第7話 中央情報庁諜報工作部特別勤務分隊

 魔法学園で起きた事態は学園都市の警備に携わる魔法省魔法防衛局の耳にも届き、大いに揺るがせていた。


 「何⁉︎ 魔法学園が何者かに襲撃を受けただと⁉︎」


 「はい……一時連絡のついた学園内の教員から救助要請がありました。現場の者に確認させたところ学園の防衛用の結界が作動し、出入りが出来なくなっている模様です」


 「中の状況は? その教員と連絡は取れるのか?」


 「それが連絡が取れた直後に結界が作動したせいで通話が阻害されている状況です。そのため中がどうなっているのかは知る手段がなく――」


 「ならば最悪の事態を想定しすぐに対処に当たれ! 学園には第二皇女であるレア殿下もおられるのだぞ!」


 「りょ、了解しましたっ!」


 報告を受け、一気に慌ただしくなる魔法省内。


 「すぐ部隊を出して学園の方へ――」

 「なりふり構っていられるか! 軍務省にも協力を要請しろ!」

 「学園の警備部隊は何をしている!」

 「王女殿下の安否は――」


 この緊急事態に魔法防衛局局長は指示を出した後、顔を青ざめさせていた。


 (学園都市の警備が魔法防衛局の管轄である以上、都市内で何かあれば局長である私が責任を追及される……もしレア殿下になにかあれば私は……)


 最悪の末路を想像してしまい鉛でも詰められたように腹がどっと重くなる。

 すぐに事態を収束させなければならないが情報がなさすぎる。せめて学園内から情報を得られれば――、


 「皆落ち着け。そしてよく聞くのだ」


 そこへ優しくも深みと威厳の伴った声が響く。

 一同が声の方を見ると修道服のような出立ちをした白髪の初老の男がいた。


 「大臣!」


 彼はマハル・ベザレル。かつて皇帝レイ一世とともに独立戦争を勝ち抜いた魔法省のトップである魔法大臣だ。


 「新たな報告が入った。学園を占拠した敵は総勢約五十人、防衛システム用の結界術を管理している警備塔は陥落した」


 学園の警備を司る警備部隊の本拠地が制圧された。半ば予想出来ていたとは言えこの情報は局員らに重い沈黙を促した。


 「しかし、今現在において生徒の死亡は確認されていない。全員無事である」


 生徒は無事。絶望的とも思える状況の中もたらされた吉報に局員たちの目に希望の灯りが宿る。


 「既に先行隊も対処に当たっている。すぐに防衛部隊を現場へ向かわせ待機させ、我々も対策会議を開く。絶対に生徒たちから犠牲を出すな!」


 宣言とも取れる魔法大臣の高らかな指令に局員一同は「はい!」と再び動き出す。

 その足取りは先程までと異なり何をしたら良いか分からず無闇に動くようなものではなく、自分がなすべき役割を自覚したものに変化していた。


 「大臣……」


 「局長、大丈夫か」


 「はい……見苦しい姿をお見せしてしまいました。申し訳ございません……」


 「この事態に動転するのは当然だ。だが、すぐに切り替えるのだ。学園を救うぞ」


 「承知しました。……その前に一つよろしいでしょうか?」


 「何だね?」


 「先行隊とはどこの所属の者たちなのでしょうか?」


 マハルは既に対処に当たっていると言っていたが、それはつまり魔法省が命令を出す前から動いていたということ。襲撃を受けたという情報自体もそこからもたらされた可能性が高い。

 おまけに生徒全員が無事という学園内にいなければ分からない情報も握っていた。

 いくらなんでも動きが早すぎる。この事態が起こることを予期していたのではと思わせるほどに。


 一体どこの部隊が――

 出来れば関係の良くない軍務省の部隊でなければいいが――


 「【分隊】だよ。君も聞いたことくらいあるだろう?」


 「――――なんですと?」


 その答えに局長は決して短くない時間絶句した。


 「実在したのか……」


 ◇


 中央情報庁諜報工作部特別勤務分隊――通称【分隊】。中央情報庁に四つある専門本部の一つでヒューミント、秘密工作を行う諜報工作部に所属する秘密部隊。職務内容は諜報工作部の一般隊員と大差ないが、彼らが扱う任務内容は特に重要度、秘密度、危険性の高いものが多い。その性質故、彼らは軍、諜報員の中でも卓越した才能、技術を持ち、様々な分野で天才と言われる者たちが集まっている。

 そして何より特異なのはこの部隊が公式にはことだ。

 存在しないということは面倒な手続きを踏む必要もなく、迅速かつ自由な活動が可能になる。また【分隊】が何か不祥事を起こしたり、その実態が露見したとしてもその上位組織である責任を問われることもないのだ。

 ジェイミーはそんな部隊に所属している一員であり、今日も緊急の任務に勤しんでいた。


 「こちら『天階』。応答せよ、応答せよ」


 喫茶店を後にしたジェイミーはの茂みに姿を隠しながら通信を試みていた。


 「――――こちら『変貌』、聞こえている。遅かったな」


 「すまない、ついさっきまで張っていた人払いの結界を解除していた」


 人払いの結界――第二階位魔法暗示系結界術[人払いクリアリング]は結界を張った周囲に生物を近づけさせない効果がある。

 学園に足を踏み入れた段階で異変に気がついたジェイミーは中央情報庁に連絡を入れた後、これ以上人質になる生徒を増やさないため学園を出て、その周囲に[人払いクリアリング]を張りに向かったのだ。

 しかし、短時間で仕上げなくてはならなかったため、結界は不完全な状態でありその隙間を縫う形でやってくる生徒には別の手段を打たねばならなかった。

 レイチェルに直接接触し、喫茶店に足止めしていたのはそういうわけだ。


 「通信魔具テレパスに出れたということは現在は安全な状態にあると受け取ってもいいか?」


 「ああ。そっちも通信が繋がっているということは侵入に成功したようだな。どうやった?」


 「あらかじめ結界陣の一部に細工をしておいた」


 結界術は発動元となる術式を起点として結界陣が張られ、術式を起動させることで初めて結界として機能する。

 だが、既に展開されている結界陣が書き換えられた場合は結界が正常に作動しなくなる。

 ジェイミーは結界陣を直接書き換えることで結界が一部展開していない抜け穴を作り出したのだ。

 ただ、結界は起動し始めるとそういった異常を感知し、徐々に修正を始める。

 つまりジェイミーのしたことは一時的な対処に過ぎず、結界の抜け穴は既に閉じてしまっているだろう。


 本来は結界陣ではなく、その起点である術式そのものを弄れれば良かったのだが、ジェイミーが気づいた時には警備塔は既に占拠されていた。

 無理に警備塔を制圧しようとものなら異変に気付いた他の襲撃者らが暴れ出し、死者が出ていたかもしれない。

 ちなみにジェイミーはなんてことのないように言っているが、発動前とは言え既に完成された結界陣に手を加えて一時的、僅かにでも効果を変えるなど簡単なことではなく、並の結界術師では到底出来ない芸当だ。

 

 「しかし驚いた。まさかきみが既に学園内へ潜入していたとは」


 「お前が対処した不法入国者の一件が片付いてないからな。念のためと上が判断してオレが送られてきたんだけど......まさか吉と出るとは思わなかった」


 「それは良かった。今学園内はどういう状況だ?」


 ジェイミーにしては珍しく軽い雑談を交した後、本題へ入る。


 「生徒は全員大講堂内へ隔離させられている。犠牲者は今のところいないが、王女殿下が別の場所へ連れていかれた。確認出来た襲撃者はそこに姿を見せた十三人、内一人はかなりの手練れと思われる。教員の姿は一人たりとも見えなかった。恐らく生徒とは別の場所で似たような状況になってると思われる」


 「――確認した。きみの推測通り研究棟の前で教員と思われる人物が複数人と交戦している。恐らく他の教員は研究棟内に立てこもっているものと思われる」


 「流石だな。索敵の魔法をオレは使えないから助かるよ」


 「なんてことはない。それより、寮にも生徒がいると思うのだが大丈夫なのか?」


 「それが寮は数日前に管理上のトラブルが起こり、立ち入り禁止になっているそうなんだ。明日には出入りの自由が解かれる予定だそうだが」


 「何?」


 その情報にジェイミーは眉をひそめた。

 学園の敷地内には寮があり、全校生徒の六割が下宿している。

 それだけでもかなりの数だが、今の時期寮にいるのは二年生以上の生徒のみ。つまり魔導師のとしての質も新入生とは比較にならないほど高い。

 彼らの動向も無視出来ない以上、襲撃者の隙となり得ると考えていたのだが――、


 (既存生徒の排除に新入生と教員の隔離、警備塔を制圧した上での結界の利用――もう疑いようがないな)


 とある確信を得たジェイミーだが、それ以上考えようとはしなかった。

 今は生徒たちの救助と襲撃者の殲滅が優先。

 が重要になってくるのはこの件が解決された後だ。


 「――分かった。他に気になる点はあるか?」


 「ああ。皇女殿下を大講堂から連れ出したのは先程言及した手練れの男を含む三人なのだが、その男だけが途中で別れ、何処かへ消えたんだ。重要な人質であるはずの皇女殿下をたった二人の部下に任せてな」


 再びもたらされた不可解な情報がジェイミーに新たな疑念を与える。

 襲撃を察知した時、その目的をレアであると決めつけていた。

 だが、それは間違いで連中には他の目的があるのではないか?

 そんな予感が囁いてくる。


 「どうする?」


 「貴方は別れたその男を追ってくれ。殿下のことは気にしなくていいのだろう? 先生方と生徒たちの救出はおれがする」


 「了解。健闘を祈る」


 その言葉を最後に通信が切れたのを確認すると通信魔具テレパスを仕舞う。


 (さて......まずは先生方がいる建物へ――)


 そう動こうとしたところでジェイミーは気がついた。

 背後から迫る人の気配に。


 忍ばせていた短剣を袖下から取り出し、流れるような動きで振り向くと背後の気配に飛びかかった。

 相手を押し倒し、叫ばれないよう口を短剣を握っていない左手で塞ぐと短剣を首筋へ当てる。

 そして、刃を撫でるように滑らせ、命ごと首を刈り取ろうとした寸前、ジェイミーの手が止まった。


 「貴女は......!」


 見下ろされる黒の双眸。そこに映っていたのは先程まで共に喫茶店で甘味スイーツを嗜んでいた少女――レイチェルだった。

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