★1 もう1つのプロローグ
鳴海隼人は今日もイライラしていた。
先月の中間試験の結果はまたしても2位だった。
真面目に勉強している相手に負けるならまだ納得できる。
自分よりも努力しているのだろうから。
だが、相手は天城颯太。
授業中は寝ていて、ノートも取らない。
そんな態度でも教師たちから黙認されるのは、結果を出しているからだ。
いや、説教をしても訳の分からない屁理屈でやり込めようとするから放置しているだけかもしれない。とにかく、真面目に勉強している自分が否定されるようで、彼の存在が目障りで仕方なかった。
そして念願かなって生徒会長になれたというのに、実態は教師にとってのただの雑用係であるという事実もイライラに拍車をかけた。生徒会長になって色々とやりたいことはあった。出来るんだろうと思っていた。自分の理想とする学生生活をみんなが送れるように。
しかし、そんなものは幻想でしかなかった。
この日もまた職員室に呼びだされ、生徒の意見を集めるためのアンケート用紙を渡され、各クラスの学級委員に内容を説明し配布するようにと指示され、げんなりしていた。
重い足取りで3年生の教室へと階段を上っていると、屋上へ向かう天城の姿が目に入った。屋上へと繋がる扉は鍵が壊れていて、「立ち入り禁止」と書かれた張り紙が掲示されている。しかし、そんなことはお構いなしに天城は扉を押し開け、屋上へと侵入した。
はぁ……とため息をついて、鳴海は仕方なくその後を追った。
「天城君、屋上は今フェンスの修理中だから立ち入り禁止だよ。入口の張り紙が目に入らなかったのかい?」
「壊れたフェンスに近づかなければ問題ないだろ?」
「そういう問題じゃないんだ。何故君はルールを守れないのだ。だからクラスからも浮いてしまうんだろう?」
「浮いてしまうんじゃない。あえて浮いてるんだ。面倒ごとには巻き込まれたくないからな。」
「それだよ。その中二病的な物言いが、」
もう高2にもなって恥ずかしくないの?と鳴海がため息をついて言いかけたその時だった。
強風が吹き、持っていたプリントが一枚、宙を舞った。
鳴海は慌てて追いかけるが、まるで嘲笑うかのようにひらひらとその手をすり抜け、天城の方へと向かう。
「あ、取ってくれ!」
思わず反射的に頼みたくもないのに頼んでしまった。
彼にだけは借りを作りたくなかった。
天城は予想外に文句も言わず、協力してくれたが、なかなか捕まらない。
そして壊れたフェンスの前でようやくプリントを掴み、束に戻すことが出来た。
と、その瞬間、さらに強い風が吹きつけた。
鳴海は思わずバランスを崩し、壊れたフェンスを突き破って転落しそうになり、咄嗟に何か掴まるものをと手を伸ばすと、それは天城の腕だった。
落下する感覚は現実感が無かった。
ただ、意識だけが遠のいていった。
……。
………………。
…………………………。
暗闇の中、意識がぼんやりと戻ってくる。
体が重く、動かすことができない。
周囲の音が徐々に聞こえ始める。
遠くから聞こえる声、何かを話しているようだが、言葉は理解できない。
すると突然、強い光が目に差し込み、眩しさに思わず目を閉じた。
次の瞬間、体が急に軽くなり、冷たい空気が肌に触れる。
目を開けると、見慣れない天井が広がっている。
周りにはヨーロッパ系とも中東系とも判別しがたい人たちがおり、何かを話しかけてくるが、その言葉は全く理解できない。その誰もが驚きと喜びの表情を浮かべている。
鳴海は自分の体を見下ろすと、小さな手と足が見える。
状況が理解できず、混乱と戸惑いが波のように押し寄せる。
暫くすると、周囲の人々の反応や自分の体の違和感から、自分が赤ん坊になったことを本能的に理解した。アニメやラノベとは無縁だった鳴海には、異世界転生という概念はなかった。単純に意味が分からず、「自分は死んで生まれ変わったのか?だとしたらどこに?また一から人生をやり直すのか?」と考え、そこで思考が停止した。
ぼんやりとした意識でいる鳴海に向かって、周囲の人々が笑顔で何かを話しかけてくるが、ただの音声にしか聞こえない。ただ、彼に向ける表情は希望に満ち溢れ、興奮しているような感じなのは伝わってきた。
少し落ちついて、周囲を見渡すために顔を横に向けると、もう一人の赤ん坊が目に入った。その赤ん坊は驚いた表情で彼を見つめていた。
どこか見覚えのある目つきだ。
気に入らない、人を嘲笑うかのようなこの感じ……。
!!!!!
『天城君か??』
直感的にそう感じた。
感慨でも感傷でもない。また彼と関わる人生になるのか?
途端にうんざりした気分が鳴海の全身を覆ったが、すぐに天城と思われる赤ん坊は失望した顔の中年男性に抱えられ、分娩室から連れ出された。
その時、鳴海は自分に向けられた喜びの顔と、天城に向けられた失望の顔を本能的に見比べた結果の結論を導き出していた。
自分は選ばれたのだと。
そして今まで感じたことのない、勝利の感覚が沸々と湧き上がってきた。
『勝った!!何か分からないけど僕が勝ったんだ!!!』
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