【資料⑤】WEBテレビ用番組映像

 画面には、ほとんど周りがわからないようにモザイクがかかった風景が映っている。目を細めてみると、辛うじて、そこが住宅街であることがわかった。ぼやかされた先には、大小さまざまなかたちの屋根が映っている。そこにたまに、マンションやアパートと思われる建物も混じっていた。


 だがそれはどこにでもあるような、きわめて普通の閑静な住宅街の様子で、どこであるかを特定することは難しいだろう。


 そんな景色をバックにして、黒いスーツを着た男性がたっている。彼は「この閑静な住宅街で、2022年2月9日、殺人事件が起きました」と言う。


 どうやら彼はリポーターらしい。


 おおげさなマイクを持ったリポーターが神妙な面持ちを顔にはりつけ、「東京で過去最低気温が観測された日の三日前。隣の埼玉県では、あるマンションの一室でひとりの女性が殺害されるという事件が起こりました」と事件の説明を始める。それは「K市マンション女性殺害事件」の内容であった。


 そしてリポーターはひとつのアイボリー色のマンションを指さし、「ここが事件の現場です」と紹介した。


 アイボリー色の外装に、茶色の玄関ドア。

 エントランス前のアプローチには、花や樹が植えられている。

 よく手入れが行き届いているマンションだ。

 だが、それだけである。特徴はない。

 このマンションもやはり、ありふれた外装で、どこなのかを特定するのは難しそうだった。


「このマンションの一室で、ひとりの女性が殺されました。そして事件発覚から数日後、女性の実子であるひとりの男子高校生が容疑者として逮捕されたのです」




 場面が変わる。


 一瞬にしてカメラが映す場所が明らかに変わった。


 さらにモザイクが外されていた。代わりに場所が特定できないようにという配慮からか、まるでコラージュの素材のようなものが映し出される。


 白線がひかれたグラウンド。

 風になびくサッカーゴール。

 コンクリート製の灰色を基調とした建物。

 そこに配置された規則的に同じ大きさの窓。

 その窓からは、チョークで汚れた黒板と、木製の机が多く並べられている様子がうかがえた。


 そのひとつ一つを映した後、カメラがリポーターの元に戻る。彼は「容疑者は、ここに通うひとりの男子生徒でした」と語った。


 リポーターは続ける。



「ここは県内でも有数の公立の進学校です。有名大学への進学率も高く、県内では非常に人気の学校だと言います。容疑者――少年Aは、そんな優秀な学校に通う高校二年生の生徒のひとりでした」



 カメラが別の人間を映す。

 首から下――着ている服が紺色のジャージであることしかわからないようにされた人物の隣には、「少年Aの通う学校の教師」というテロップが出ている。



「■■くんは、真面目な生徒でした。成績も良かったですし、友達付き合いも良かったと思います。なんていうか、品行方正な学生でした。お酒とかタバコとか喧嘩とか、いわゆる非行っていうんですかね? そういうこともなくて。むしろ、部活とか委員会とか、放課後の活動も活発にしていたと思います。……少なくとも、教職員の間では、そういう子だと認識されていました。……だから、まさか、その、彼が母親を殺すなんて、思ってもみませんでした」



 ボイスチェンジャーが使われた音声では、それが女性の声なのか男性の声なのか、区別がつかない。それくらいには不明瞭だ。だがインタビューされた教師の口ぶりから、ひどく混乱している様子はつかめた。


 さらにカメラの前には、別の人物が映る。今度は、二人組だった。ふたりは、紺色のダッフルコートにそれぞれ別の色のマフラーを巻いている。どちらのコートも同じデザインだから、おそらく学校指定なのだろう。テロップには、「少年Aの部活の先輩」と「少年Aの部活の後輩」と書かれていた。


 先輩の方から、話し始める。



「あいつは、プレイがうまくて、すぐレギュラーになるようなやつでした。顧問からも一目置かれてました。だからといって、威張り散らかすみたいな感じじゃなくて、優しくて、同輩からも後輩からも一目置かれてて。だから、あいつがそんなことをするなんて思ってもみませんでした」


 リポーターが、後輩のテロップが出ている男子生徒に「あなたから見た際は、どういう人でしたか?」と尋ねる。


「■■先輩は、俺からみても優しい先輩でした。それに、すごく頭が良いっていうことも聞いたことがあります。なんでもできる先輩なのに、本当に優しくて。だから、俺もびっくりしました。その……先輩が人を殺したなんて、いうニュースが出たときには」



 カメラが元の閑静な住宅街に戻る。


 アイボリー色のマンションを背にしたリポーターは、マイクを握りしめて、カメラのこちら側にいる視聴者を射抜くような鋭い視線をむけた。



「見ていただいた映像は、少年Aの逮捕直後に当番組のADによってインタビューされたものになります。お話しをしてくれた方々の口ぶりからもわかるように、少年Aは優秀な高校生で、教師からも先輩や後輩からも好かれるような人物だったと言います。ですが、2022年2月9日、このマンションの一室では確かに惨劇が起きました。少年Aが実母を殺害したのです。そのとき、この部屋では果たして、何が起きたのでしょうか。少年Aと実母である被害者Bさんの間には、どんな悲劇が起きたのでしょうか」






――2022年8月3日配信WEBテレビ番組『あの事件の真相は【「K市マンション女性殺害事件」を追う】』(Japan News DigitalよりYouTube掲載バージョン)




※少年法にのっとり、個人が特定できるワードについては、規制音を入れています。

(文字起こしの際は、■■にて表記)

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