☆10 南の大穴
西の古代遺跡を南に下るとヴァルハリオン王国を抜け、ソルディア王国の豊かな領地が広がる。ここでは、南国特有の植物が生い茂り、色とりどりの花々が咲き乱れている。
太陽は常に高く、眩しく輝き、空は澄み渡り、青く広がっている。
馬車でしばらく進むと、道は緩やかに曲がりくねり、南東の海岸へと続く。
海岸線に近づくと、波の音が心地よく響き、潮風が爽やかに吹き抜ける。
しばらくすると海の向こうには、緑豊かな孤島が見えてくる。
その小さな島もまた豊かな緑と南国の花々が咲き乱れる美しい場所だ。
島の空には、時折、色鮮やかな鳥たちが舞い、静かで平和な時間が流れている。
しかし、この楽園の中心には、ひときわ異質な存在が潜んでいる。
「南の大穴」と呼ばれる巨大な穴だ。
その穴は、まるで島の心臓をえぐり取るかのように地表を飲み込み、広がっている。大穴は観光地として人気が高く、その壮大な光景を一目見ようと世界中から観光客がやってくる。
陽光が降り注ぐ中、その縁に立つと、底知れぬ暗闇へと続く道が視界に広がり、その深さは計り知れない。穴の入り口からは涼しい風が吹き上がり、島の温暖な気候とは対照的な冷たい空気が頬をかすめる。
この「南の大穴」は、単なる観光スポットではない。
島の歴史に詳しい者によれば、この穴は古代の神々や失われた文明によって造られたとのことで、その奥には想像を超える秘宝が隠されているとされている。
しかし、その道は容易ではない。
穴の入り口付近ではまだ光が差し込むが、数百メートルも進めば、次第に闇が濃くなり、訪れる者の視界を奪っていく。
この闇に挑むことが許されるのは、Aランク以上の冒険者だけだ。
命を懸けてこの未知なる領域に足を踏み入れる彼らが目指すのは、大穴の奥底に潜むとされる伝説の秘宝や、未だ発見されていない古代の遺跡かもしれない。
だが、この大穴は決してその秘密を明かすことはない。
過去、最奥を目指した多くの名うての冒険者たちは、その名を歴史に刻もうとしたが、戻ってきた者は一人もいない。皆、その闇に吞み込まれるか、その前で断念し命からがら戻ってきたのだ。
闇の奥へ進むと、足音さえも吸い込まれていくような、まるで永遠に続くかのような無限の暗黒が広がっている。どこからともなく不気味な赤い光が浮かび上がり、それらはじっと動かず、静かに、しかし執拗に観察してくるという。
その周りには青白く光る蒸気が漏れ出し、まるで怨念が凝縮したような異様な雰囲気を醸し出している。この闇の領域を支配していることを示すかのように、遠くで魔獣の低いうなり声が聞こえてくる。
声は不規則に響き渡り、時折まるで目の前にあるかのように近づき、次の瞬間には遥か遠くへと消え去る。
この暗黒は、まるで地獄の一部が現世に滲み出してきたかのようだ。
進むたびに、闇はさらに濃く、冷たく、重くなる。闇の奥へ進む者は、この島がただの「楽園」ではなく、魔獣たちの栄えた領域であり、彼らの目が常にこちらを見ていることを悟るだろう。
進むほどに、足を止めることが許されないような感覚に囚われ、そして、いつしか自らもこの闇の一部となる運命を予感するのだ。
リリス・スターシーカーは、その暗闇の入り口で荷物の最終確認をしていた。
彼女は世界に十人しかいないSランク冒険者の一人であり、その名はこの界隈では広く知られている。燃えるように赤い髪は風に揺れ、青空のように輝く瞳はどこまで続くか分からない暗闇を見据えている。
淡い色の肌は、数々の冒険で日焼けし、健康的な輝きを放っていた。
リリスは動きやすい革の鎧を身にまとい、腰には星の模様が刻まれた長剣を携えている。その魔力を帯びて淡く光る剣は、数々の戦いを共にしてきた相棒であり、彼女の信頼を一身に受けている。
今回は依頼ではなく、己の好奇心からこの大穴の調査に乗り出していた。
慎重に装備を確認し、深呼吸を一つしてから、その一歩を踏み出す。
最奥へ進むかどうかは状況次第だが、この南の大穴を後に続く冒険者のために、少なくともある程度までの地図を作成するつもりでいた。
「うん。準備よし。」
気合を入れる為か、そんな独り言を言った後、リリスは大穴に飲み込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます