第15話 席順は大事

「そういえば京太くん。今日は転移酔い、大丈夫そうですね」


 セリオンド王立学園への二度目の登校。今日も今日とて城の転移の間から、城下町にある空き家のトイレへと転移したわけだが、今日は転移酔いというものがなかった。


「実はハルトさんがこれをくれてな」


 制服の胸ポケットからハルトから授かった秘伝の酔い止めを三雲に見せた。


「それは良かったです。だけど、どうして微妙な顔をしていらっしゃるのですか?」


「いや、なんでもない」


 これをハルトさんから託されたエレノアが男子トイレで渡して来た。とか言うと、俺もエレノアも三雲に勘違いされそうだから黙っておこう。


 ♢


 セリオンド王立学園の名物である長い坂を上り終えて辿り着いた学園。


 それにプラスして、俺達に用意されたSクラスの教室は、どうやら最上階らしい。どんだけ上がらせるんだか。


 しかし、Sクラスから見える景色は絶景であった。


 大きな窓からは山々が一望できる贅沢なもの


 お、海まで見えるオーシャンビュー。城からは城下町の様子が遠くから見えたが、学園は丘の上にそびえ立っているから、遠くの海も見えるってわけか。そういえば、三雲がセリオンドは交易の拠点だって言ってたっけ。そりゃ海は近いわな。


 教室の広さは二十人ぐらいが授業を受けても十分な広さなのに、席が4つしかない。机と椅子もいちいち豪華に仕上げてある。本来ならば机が並ぶはずの後ろの空間には、応接室みたいなスペースになっていた。これまた豪勢なソファーにセンターテーブルが置かれている。端っこの方には給湯室みたいなキッチンがあり、食器棚まで用意されている。


「なんだか、応接室やらなんやらを混ぜ合わせたような教室だな」


「日本じゃあり得ませんね」


 くすくすと笑いながら四角形に配置された席の後ろを、俺と三雲で陣取ってやる。エレノアはまだ来ていない。どうやら馬車通学よりも転移通学の方が早いみたいだ。


「おはようございます。ミクモ様、キョータ様」


 とかなんとか思っているうちにエレノアが登校して来た。


「おはよう。エレノア」


「おはよう」


 朝、城で挨拶をかわしたが、それはメイドと姫様と英雄様という関係性での挨拶。今はクラスメイトとして挨拶をかわす。別に誰も見ていないのだから律儀にそんなことをしないで良いかもしれないが、特に計画なくそれを自然とできてしまうのは、なんだかんだ、三雲とエレノアの関係性の深さを感じるね。


「席は自由席でしょうか?」


 エレノアがどちらに聞くでもなく首を傾げた。


「そうね」


 彼女の質問には三雲が答えた。エレノアは三雲を見つめている。


「ああ、そうなのですねー。ああー私、一番前だと酔ってしまうのです」


「え、そうなん?」


 酔いという部分に俺が反応してしまう。酒を飲んで酔うとは違った酔うという感覚。本当にそのきつさがわかるため、俺は胸ポケットから小瓶を取り出した。


「これ、飲むか?」


「……今はその優しさが煩わしいです」


「なんで不機嫌に言ってくんだよ」


 エレノアは無表情ではあるが、喋り方が明らかに不機嫌になっているのがわかった。


「京太くん。そんなのはエレノアのウソなんだから放っておいてください」


「ウソなの?」


「はい。ウソです」


「秒で自白するやん」


「キョータ様はどうです? 一番前の席って嫌じゃありませんか?」


「そりゃ嫌だわな」


「そうなのです。私は一番端っこの席で教科書を立てて早弁をしつつ、『おーい、エレノア。早弁すんなよー。先生背中に目があるんだからわかってるぞー』って言われて、『先生、私、早弁なんてしてません』と、先生の注意が入る前に早弁を終わらせる高速早弁がしたいのです」


 なんともまぁコアな願望なこって。


「エレノア。この縦横2列の教室で早弁なんてしたらバレますよ」


 三雲の至極当然な意見がエレノアの心を打ち砕いた。


「……私の夢は儚く散ったというわけですね」


 しょうもない彼女の夢が砕けたところで、エレノアは俺の前に座った。


「ちょ、なんであなたは京太くんの前に座るのですか」


「私が姫様の前に座るなんておこがましい真似できません」


「ちっ。普段は知識ないくせに、こういう時だけはメイドの知識がありやがって……」


「究極で完璧なメイドですからね。礼儀は心得ております」


 ペコリと一礼すると、エレノアが俺の前に座り、体を半身にしてこちらに向いてくる。


「キョータ様。今日から学校ですね。やっぱり前後の席の方が隣同士より距離が近いですよね」


 チラチラとエレノアが三雲の様子を伺いながら話しかけてくる。


 なんでそんなことをしているのかわからないが、三雲は簡単に喰いついてくる。


「エレノア。前を向きなさいよ」


「どうしてですか。まだ授業は始まっていませんよ」


「ぐっ……確かに。しかし、それはメイドの態度としてどうなのですか?」


「今はクラスメイトですが」


「ぐぬぅ……確かに……」


 三雲が論破されている。普通にダメイドに論破されている。


「あー。前後の席は距離が近いなー。隣同士よりも距離が近いなー」


 棒読みで言ってのけるエレノアに、ぐぬぬと悔しい声を出しながら三雲が立ち上がる。


「エレノア。代わりなさい」


「御意に♪」


 あ、このメイド、後ろの席になりたいからこんなことをしたのか。なんてずる賢いメイドだ。


 ……しかし、それに引っかかる三雲も三雲だな。


「あ、本当ですね。距離が近い」


 俺の前に座った三雲が嬉しそうに言ってのける。


「これからよろしくお願いしますね、京太くん」


「あ、ああ」


 ニコッと笑顔を見してくれる三雲。


 この美しい笑顔をこの距離で見られるとは眼福、眼福。


「しめしめ。これで高速早弁ができます」


 くそみたいな野望を叶えたエレノア。


 どうやら自体は丸く収まったみたいだ。

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