☆9 炎の魔神アグニ②

 ばたん。ばたん。


 と、何かが立て続けに倒れる音がした。

 びっくりして横を見ると、俺以外の3人が地面に横たわっている。

 全てのマナを使い果たし、気を失ったようだ。

 彼らの顔は疲労の色が濃く、呼吸は浅くなっている。


 マジかよこいつら!!


 炎の巨人は、ゆっくりと目を開けた。

 その瞳はまるで燃え盛る炎そのもので、俺を鋭く睨みつける。


「長き眠りについていた我を呼び出したのはそなたか?」


 低く重い声が響き渡る。

 その声は地の底から湧き上がるような深さと力強さを持ち、俺の全身に響き渡った。その視線は鋭く、まるで俺の心の奥底まで見透かすかのようで、ダークエルフの族長を思い出させた。


「いや、そこでぶっ倒れてる奴。俺じゃない。」


「我の眠りを妨げてまで、我に何を望む。答えによっては命は無い。」


 話聞いてんのかよ、こいつ!


「えっと、そこにぶっ倒れてるエルフの女があんたと契約したいんだと。」


 炎の巨人は一瞬、俺の言葉を吟味するように沈黙した後、低く重い声で答えた。


「ほう。ならば力を示して見せよ。」


 その言葉と共に、アグニはその身に纏う炎を更に勢いよく燃え上がらせた。

 炎はまるで生き物のようにうねり、巨人の周囲を取り巻く。

 熱気が一層強まり、空気が歪むほどの高温が広がる。


 ん、力を示すのはエリシアじゃなくて俺なの?

 何だよ!! 結局戦う羽目になってんじゃねーかおい!!


 アグニは俺に向けていきなり巨大な炎の塊を放出してきた。

 その炎塊はうねりながら、猛スピードで迫ってくる。

 ヤバい!!!と思った瞬間、俺は本能的に目を瞑り、体を逸らした。


 しかし、その炎の勢いと範囲の広さから、直撃は免れそうもなかった。


 ジュワァァァァァァッ!


 ??????


 そっと目を開けると、俺は体中が蒸気に包まれていた。

 全然熱くない。


 何だ?

 何が起こった?


 誰かが俺を助けてくれたのか?と周りを見渡したが、相変わらず三人ともぶっ倒れたままだ。


 アグニも何が起きたのか分からないのか、呆然としている。

 しかし、すぐに我に返り、再び炎塊を投げつけてきた。


 ジュワァァァァァァッ!


 !!!!!!


 今度は、自分の体に何が起きたのか、はっきりと見ることができた。

 炎塊が俺の体に触れる寸前、俺のマナがそれに反応し、氷へと変換してその炎を搔き消していた。氷の結晶が瞬時に広がり、炎を包み込み、ジュワッという音と共に蒸気が立ち上った。


 ?????

 どういうことだ、これ??

 俺の脳裏にギルドで受けたマナ判別式のことがふと過ぎった。

 あの時、あの金属はブヨブヨになった。

 固い→ブヨブヨ?


 !!!

 俺のマナは性質を反転させるってことか??

 つまり、相手のマナによって発生した現象を反転させる性質がある感じ??

 氷のマナが体を覆っているのに全く冷たく感じないのは、俺のマナが変質したからなのだろう。炎塊は一瞬で蒸発したが、その反転反応で生じた俺のマナは氷の状態を保っていた。

 そして体の奥から絶え間なく湧き出るマナが、その氷のマナをさらに強化していた。


 アグニは唖然とした表情で俺を見ている。


「なるほどね。」


 この氷は俺の意のままにコントロールできるのだろうか?

 俺は体を覆う氷を一部切り離して、槍状に変化させてみた。

 氷の槍は冷たく輝き、鋭く尖っている。


「うん、できるわ。」


 俺はその槍をアグニに向けて放った。

 氷の槍は空を切り裂き、アグニに向かって一直線に飛んでいった。

 アグニは慌てて避けたが、右肩をかすめた。

 その瞬間、蒸気が立ち上り、全身を覆っている炎がその部分だけ消えた。

 アグニは顔を歪め、肩を押さえた。

 氷の槍が触れた部分は、まるでそこだけは、元から炎が存在していなかったかのように冷たく凍りついていた。


 俺は湧き出るマナを次々に氷の槍に変換し、アグニに向けて射出する準備を整えた。氷の槍は次々と形を成し、冷たい輝きを放ちながら俺の周囲に浮かび上がる。


 暗闇の中のその光景はまるで、いくつもの流れ星が夜空に瞬くようだった。


「じゃ、いくよ。俺の力を示してやる。」


「待て。そなたの力、しかと受け止めた。我との契約を望むのであったな?良いだろう。我を外の世界に連れ出すがよい。」


 アグニは重々しくも、焦りを隠せない声で言い放った。


 ん.……? 俺の勝ちってことでいいのか?

 その目は燃え盛る炎のように輝き、俺をじっと見据えている。


「だから、契約したいのは俺じゃなくて」


 と、そこで俺は意識を失っているエリシアの元に近づいた。

 俺はそっと彼女の上半身を起こし、優しく支えた。

 乱暴に扱うとガルドに殺されそうだしな。


「おい、いい加減、起きろよ!」


 と肩をゆすりながら、彼女の顔を覗き込んだ。

 すると、そのまぶたが微かに動き、やがてゆっくりと目を開けた。

 その瞳が俺を捉え、少しずつ意識が戻ってくるのが感じられた。


「ん……ここは……? 私は一体何を…………?」


 意識が朦朧としているのか、ついさっきまでの記憶が飛んでいるらしい。


「あんたがアグニを召喚した瞬間、マナを使い切ったみたいでそのまま気絶したんだよ。で、アグニと話するとこまではお膳立てしてやったから。」


「!!!」


「おい、アグニとやら、このお嬢様がお前と契約したいんだって。」


 改めて炎の巨人の姿を視認できたエリシアは、そのあまりに雄大な姿に圧倒されていた。彼女の琥珀色の瞳は驚きと畏怖で見開かれ、全身が微かに震えていた。


 炎の巨人はまるで山のようにそびえ立ち、その体から放たれる熱気が周囲の空気を揺らしている。


「あんたからも何か言えよ。」


 俺はその場に立ち尽くし、言葉を失っているエリシアに声を掛けた。

 ハッと我に返ったエリシアは、深呼吸をしてから一歩前に進み出た。


「私の名前はエリシアと申します。召喚士として世界を回っておりますが、この先、更なる困難を乗り越える為にも、あなたのような力ある精霊と契約が出来れば至福の極みにございます。どうかご一考頂けないでしょうか?」


 声は震えていたが、その瞳には決意が宿っていた。

 エリシアは両手を胸の前で組み、深々と頭を下げた。


 炎の巨人の目が彼女に向けられ、その巨大な体が微かに動いた。

 周囲の空気がさらに熱を帯び、エリシアの髪が揺れた。

 彼女はその熱気に耐えながら、心の中で祈り続けているようだ。


「と、いうことなんで、このお嬢様と契約してやってくれないかな?」


 契約が成立しないと金貨十枚が貰えないからな。


「ふむ。そなたではなく、そのエルフと契約か。そなたとの関係はどのようなものであるか?」


 アグニは燃える瞳で俺に問いかけた。


「俺のご主人だよ。」


 一応、嘘ではない。

 金を貰う立場だし、現時点ではそう解釈できる。

 アグニは燃え盛る炎に包まれた腕を組み、エリシアのことを見定めるかのようにしばし見つめていた。エリシアはその視線に耐えながら、再び深々と頭を下げた。


「ふむ。良いだろう。だが、そのマナでは我の力を十分に引き出せまい。心して修業に励むがよい。」


 お、どうやら無事に契約が成立したようだ。

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