見渡した。

 暗闇の中で、エリシアのマナの光が植物の葉や茎に反射して、幻想的な光景を作り出していた。そのまま先へ進むと、広々とした空間が広がっていた。


 そこに足を踏み入れると、獣の気配が一層強烈に感じられた。

 闇の中に浮かぶいくつもの赤い目が、こちらをじっと見つめている。

 その目線の高さからすると、かなりの大型の生物であることがわかる。

 目の奥には冷たい知性が宿っているようで、ただの野生の獣とは違う何かを感じさせた。


 慎重に歩を進めると、その獣たちの姿が徐々に明らかになってきた。

 巨大な体躯は闇に溶け込むように黒く、口のあたりからは蒸気のようなものが立ち上っている。まるで地底の熱がそのまま吹き出しているかのようだ。


 獣の息遣いが重く響き、周囲の空気が震えるのを感じた。


「これは……ヘルハウンド…………?」


 エリシアの声に緊張が滲む。


「そのようですね。どうやら彼らの縄張りのようです。野良の一匹だけでも厄介極まりないのに、これだけの集団が相手となると、近づかれる前に全力で引き返すしかなさそうです。」


 ガルドはエリシアを庇うように前へと進み出る。

 その目は鋭く、周囲の状況を冷静に見極めている。


 ヘルハウンド。

 洞窟の奥深くでマナを糧に生息する危険な大型魔犬だ。

 体は漆黒の毛で覆われ、目は赤く燃え上がるように光っている。

 その巨体からは炎が立ち上り、まるで地獄の業火そのもののように見える。


 彼らは炎を纏わせて攻撃してきて、その爪や牙は触れるものすべてを焼き尽くす力を持っているとのことだ。ちなみに魔獣と猛獣の違いは、マナを糧にし、それを自在に扱うのが魔獣で、猛獣はそのまま地球のライオンとか虎とかと同じ感じだ。


「待って。試してみたいことがあります。」


 エリシアはそう言うと、右手の薬指にはめた指輪を見つめ、何かを詠唱し始めた。

 その声は低く、しかし力強く響き渡る。


 すると、


 ゴォォォォォォッ!!!!!


 という爆音と共に、エリシアの頭上に巨大な影が浮かび上がる。

 エリシアの体から立ち上るマナが、その巨大な何かに吸い込まれるように流れ込んでいく。マナを吸収するにつれ、その影は徐々にはっきりとした輪郭を持ち始めた。


 炎の巨人、アグニだ。

 全身が燃え盛る炎で覆われ、その姿はまるで生きた火山のようだ。

 その目は燃えるように赤く、周囲の空気を熱で歪ませている。


 マナの消費が激しいのか、エリシアは疲労の色を隠せずにアグニに命令を下した。


「アグニ、あのヘルハウンドの群れを殲滅して下さい。」


「承知した。」


 アグニは全身の力を解放すると、炎がさらに激しく燃え上がった。

 巨人の体から放たれる熱波が周囲の空気を揺らし、地面を焦がしていく。

 アグニは前進し、ヘルハウンドの群れに近づいた。

 そして、その手に持つ巨大な炎の剣を振り下ろすと、斬撃と炎の波がヘルハウンドたちに襲いかかった。


 アグニの炎はヘルハウンドたちの反撃を寄せ付けず、次々と焼き尽くし、彼らは断末魔の叫びをあげる間もなく、炎に包まれて消えていった。


 肉の焦げる嫌な臭いが鼻をつき、周囲の空気が一層熱く感じられる。


 アグニの動きは、その巨大な体からは想像できないほど優雅でありながら、圧倒的な破壊力を持っていた。まるで舞踏のように軽やかに動きながら、ヘルハウンドの集団を葬っていく。


 その姿はまさに炎の巨人の名にふさわしいものであった。


 魔獣の群れを殲滅するのと、アグニの姿が消えるのはほぼ同時だった。

 エリシアはマナを使い果たし、アグニを顕現させ続けることが出来なくなったのだ。地面に両手をつき、荒い息を吐きながら、息も絶え絶えに言葉を呟いた。


「これが限界ですね。たった数分しか召喚できないなんて……。」


 自身の力不足を口惜しんでいるのか、唇をギュッと噛みしめていた。


「いえ、とんでもないお力でした……。お見事です。この炎に数分でも耐えられる生物が果たしてどれ程おりますでしょうか……。」


 ガルドは今見た光景が信じられないと言った表情で呆然と立ち尽くしていた。


「脅威も去ったようですし、しばしこちらで休息しましょう。」


 ガルドはバッグパックから敷布を取り出し、地面に敷くと、そこにエリシアをそっと横たえた。


 いや、でも実際凄かったな。

 よく俺、あんなのに力を認めてもらえたよ。


 じっと座ってるのも暇なので、エリシアが回復するまで、俺はこの広い空間を探索してみることにした。エリシアから教わったマナを発光させるやり方を実践し、足元を照らしながら歩き始める。


 洞窟の中は真っ暗だが、自然に発光している植物も点在しており、まるで別世界のような少し幻想的な光景が広がっていた。


 すると、どこからともなく小さな鳴き声が聞こえてきた。

 その声の方に向かうと、震えている赤い目の子犬がいた。

 その子犬は小さな体を丸め、恐怖に震えているようだった。


 ヘルハウンドの子犬か?

 めっちゃ可愛いな。

 これが大人になるとあんな巨大な怪物みたいになっちゃうの?


 俺は無意識のうちにその子犬を抱え上げていた。

 軽くて温かく、赤い目がこちらを見上げている。

 その目には恐怖と不安が混じっていたが、どこか愛らしさも感じられた。

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