第8話 あの頃の続きのように

「ここは、『転移の間です』


 三雲に連れられてやって来た転移の間。


 黒曜石のような光沢のある漆黒の床材


 壁には魔術的な鏡やクリスタルが埋め込まれており、光を反射してキラキラと輝いている。


 中央には巨大な魔法陣が刻まれていた。


「名前の通りですが、その中央にあるのは転移魔法陣。この魔法陣はお父様が魔王討伐の旅の際、世界各地に仕掛けた魔法陣と繋がっております」


 流石は異世界。便利なものがあるもんだ。


「その中の一つとして城下町にある、城が保有する空き家に繋がっています。学園に通う際はここから空き家に転移し、空き家から学園に通うと行った通学ルートになります」


「なるほどな。身分を隠しているから馬車じゃ目立つし、徒歩じゃ遠過ぎる。異世界特有の通学ってわけだ」


「その通りです」


 えっへんと胸を張る三雲。なんでこの子は自慢げなのだろうか。この功績はハルトさんのものだろうに。自慢のお父様ってことなんだろうか。


「でも、ハルトさんはなんでわざわざ城下町の空き家に魔法陣を仕掛けたんだ?」


「さぁ……お父様は教えてはくれませんでしたね。すぐにわかると」


「すぐにわかる、ねぇ」


「魔法陣に乗ればわかるでしょう。ささっ、早く乗りましょう、京太くん」


 三雲はまるで遊園地のジェットコースターに乗り込むように、わくわくしながら魔法陣の上に立つ。


 彼女に続き俺も魔法陣の上に乗った。


「初めての転移なのでドキドキしますね」


「へぇ。三雲も初めてなんか」


「はい。転移魔法を使う機会は私にはありませんでしたからね。いつか使ってみたいとは思いましたが、ようやくと使うことができます」


「それで、この魔法陣はどうすれば作動すんだ?」


「このまま上に乗っているだけで良いですよ。ローディングがあるんです。あ、ほら、段々と魔法陣が光って来たでしょ」


「あら、ほんと」


 二人して魔法陣に乗っていると、ダウンロードをしているみたく、右の方から時計回りに魔法陣の光が強くなる。


「これが全部光ったら作動するってことか」


「そうです」


 魔法陣は一気に光輝き、俺達は光に包み込まれる。


「あ、言い忘れていましたが、転移酔いする人もいるみたいなので、お気をつけください」


「おいい! 土壇場でなんてこと言うんだ! 三半規管弱いんだぞ!」


 俺の嘆きはホワイトアウトした司会と共に消えていく。


 ジャアアアアァァァァァァァァ──


 えっと、なんで最後に水洗トイレの水を流した音が聞こえてくんの?


 ♢


 ジャアアアアァァァァァァァァ──スポッ!


「ふぃ。無事に転移できましたねー」


 楽観的な三雲の声が聞こえるが、それどころではない。


 視界が回っている。とても気持ちが悪い。吐きそうだ。


 あ、あれは……全人類の最大の味方、トイレ!


「うげええええええ」


 トイレに俺のリピドーを受け取ってもらった。


「なるほど。この場所はお父様が転移初心者に向けたチュートリアルの場所。初めての人でも安心してリバースができるというわけですか」


「言うとる場合かっ!」


 はぁはぁと声をあげて、もういっちょリバースしておく。


「大丈夫です?」


「おい、三雲。これを毎日か?」


「毎日です♪」


「俺、エレノアと馬車で行きたい」


「私の騎士ナイト様なんだから、ダメです」


「パワハラだ! 労基に訴えてやる」


「またまたぁ。警察官は労働基準法の対象外なんですから、訴えたことなんてないくせにぃ」


「なんで知ってんだよ、どちくしょう……」


「そもそも、この世界に労基なんてありません」


「うう、異世界のバカやろ」


「そんだけ喋れるならもう大丈夫でしょ。行きますよ、嘔吐騎士リバースナイト様」


「変なあだ名をつけんな……」


 ♢


 城からの転移先は空き家のトイレだった。


 いや、気分的に嫌だろうというツッコミの前に、こっちがダウンしてしまい、なんの反抗もできないまま空き家を出た。


「はい。これ」


 空き家を出た時、三雲が鍵を渡してくる。


「転移魔法陣はお父様の血を引く物にしか使用することができません。ですので、帰りは自ずと一緒に帰ることになると思います。ですが、これからの学園生活で、お互い時間にばらつきが生じることもあると思います。その時は、この空き家で待ち合わせをしてから一緒に城に帰りましょう」


 この合鍵がないと色々不便ってわけで、俺は三雲からもらった空き家の合鍵を大切にポケットにしまう。


「では学園に向かいましょう。ここから学園までは歩いて十分程度です」


 彼女と共に学園を目指す。


 街の様子を見ながら歩いてみる。


 街並みは活気に満ち、まるで絵本のような景色が広がっている。


 石畳の道が一直線に伸び、その両側にはカラフルな屋根の家々が立ち並ぶ。窓からはお菓子やパンの香りが漂い、行き交う人々の笑い声が絶えない。


「城下町ってもっと堅苦しいのかと思ったけど、ずいぶん賑やかだな」


「セリオンドは交易の拠点でもありますからね。いろんな文化が混じり合っているんですよ」


 三雲に城下町のことを教えてもらいつつ、人々を避けながら広場を抜け、学園へと続く坂道にたどり着いた。坂の途中からは巨大な建物が見える。


「もしかして、あれが学園?」


「はい。セリオンド王立学園です」


 学園の見た目は、なんだか映画に出て来そうな城をモチーフにしていた。もしかしたらハルトが考えたのだろうか。


 坂道を上って行くと、途中から制服を着た生徒達が見えてくる。魔法で浮かぶ本を読みながら歩く生徒、剣術の稽古に夢中な生徒を見ると、なんだか異世界の学校に通っていると思わせる。


「でさー、先生が」


「きゃはは! やばー」


 楽しそうに笑いながら通う生徒を見るとホッとする。


 やっぱ、異世界でも日本でも、駄弁りながら楽しく登校するのって良いよね。


「ふふっ」


 唐突に三雲が吹き出した。


「どうかした?」


「いえ、嬉しいなと思いまして」


 言いながら三雲がこちらを見る。


「こうやってまた、京太くんと制服を着て学校に行けることが嬉しいです」


 そんなことをストレートに言ってくるもんだから、顔面にパンチをもらったみたいに自分の顔が赤くなっているのがわかる。


「お、俺も、だよ」


 なんとか素直に言うと、三雲はそのまま嬉しそうに黙って歩き出す。


 学園まで沈黙が続いたが、その沈黙は嫌な沈黙ではなくて、心地の良い沈黙であった。

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