第6話 別れた理由

「三雲は俺が責任を持って守ります、ねぇ」


 自分自身で放った言葉を繰り返して放つと、城の廊下にちょっぴりだけ響いた。


 ハルトより、セリオンド王立学園の説明を聞き終え、試着した学園の制服を着たまま退室。着替えは警察官の制服しか持っていない。警察官の格好で城の中を一人でうろうろしていては、他の人の目の毒になって仕事の邪魔になるだろう。本音としては、着替えるのが面倒というのはここだけの話。


 しっかし、大見栄を張って守るとは言ったものの、元カノを守るだなんてなんとも複雑な心境ではあるよな。


「京太くん」


 城の中を歩いていると、先ほどと同様のドレス姿の三雲とばったり会う。


「よ。三雲」


 さっきまで一緒だったが、軽く挨拶をかわすと、「ぷっ」と可愛らしく吹き出した。


「中身30歳なのに、制服が似合いますね」


「ほっとけ。気にしてんだよ」


「うふふ」


 楽しそうに笑う三雲の姿は、本当に付き合っていた当初と変わりない笑顔であった。


「久しぶりの再会ですね」


 ポツリと三雲がこぼすもんだから、ちょっとばかし照れ臭くなってしまい、ぽりぽりと頬をかいてしまう。


「だな」


 三雲は可愛らしく手を合わせて、「そうです」となにか思いついたらような声を出した。


「せっかくの再会なのですから、ゆっくりお話しでもどうです? 京太くん暇でしょ?」


「誰かさんに召喚されたばっかなもんで、これからどうして良いかもわかってないんだが」


「ふふ。そうやって捻くれているところは30歳になっても健在なんですね」


 懐かしむように笑ってくる彼女を見て、俺って三雲と付き合ってた時から捻くれてたんかと恥ずかしくなってしまう。


「あー、はいはい。暇ですよー。姫様と久しぶりの再会に茶をしばきたいですー」


「素直でよろしい。では、私の部屋でお茶でもしましょう」


 ♢


 三雲の部屋は一人部屋にしては広すぎるくらい大きな部屋であった。王女専用スイートルーム。しかもプライベートバルコニーもある。


 そんなプライベートバルコニーでお茶をすることに。気分はオープンカフェでオシャレな午後の一時って感じだね。


「失礼致します」


 プライベートバルコニーに入って来たのは、さっきハルトの部屋に入る前に俺のことを見つめていた、長いプラチナの髪に、クールな瞳のメイドさんだった。


 近くで見ると仕事ができそうで、秘書みたいな雰囲気を醸し出すクール美女って感じだな。


「お茶を淹れに来ました、姫様」


 メイドさんは、左手に持ったティーポットを俺達に見せてくれる。


「え、あ、う、うん。ありがとうエレノア」


 三雲はなんとも歯切りが悪く、微妙な反応を示していた。


 なんでそんな反応をしているのか気になるところで、三雲はこちらに視線をやる。


「京太くん、紹介します。彼女はエレノア。私の専属メイドをしていただいております」


「エレノア・ヴァルディエールと申します。姫様の英雄様、今後ともお見知りおきを」


 自己紹介をして淑女のマナーとしてスカートを摘んで挨拶をしてくれる。これがこの世界の作法というのはわかるんだけどさ、手にティーポットを持ったままなもんで、スカートを摘んだ時に俺の方へ中身が溢れて来たんだけども。


「あっつっ!」


 右膝に中身がかかり反射的にそんな声を出してしまう。実際はそこまで熱くはないため、火傷はしていないだろう。


「申し訳ございません、英雄様」


 到底焦る様子を見せないエレノアは、冷静沈着にハンカチを取り出すと、すぐさま俺の右膝を拭いて──


「って、おい。なんで俺の股間を執拗に拭いてんだよ」


「ここではない?」


「そんなところは一ミリも溢れてないわ」


「ワンチャンも?」


「ワンチャンも」


「失礼しました」


 エレノアが拭くのをやめた。いや、せめて右膝は拭いてくれや、と思ったが、この制服は乾きやすい性質みたいでもうすっかり乾いていた。


 はっはーん。わかった。こいつ、仕事ができる雰囲気を醸し出すポンコツクールメイドだな。間違いない。


「しかし英雄様がまさか女性とは思いもしませんでした。ですが、昨今は女英雄など山ほどいる時代。別段珍しいことでもありません」


「んん? いや、俺は男だけども?」


「え?」


 エレノアは目を丸めて酷く驚いた顔をしていた。そのまま、視線を俺の股間に持っていく。


「ち◯こがありませんでしたよ?」


「なっ!? なんちゅうこと言っとんだっ! ち◯こあるわ!!」


「え……もしかして祖ちん?」


「誰が祖ちんじゃボケ!! 戦闘体制に入ったらマンモス級になるんだよ!!」


「全然ないそのち◯こが戦闘体制に入ったらマンモス級……」


 ゴクリと生唾を飲み込み、クールな眼差しを向けてくる。


 つうか、全然ないとか言うな。男としての尊厳がなくなる、


「気になります。英雄様のマンモスち◯こ。見せてください」


「思春期爆発かっ! 誰が見せるかっ!」


「では、私の裸を見るかわりにどうですか?」


「うっ……」


 ここで躊躇する俺も一生思春期爆発させてんだよな。良い加減成長しろよ、俺。


「交渉成立、ですね」


 屈してしまったのを見破られ、勝ち誇った顔をするエレノア。


「ふんっ!」


 そして敗者にはどこからか足の甲より痛覚が走る。


「いっでえええ!」


 どうやら三雲に思いっきり足を踏まれたみたいだ。おまけにグリグリとしてくる。この子、女神ネフィラのバフがかかってるからか、ただ足を踏まれるだけでマンモスに踏まれたかのように痛い。


「エレノア。冗談を言うのなら下がりなさい」


「冗談ではありませんよ」


「……」


 三雲は呆れた顔をして大きくため息を吐いた。


「エレノア。あとで呼びます。来なさい」


「申し訳ありません。冗談が過ぎました。英雄様に興味があり、変な絡み方をしてしまいました。だから、ほんと、呼び出しは勘弁してください」


「下がりなさい」


「……御意に」


 御意にって、武士かよ。メイドじゃないのかよ。


 エレノアは無表情のまま下がって行った。


 彼女が部屋を出て行ったのを確認すると、思いっきり三雲に睨まれてしまう。


「大人になってもえっちなのは変わりないんですね」


「大人じゃくて15歳だよ?」


 三雲のにらみつける眼光が鋭くなった。


「なんちゃってー」


 あははーなんてから笑いを浮かべると、壮大なため息を吐かれてしまう。


「あの子はあの子で、お茶も淹れずに下がって……もう」


 どうやら俺への怒りの矛先がエレノアに移ったみたいだ。


 これはチャンスと思い、話題をそのままエレノアへ移行する。許せ、思春期爆発メイドよ。


「なんだかメイドらしくないメイドだったな」


「そうですね。はっきり言ってダメメイドです」


「はっきり言っちゃったよ、この子」


「でも、私は幾度となくエレノアに助けられています。生まれた時からずっと一緒で、ずっと側にいてくれた。だからエレノアは私の大切な専属メイドなのですよ」


 どうやら二人の絆は相当深いみたいだ。それはメイドとしてではなく、人として大切ということなのだろう。


「生まれた時といえば、ハルトさんから三雲が赤ん坊の頃の話を少し聞いたんだが、三雲はこの世界には赤ん坊として転生したんだな」


「お父様よりお話しを聞きましたか?」


「バフの話をちょっとだけだけどな。俺とは違って三雲は赤ん坊からスタートしてんだな」


「お父様も私も女神ネフィラによってこの世界に赤ん坊として転生召喚されました。ですので、元々の女神ネフィラの転生召喚は赤ん坊からスタートするものだと思います」


「女神ネフィラは三雲の中に封印されたから、三雲の記憶の中にある人物から転生召喚できるようになったってことだよな」


「そういうことです」


 しかし、そもそもは赤ん坊スタートってわけね。


「三雲も転生召喚したってことは、死んでしまったってこと、だよな」


 気になってしまい、つい声に出して聞いてしまった。


 死んだことなんて思い出したくないだろうに、配慮が足りなかったと後悔するが、意外にも三雲はなんとも思っていないような顔をしてくれていた。


「はい。中学を卒業して、すぐに病気で死んでしまいましたよ」


「え?」


 彼女の言葉に耳を疑った。


「病気、だったのか?」


「はい。元々身体が弱かったんです」


 彼女の言葉を聞いて血の気が引いた。


「ごめん……俺、全然気が付かなくて……」


「気が付くはずもないですよ」


「え?」


「京太くんとお付き合いをさせて頂いている時は全然なんともなかったんですよ。元気一杯でした。でも、卒業間近になると病状は悪化して、中学を卒業して一月後にはあっさりと死んでしまいましたね」


 なんともサバサバしたような言い方で真実を語ってくれる。


「それってもしかして、中学の卒業式の日に俺のことをフッたのって、病気が原因、だったのか?」


「さぁ、どうでしょうね」


 三雲はこちらの言葉を受けて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「今、答えられるのは、女の子の裸が見られると思って鼻の下を伸ばす大人になってしまった京太くんに幻滅していると言ったことだけです」


「や、やや、あ、あれは……」


「そんな人に私の専属騎士ナイト様が務まるのでしょうかね」


 三雲に言われてしまい、俺は縮こまることしかできずにいた。


「冗談です」


 てへっとあざとく舌を出してくる。


「私の中に悪い女神がいるなんて嫌でしたが、今はちょっとだけ良かったなんて思ってしまいますね」


 だって──


「また、あなたと再会することができたのですから」


 バルコニーに優しい風が吹いた。


 三雲の黒くて綺麗な長い髪が靡く。


 その時、心地良くて良い香りがした。俺に懐かしさと切なさを運んで来てくれる。これは俺が日本で死ぬ直前に俺を優しく包んでくれた香りだ。


 この香りは、やはり再会の香りであった。

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