第12話 幸せな敗北をきみへ

 セリオンド王立学園のクラス選別トーナメントが続いている。


 俺は先程、即落ち貴族様に勝利した。


「つぎぃ、キョータ」


 なんか試験管に友達みたいなノリで呼ばれたんだけど。


 呼ばれたことに違いはないため、試験管のところに行くと、俺と同い年くらい(30歳前後)の試験管が、フレンドリーに指示してくれる。


「キョータ。次は8番のフィールドに上がってくれ」


「はーい」


「頑張れよ」


「どもでーす」


 なんともフレンドリーな試験官である。


 指示通りに8と書かれた看板のフィールドに上がる。


 フィールドには試験管兼審判の人と俺しかいない状況。


 試験管の人と目が合うと、「ちょっと待ってね」と目で訴えかけてくるのがわかったので、コクリと頷いておく。


「リーン。おーい! リン・フーマ!」


 試験管の人が大きい声で呼びかける。まるでフードコートで番号でお待ちのお客様を呼びかけるような声に反応する者は近くにいなかった。


「……ここ」


 シュッと目の前に残像が現れると、ブルーブラックの長い髪をポニーテールにした切れ長の鋭い眼差しの女の子が現れる。


 忍者装束風に制服を改造しており、スリムなシルエットで機動性が高そうだ。


 つうか、入学式で既に制服を改造してんだけど。なんでここの入学生は既に制服を改造するんだよ。


「よしよし。揃ったな。そんじゃ、はじめー」

 んで、この学園も校則緩いなぁ。制服の改造くらいなんでも良いってか。試験管の

合図も緩いし。


 しかし、対戦相手の瞳は緩くなかった。


 クールな瞳が俺を捉えていた。


「!」


 相手は忍者が忍法を唱えるみたく印を結んだ。


 すると、くの一風の女の子後ろから、1人、2人──と、計5人のくの一風女子が現れた。


「なるほど。ガチもんの忍者ってわけね」


 大方、分身の術ってところか。本物は1人だけってのが王道的なオチだが、果たしてどれが本物か。


 見たところ、姿形は全く同じに見えるな。なにか違いがあるのがお約束だが、今のところ見た目だけの判断じゃ区別はつかなそうだ。

これが彼女の能力スキルなのだろう。分身の術。これは利用価値が大いにある。


 俺は胸ポケットから拳銃を取り出して適当な分身を撃ってみる。


 バンバンッと乾いた音だけが虚しく響くだけで、なんの手ごたえもない。


 こういうのって、やっぱり本体を撃たないと能力スキルは奪えないよな。

シリンダーを、『ブレイブオーラ』に合わせてトリガーを引き、自分の脳天を貫いた。


 バンッ!


 これで俺の今の能力スキルは『ブレイブオーラ』となった。


 脳天を貫いた後、天に向かって再度トリガーを引く。


『ブレイブオーラ』


 身体から放たれる黄金のオーラが全身を覆い、パワー、スピード、ディフェンスが数倍に上昇した。


 相手が分身なら、俺はバフだ。


 ま、それしか今のところ能力がないんだが。


「「「「「今度はこちらから、いく」」」」」


 5つの同じ声が重なり合い、それぞれ違う角度から散り散りになり、こちらに走って来やがる。


 後方の1人目と2人目が左右より手裏剣を投げてくる。


 初めて見たよ、忍者が手裏剣を投げるところ。


 左右からX線上に飛んで来る手裏剣をかわした。


「「はっ!」」


 手裏剣をかわしている間に、3人目と4人目が2人がかりで襲いかかってくる。


「やっぱ、数の暴力で攻めてくるよな」


 流石は分身。息のあったコンビネーションで、持っていた短剣を使って斬りかかって来る。しかし、こちとらバフがかかっているため、相手の攻撃を容易に避けることができる。


 相手の攻撃をかわしながら後退していくと、跳躍していた最後の5人目が真上から短剣で斬りつけて来る。


「わかってたっての」


 真上から攻撃してきた5人目の短剣をバフのかかった手で真剣白刃取り。


 パンッと宴会の一本締めみたいな俺の手の音がフィールドに響きわたる。


「???」


 俺は確かに相手の短剣を真剣白刃取りした。それなのに、一本締めの音と共に5人目が煙になって消えた。


 え、なに、もしかして成仏したの? 


 なんて一瞬思ったが、もしかしてこれって……。


 就活生になってから、思い付いたら行動に移すタイプになった俺は、バフのかかった拳で、3人目と4人目に目掛けてその場で放つ。


 キレのある俺の正拳突きは、洗濯物をパンパンした時と同じ気持ちいい音を鳴らした。気持ちの良い音と共に、正拳突きの風圧で3人目と4人目が煙みたいに消えていった。


「やっぱ、その分身は煙みたいに脆いみたいだな」


 まさか、昔にクソ上司が漫画に影響されたのがきっかけで、正拳突きの特訓をやらされたのがこんな場面で生きるとはな。


「こんなに早く私の分身を見破るなんて、中々やる」


 さっき、左側から手裏剣を投げて来た2人目が喋り出す。なるほど、あれが本体か。


「でも、もう遅い」


 彼女の言葉と共に、1人目が煙と化した。


 だが、さっきの分身達と煙の色や量が桁違いだ。


「くそっ」


 俺は拳銃を本体に向けて撃つ。


 バンッと乾いた音だけが響いた。


「無駄。もうここは私のテリトリー」


 彼女の言う通り、フィールド全体があっという間に濃い紫色の煙幕に包まれてしまった。


「分身に煙幕。忍者の中の忍者だねー」


 感心している場合ではない。


 互いに視界が奪われた状態だが、自ら煙幕を放つということは、向こうさんは煙の中でも戦えるということだろう。あちらさんに優位な状況を作られてしまったというわけか。


 でも──


「たかだか煙だろっ!」


 俺はバフの乗った拳を足元に思いっきりぶちかます。


 石畳のフィールドを簡単に破壊し、爆風が巻き起こる。


「なっ!?」


 確かに爆風は巻き起こっている。


 だが、紫色の濃い煙が晴れることはなかった。


「無駄っ!」


「がっ!」


 見えないところから、短剣で背中を斬られてしまう。


 切れ味の良い短剣なのか、『ブレイブオーラ』を纏っている俺の皮膚を簡単に切り裂いてくる。


「はっ!」


「くおおおお!」


 素早く何度も蜂の様に攻撃しやがる。


 後ろから、横から、前からも素早く来やがる。


 いつ、どのタイミングで来るかわかったもんじゃない。


 一つ、一つのダメージは小さいが、蓄積するとまずい。


「爆風で煙が晴れると思ったが、うまくいかなかったな」


 俺は拳銃のシリンダーを回し、先程コピーした相手さんの能力スキルを脳天にぶちかます。


『アッパーコンパチブル』


 バンッ!


「血迷った? 自らを攻撃なんてして、なにがしたい?」


 相手の呆れた声なんて入って来なかった。


 俺の脳裏を駆け巡るのは、相手の能力スキル。その詳細。


幻術ファントム


 相手に幻覚を見せる能力スキル


 この能力スキルにかかった者は、意識的にこれを幻術と見破るか、意識がなくならない限り幻術から解けない。


 ちなみに、ネコがだぁいすき。


 瞬時に、相手の能力スキルを理解することができた。


 なるほど。今までのは全部、幻術スキルってわけか。


 だから分身もできるし、煙は晴れないってことね。


「でも、ネタがバレたら意味はない」


 これが幻術だという意識を持つと、紫色の濃い煙は一気に晴れた。


「なっ!?」


 晴れた煙の先には、酷く驚いた顔をしたくの一風女子の姿があった。


 短剣を構えて立っている姿はまさに忍者。


「ま、まさか、私の幻術を?」


「そのまさか。すげー能力スキルだったから、お返ししてやるよ」


 俺は拳銃をくの一に向けて撃ってやる。


幻術ファントム


 バンッと乾いた音がフィールドに響くだけで、特になにも起こらない。


「ふっ。ただ見破っただけ。それじゃあ私には勝てない。私にはとっておきの体術が、ある!」


 そう言い切ると、くの一風の女子からばちばちと雷のようなものが放たれている。


 髪の毛が逆立ち、パンクミュージシャンのような髪型になっている。


「フーマ一族に伝わりし秘伝にて、お前を倒す」


「物騒だな。そんなパンクよりファンシーな展開にしてやるよ」


 そう言い放つと、空から一匹のネコが相手の胸元に落ちてくる。


「え?」


「にゃあん♪」


 愛嬌たっぷりのネコが、すりすりと相手にすり寄る。


「ね、ねこ……」


 ぷるぷると震える。


「にゃあ?」


「ね、ねこぉ♡」


 ネコ大好きなリンは、そのままギュッとネコを抱きしめた。


「おいおい。一匹だけに構ってやんなよ」


「にゃ?」


 にゃあああああああ──


 上空から多種多様のネコが一斉にリンのところへ落ちてくる。


「ぬ、ぬこ……ぬこぉ……」


 ネコは雨粒みたいに降ってくる。


「が、ああ……」


 リンは大量のネコに押しつぶされてしまった。


「ぬこに包まれ、我が人生に、悔いなし」


 そのままリンは気絶してしまった。


 これが、『アッパーコンパチブル』を通しての、『幻術ファントム』の能力スキル、『幸せ幻術ハッピーファントム


 幸せに幻術に包まれて逝きな。くの一。

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