第7話 昔を思い出す

 三雲との出会いは中学二年の春だ。


 同じクラスに中学生とは思えないほどに大人びた女の子がいた。


 一目惚れだった。


 時間が経つにつれ、彼女のことが少しずつわかっていった。


 一人でいることが多く、いつも本を読んでいる大人しい女の子。


 クラスで席替えがあり、隣の席になるとよく話すようになる。三雲との会話が楽しくて、授業中もチラリと彼女の横顔を盗み見ると、俺のハートが盗まれちまう。


 外野から、好きなんじゃないか、とか、付き合えよ、なんて囃し立てられていたっけ。


 本来の自分であれば、そんなんじゃねぇし、なんて強がりを言うのだろうが、彼女に対してだけは違った。思春期ど真ん中だってのに、囃し立ててくる連中に、好きだけど、なんて簡単に言えてしまえた。それだけ真剣に三雲のことが好きだったんだと思う。


 囃し立てられて気が付く。


 告白すれば良いんだと。


 そうなると話は早い。


 夏休み前に俺は三雲に告白をした。覚えている。7月7日の七夕の日だ。この日は雨が降っていたけど、三雲からOKをもらった途端に雨が止んで虹が出来たのを明確に覚えている。


 神様も認めたカップルの誕生だなんて思っていたのに……。


「京太くん。ごめんなさい。別れてください」


 唐突だった。別れたのは俺が高校受験を終えた翌日。中学の卒業式の終わり。


「もう、限界なんです。これ以上は……京太くんとは綺麗な思い出のまま終わりたい」


 最後に文字通り綺麗な笑顔を作った三雲は、綺麗に去って行った。


 唐突過ぎてなにが起こったのか理解できなかった。今まで彼女と過ごした時間は夢だったんじゃないかと思う。しかし、それが現実とわかった途端、絶望した──


 ♢


「……中学の時の夢」


 なんとも懐かしい夢を見たもんだ。


 中学の時に三雲と出会って、付き合って、別れた三部作の夢。


 そのアフターストーリーは暗い日々であった。そして死んでしまい、三雲との再会を果たす。


「もう、限界なんです、これ以上は……キョータくんとは綺麗な思い出のまま終わりたい」


 彼女にフラれた言葉を思い出す。


 一字一句覚えている終わりを告げる言葉。


 頭を金槌で殴られたような感覚に陥ったのを今でも鮮明に思い出せる。


 だけど、異世界で三雲と再会を果たした今なら、彼女の言葉の真意を理解できる。


「また、あなたと再会することができたのですから」


「……俺もだよ」


 そんなことを呟きながら起き上がる。


 俺はセリオンド城に住まわせてもらうことになった。


 俺に当てられた部屋は使われていなかった古びた客室だ。


 部屋の中央には木製のベッドがあり、窓際には傷だらけの机と椅子が置かれている。窓からは城下町が一望でき、花瓶には一輪の花が飾られていた。


 壁や床は石造りで冷たいが、小さなラグと淡い光を放つシャンデリアが温もりを添えている。


「今日から学園生活、か」


 窓の外から見える城下町の景色を眺めながらつぶやいた。


 ♢


 真新しい制服に袖を通す時というのは、暗い人生を送っていたが胸が高鳴るもの。中学の制服を着た時、高校の制服を着た時。そして、警察官の制服を着た時。特に警察官の制服を着た時なんて、日本で唯一拳銃も持つことが許された職業ということもあり、期待と不安で感情がめちゃくちゃになったのを、つい昨日に覚えている。


「今回は学生服にニューナンブM60。なんともミスマッチだな」


 拳銃を胸ポケットにしまう。警棒は折れてしまったし、無線は役に立たないだろう。手錠はなにかの役に立つかもしれないが、かさばるし置いて行こう。


 コンコンコン。


 部屋がノックされると同時に、「京太くん。起きていますか?」と部屋の外から三雲の声が聞こえてくる。


「起きてますよー」


 答えながら部屋のドアを開けた。


「……」


 目の前にいたのは、セリオンド王立学園の制服を着た三雲。


 男子と同じ深いネイビージャケットだが、シルエットはタイトでウエストラインが強調されている。胸元にはセリオンド王家の紋章。リボンは俺のネクタイと同じ、学年色のルビー色。スカートも男子と同じ水色チェック柄。全体的に見るとアイドル衣装のようにも見える。


「なんです? ジッと見つめて」


「んにゃ。三雲と同じ高校に入っていたら、こんな感じかと思っただけだよ」


 見惚れていた。なんて恥ずかしくて言えない。大人になっても照れ屋なのは治らないんだよな。


「そうですね。中学の時はセーラー服でしたから、なんだか新鮮です。セーラー服も良かったですが、ブレザーも可愛いですよね」


 上機嫌で自分の格好を見る三雲。後ろを見ようとしてくるりと回る姿は、まるで犬が自分の尻尾を見て回る様を描いたみたいである。


「姫様。英雄様。私はどうでしょうか?」


 三雲の後ろにはポンコツクールメイドのエレノアが、メイド服ではなくセリオンド王立学園の制服を着ていた。


「さっきから何度も言っていますが、めちゃくちゃ可愛いですよ」


「似合っているよ」


「むっふぅ。姫様と英雄様から褒められました」


 無表情で鼻を鳴らしてらっしゃる。


「ところでエレノア。先程も言いましたが、私は身分を隠して学園に通います。学園にいる間は、その呼び方ではなく、名前で呼ぶように」


「かしこまりました。ミクモ様。キョータ様」


 まぁ姫様だなんてダイレクトな呼び方なんてしたらバレるだろうしな。


 しかし、そんな会話を聞いて三雲に尋ねる。


「エレノアも学園に通うのか?」


「ええ。彼女も一応は貴族。ヴァルディエール伯爵家の人間ですから」


「泣く子も黙るヴァルディエール伯爵家とは私のことです」


 自分で言ってるよ、この子。


「貴族っつったって。大丈夫なのか? その、色々と」


 コソッと三雲へ耳打ち。


 身分を隠して学校に通うんだろ。こんなポンコツが一緒なら、ポロッと言ってしまうんではないかと不安になる。


 こちらのコソコソに三雲も、コソッと耳打ちしてくれる。


「安心してください。この子、口だけは固いので」


 三雲の声が聞こえたのか、エレノアは俺の方をジッと見つめて無表情のまま言ってくる。


「上の口も下の口も固いですが、なにか?」


「この子はエロ漫画から飛び出して来た子なの?」


 三雲は手を額に当てて、呆れた様子で彼女へ指示を出す。


「……エレノア。先に行きなさい」


「御意に」


 相変わらず武士の返事をすると、エレノアはクールに去って行った。


「一緒には行かないのか?」


「身分を隠して学校に行くのですから、専属メイドと一緒に行っては目立ってしまいます」


「それもそっか」


「彼女はここから馬車で学校に通ってもらいます」


「俺等は?」


「私達は特別な方法で行きます。付いて来てください」


 少し誇らしげに背筋を伸ばして歩き出す三雲に素直に付いて行く。

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