第9話 入学式には問題が起こりがち

 セリオンド王立学園の中は俺の通っていた中学や高校、大学とは比べ物にならないくらいの広さを誇っていた。


 学内にある図書館はまるで都市部の図書館を思わせるほど大きいし、学食はホテルのレストランみたいに広い。中庭なんてオシャレなオープンカフェみたいになっている。あ、噴水が噴射して虹ができてやがる。オシャレが過ぎるぞ、おい。本当に学校かよ。


 そして、俺達新入生は大講堂に集まるように指示があった。大講堂って名前はだけは知っていたから、異世界の体育館みたいな場所かと思ったけど全然違った。演劇や公演。吹奏楽の発表をする文化ホールに近い。


 座席は指定席じゃないだろうから、適当に一番後ろ座ることにすると、「ふふ」なんて隣で三雲が可愛らしい笑い声を出した。


「京太くんって、とりあえず一番後ろに座りますよね」


「大学の時もとりあえず一番後ろに座っていたな。一番前は留年した先輩達が座るイメージだわ」


「そういえば大学って留年する人が多いみたいですね。京太くんはストレート?」


 彼女の質問にピースサインを送る。


「ああ。単位ギリギリだったけど」


「自慢になりませんよ」


「確かにな」


「同じ大学だったら、ビシバシしごいて余裕で卒業させてあげましたのに」


「そういえば、中学の時によくテスト前はしごかれたっけか」


「懐かしいですね。京太くんったら、ほんとおバカさんなんですもん」


「うるせーよ」


 あはは、なんて思い出話に花を咲かせていると、「ミクモ様」とエレノアの声がして、互いに振り返る。


「エレノア。無事に着きましたか」


「はい」


「では、そんなところに立たず座りなさい」


「ミクモ様の隣以上に座るなど私にはできません。私はここで立っております」


「そんなところに立たれる方が迷惑よ。座りなさい」


「……御意に」


 納得がいかないと言わんばかりに、エレノアはしぶしぶと座った。なんか知らんけど、三雲の上に。


「ちょ! なにしてんのよ!?」


「や、ミクモ様が座れと申しましたので」


「誰が私の上に座れって言ったよ」


「姫様」


「言ってないわよ! つうか姫様やめろ!」


「り」


「『り』じゃなあああい!」


「ほらぁ、やっぱりー。身分を隠している身とか言いながら、ぐちぐちうるさいじゃないですかー」


「そういうことじゃなくない!? 身分を隠している身だけど、姫様の上に座っちゃだめでしょ!」


「あ、姫様、自分のこと姫って言いましたー」


「揚げ足取らないでよ! さっさとどきなさいっ!」


「はいはい。すみませんでしたー」


 やれやれと呆れた顔をしながらエレノアはこちらを見る。いや、正確には俺の股間を見た。


「潰れる心配はなさそうですね」


「小さいって言いたいのか、このアマ」


「いえ、ない、と言いたいです」


「だからあるってんだろ、どちくしょうが!」


「では、失礼して」


 エレノアがゆっくりと俺の上に座ってくる。


「ど、どのタイミングで乗ってんだよ、ちくしょう」


 やべぇ。この子ったらめっちゃ良い匂いする。あ、悔しいけど、理性が崩れそうになっちまう。


「ぬ? 今、キョータ様の中央から微かに波動が……」


「エレノア。京太くんから離れなさい」


 ドスの効いた三雲の声が聞こえてくる。


「はっ!?」


 エレノアがバイブみたいに、ガグガグ震え出す。


 その振動がほどよく刺激され、息子が成長してしまう。


 エレノアは完全にアレと化していた。男の子の味方、テン──


「エレノア」


 言わせねーよ、と言わんばかりに三雲が更に低い声を出す。めっちゃ怖い。


「も、ももももも、申し訳、申し訳。学園生活初日で調子ぶっこみ、ぶっかけ……」


 あー。高校デビューしようとして、初日で干される人みたいなことになってんなー。こんな奴いたわー。


 エレノアはビビりながら俺の隣に座った。


「なんで、そっちに座るのよ……」


 三雲は手で額を覆い被せると、こちらを睨んで来る。


 そして、お約束の──


「いっでえええええ!!」


 足を踏まれた。


「また鼻の下伸ばして、京太くんのばかっ」


「ず、ずみません! ずみません!」


 ガシガシと足を踏まれている俺の様子を隣で見ているエレノア。


「英雄様も大変ですねー」


「お前は切り替え早いなっ」


 ♢


 入学式初日から俺の足が逝ってしまわれた。そんなことは関係ないと言わんばかりに、大講堂のステージには様々な大人達が並び立つ。おそらく学園の関係者、先生達だろう。


 その中でも70代くらいだろうと思しき白髪に長い髭が特徴の男性が喋り出した。


「新入生諸君、セリオンド王立学園へようこそ」


 ザワザワとしていた大講堂が一気に静かになる。新入生は全員、白髪に長い髭の男性の方へと注目した。


「わしはセリオンド王立学園の学園長を務める、グレゴリス・ヴェインじゃ」


 見た目から学園長とは思っていたが、なんの捻りもなく学園長先生だったか。学園のトップに立つ人間としての安心感が遠目でもわかる。


「さっそくじゃが、新入生諸君にはクラス分けのためのバトルトーナメントに参加してもらう。もちろん、全員強制参加じゃ」


 ザワザワ。


 学園長先生の言葉に大講堂が騒がしくなる。


「三雲。クラス分けのトーナメントなんて聞いてないぞ」


「ええ。私も。例年通りなら、ここで学園長先生が上級クラスから順にS、A、B、C、Dとクラスを決めるはずですが」


「それでこの騒ぎってことか」


 そんなの聞いてないぞー!


 そうだ、そうだー!


 なんで今年だけなんだー!


 そんな声が飛び交う。


 俺もその意見には賛成だな。


 なんでまた俺達が入学するタイミングで異例なことをするんだか。新しいことをするのは結構なんだか、できれば姫様が入学しない年にやって欲しかったな。なんともタイミングの悪い学園だこと。


「静まれいいい!」


 学園長先生の一喝で、騒ぎ出した入学生達が一斉に静まり、ピーンと重く張り詰めた空気が流れた。


 そんな空気を作った張本人が、にかっと笑ってその空気を軽くする。


「安心しなされ。なにもトーナメントで勝たなければ上級クラスにいけないということはない。戦いの中の過程を重んじるつもりじゃて、そんなに緊張しなくても良い」


 あくまでも新入生の実力を見たいだけ。勝ち負けはあまり関係ないと言ったところらしい。


「では皆の者。第三訓練場に移動するぞい」


 学園長先生がパンっと手を叩くと視界がホワイトアウトしていった。

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