第9話 いざ救出へ
レイチェルが着いてくることを了承したジェイミーは彼女を先導し、教師陣が籠城していると思われる建物に向かっていた。
彼らを解放出来れば、生徒たちが人質に取られている大講堂と占拠されている警備塔に向かわせ事態を収束させることが出来る。ジェイミーがこそこそ動き回る必要もなくなるのだ。
出発してしばらくは会話がなかったのだが、それに気まずさを感じたレイチェルが色々と話し始めた。
ジェイミーはそれに対して軽い返事と相槌を打ってただけだったが話は弾み、居心地の悪さなどとうに吹き飛んでいた。
「なるほど。一家の長女として家計を支えたいという思いもあったわけか」
「うん……一年前までシオン帝国とは別の国に住んでいたんだけど、魔法学園に通うために家族揃って移住してきたの。『シオン帝国なら身分も人種も関係なく魔法を学べる』ってお父さんが言ってくれて……」
「いい家族なんだな」
「うん! だからわたしは家族のためにも魔法学園で――」
突如、ジェイミーがレイチェルの口を手で塞ぐと空いたもう片方の手で腕を引っ張り、建物の陰に隠れる。
目を白黒させるレイチェルだが、その理由はすぐに分かった。
正面の曲がり角から見回りと思しき黒ローブの男が現れたのだ。
ジェイミーのファインプレーで難を逃れた二人だったが、この光景にレイチェルは既視感を覚えていた。
(これってあの時と……)
それは二人が初めての邂逅を交わしたつい先程。死角からのレイチェルの突撃を回避した時と同じ状況だった。
やがて二人の前を男が通り過ぎ、完全に背中を向けた瞬間、取り出したジェイミーが短剣をその後頭部目掛けて投擲し命を奪った。
「ひっ……」
目の前で人が殺されたこと、そして同い年の少年がそれを顔色ひとつ変えず行ったことに思わず悲鳴が洩れてしまう。
「待ってて」
それだけ言うとジェイミーは倒れた男の死体へ近づき、その頭をしばらく掴んだ後、肩に担いでどこかへ運んで行った。
やがて血のついた短剣片手にすぐ戻ってくると目配せだけで「行くぞ」と告げた。
その背中に黙って着いて行きながらレイチェルは当然の疑問を抱く。
(この人は一体何者なんだろう?)
何故、学園が襲撃されることを知っていたのか。
何故、学生であるにも関わらず自らの手でこの事態を解決しようとしているのか。
何故、躊躇なく人を殺すことが出来るのか。
出会った時は少し気になる点はあったもののどこにでもいそうな少年だった。
だが、今はどうだろうか? 目つき、佇まい、身に纏う雰囲気、どれを取っても十五歳のそれに思えない。ただの学生でないことは素人目から見ても明らかだ。
「……キミは何者なの?」
「…………」
思い切って尋ねてみるも返答はない。
「ねえ……」
再度声をかけようとしたレイチェルだったが、校舎の角で歩みを止めたジェイミーが「止まれ」と左手を軽く上げたことで遮られる。
そして校舎の間を反響する爆発音に気が付く。
「ここから静かに正面を覗き見るんだ」
そう囁いてくるジェイミーに従い、ゆっくりと角から顔を出す。
「あれは……!」
その光景にレイチェルは目を剥いた。
建物の前で二人の人物が激しい戦闘を繰り広げている。
一人は長身痩躯の
その戦闘の激しさを物語るように周囲の石畳、建物の壁は大きく抉れ、そこへ装飾のように黒ずくめの死体が倒れている。
「研究棟。あそこに先生方が立てこもっている」
「じゃあ、あの二人は――」
「襲撃者を研究棟へ入れぬようあの先生が足止めしていると見ていい」
尤もあの青ローブの相手をするのが手一杯で他の敵の侵入は許しているだろうが。
「ええ⁉︎ じゃあ、早く助けないと――」
気が逸り飛び出そうとするレイチェルの肩を掴み、落ち着かせるように言う。
「落ち着いて。きみが正面から戦ってもやられるだけだ」
「でも先生もうボロボロよ!」
レイチェルの指摘通り対峙する二人の戦況は教師側が劣勢だった。
目立った怪我の見当たらない青ローブの男に対し、教師と思われる男は身体中に傷を作っており肩で息をしている。倒されるのは時間の問題だろう。
「それに何ですか! 青い人の周りに浮いている翼の生えた人たち!」
男を守るように囲う白い翼を持つ五体の人型を指差すレイチェルにジェイミーは「天使だな」と落ち着いて答える。
「天使⁉︎」
「第四階位魔法天魔系召喚術[
召喚したのは
「第四階位魔法⁉︎ なら尚更――」
「分かっている。だが、その前に」
そう言葉を区切るとレイチェルの両肩を掴み、自分の方を向かせた。
「覚えてる? さっきおれがきみに言ったこと」
レイチェルの同行を許可した時、ジェイミーは一つの条件を課した。それを確認しようとしているのだ。
「はい……もちろん」
「じゃあ、自分で言って」
「貴方の指示を絶対に守ること。それが出来ない場合は動けないよう拘束すると」
ジェイミーはレイチェルが自分の指示通り動くのであれば任務を達成しつつも彼女を死なせない自信があるが、勝手に動かれてはその限りではない。
これはジェイミーがレイチェルを管理しやすくするためだけではなく、彼女の身の安全を保証するための約束でもあるのだ。
「よろしい。じゃあ、これからおれが言う通りに動いて。先生方を助けるぞ」
「うん!」
絶対にやってやる。
そんな決意を胸にレイチェルは力強く頷いた。
「作戦は簡単だ。おれがあの青ローブを引き剥がす。その隙にきみがあの先生と合流して共に中の先生方を救助しろ。先生方は一つの教室内に立てこもっている可能性が高くそこに敵も集中しているだろうが、念のために息を潜めて隠れながら行動するんだ。あと、おれのことは先生には言わないでくれ」
「分かった」
「そしてこれはおれからのアドバイスだ。もし危ないと思ったらきみが扱える中で一番破壊力の高い魔術を天井に向けて攻撃してみたらいい」
「え? それってどういう――」
それだけ言うとレイチェルを無視してジェイミーは詠唱を始める。
「〈〈天雷よ〉〉、〈〈我に集え〉〉、〈〈雷帝の怒号よ〉〉、〈〈万物を砕く鉄槌と化せ〉〉、
それは一見すると普通の詠唱だった。
しかし、それに気付いたレイチェルは驚きに目を剥いた。
何とジェイミーの背後に魔法陣が展開された後、敵の頭上にも別の魔法陣が現れたのだ。
「まさか
異なる術式を並行して解析しなければならないため難易度が高く、使い手もほとんどいないと聞く。
それを間近で見る機会に恵まれたレイチェルは感動にも近い感情を抱き、見入ってしまっていた。
「〈〈落ちよ粛清の天鼓〉〉――」
詠唱が終わりを告げると天からは裁きの怒号が落ち、地を流星が猛進した。
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