第2話 避難所生活

 あっという間に日が傾き、夕日が沈む寸前だった。

 避難所はいるだけで息が詰まるので、長時間の集中は熱中症になるな……ただでさえ熱いのによお。

 気温何度だ? まあ何度だろうと暑いことには変わりないが。想定よりも低い温度だったところで、暑さがマシになるわけではないし。

 支援のため、外部から送られてきた水のペットボトル(常温じゃん)を飲みながら一息ついていると…………あん?

 崩れた瓦礫の隙間から見えたのは、まるで猫のような、暗闇で光る視線だった。


 その通りに猫の可能性もあったが、じっと見つめてくる視線は逸らす素振りを見せず。

 近づき、瓦礫をどかすと、地中に小さな穴があった。大人は通れない狭い通路を這ってここまで辿り着いたのだろう……明るい茶髪の少年が立っていた。

 よくわからん数秒の沈黙があり、先にがまんできなくなったのは、アタシだ。


「なんで声をかけなかったんだ?」

「――――」

「あぁ、声が出ないのか。オマエ、変なもんでも飲んだんじゃねえのか?」


 食べたか飲んだか。喉以外にも悪影響があるかもしれない。

 少年の全身を見ると、汚れた服と、それに、匂いもきついな……慣れているアタシでも、う、と顔をしかめる匂いだ。

 地中で生き延びていたのだから仕方ない、コイツが悪いわけではないのだから、責めるのは違う。

 曲がりきった鼻がまだ使いものになるとはな、発見があったぜ、良かった良かった。


「ほれ、こっちへこい。避難所にみんながいるぞ」

「…………」

「オマエの友達、家族がいることは保証しない。自分が生きているだけ奇跡と思え」


 名前は? と聞こうとして、返事ができないのだと思い出す。不便だな……まあいい。


「手を出せ、引っ張り上げてやる」


 だが、少年は伸ばしかけた手を引っ込めた。なに遠慮してんだよ……汚い、臭い、を理由に遠慮しているならいらない配慮だ。こっちはオマエよりよほど酷い大人を保護してきてるんだ、問題ねえよ。


「チッ、なんで逃げんだよ。いいからこいって」


 その時、少年はやはり声を出さなかったが、口の動きだけを見せた。


 ――親を殺した、人殺しだ、と。


 ……だから救われる価値がないとでも言いたいわけか。めんどうな……いつもの感じかよ。


「あーはいはいそうですか。オマエもそういうタイプかよ。テンプレ的な悩みを持ちやがって、んなもん、オマエのせいじゃねえんだから気にするな。仮に事故でなく、オマエが自分の手で殺したのだとしてもオマエのせいじゃねえよ。火事場泥棒感はあるが、生きるためなら誰も文句を言わねえ。言わせねえ。それに、文句を言うほどこの場にいる人間に余裕があると思うか?」


「…………」

「罰を受けたいなら一件落着の後だ。ここで逃げても罰から逃げるだけだぜ。どうせ逃げるなら、隠し通せよ。あれは仕方なかったんだと、時間をかけて受け入れろ」


 手を伸ばし、引っ込みかけた少年の手を掴む。今度は逃がさねえ。


「罪悪感が消えねえならアタシが裁いてやる。だからそれまでは生きろよ」


 地中の穴から引っ張り上げ、少年を抱きしめる。あー、くっせえ。アタシも柄にもなく、くっせえセリフを吐いちまったなあ……だが、後悔はない。

 言うべきでなかったことを言ったわけじゃねえからな。


「てん、や……」


 耳元から聞こえたガサガサの声だった。

 ノイズ音に交じりながら、だが、はっきりと聞こえた。


「てんや? 名前か?」


 少年が頷いた。


「オーケー、てんや。安心しな、もうオマエはひとりじゃねえ」



 避難所へ戻ると、御花が口説かれていた。

 んなわけねえか。男に肩を貸した、別の男……へえ、でかい体格の青年だ。力仕事に使えそうだな。


 と思えば、彼は足を怪我しているようだった。足を引きずりながら、しかし成人男性に肩を貸して、ここまで運んできたらしい。


「あ、お母さん。ちょっとこの人を運ぶの手伝って――」

「俺がやるんでいいっす。空いてるベッドとかって……」

「ベッドはねえ。端のスペースに寝かせておいてくれ……オマエも、足、怪我してるから治療しないといけないだろ。将来、動かなくなったら困るんじゃないか?」

「困るんすかね」


 ふ、という苦笑は、諦めが多分に含まれていたな。すっかりと諦めムードである。

 体がでかくともまだ子供か。見た目だと分かりづらいが、顔にあどけなさが残っている。童顔な年上の気もするが、御花が世話を焼くくらいだ、本能的に年下だと思ったのかもしれない。

 御花は年上には尊重を、年下には庇護をするからな。無自覚に、態度に出るのだ。

 大人びて見えてもまだ中学生……だったなら、任せられる仕事はねえ。


達海たつみくん、怪我人なんだから、力仕事はしなくても、」

「その前に。なあ御花、ついでにコイツも任せてもいいか?」

「え、新しい子? いいけど……」

「喉がやられて喋れねえから気を遣え。じゃあ、アタシは別の仕事をしてくるからさ」


 ちょっともー、と形だけの不満を言う御花に背を向ける。

 てんやを御花に預け、アタシは本部に顔を出すことにした。


 さて、現状を――全体の状況は、どうなっているのか、把握しておこう。

 他県まで同じ状況だったら目も当てられないぜ。

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2024年12月20日 21:00
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サイキックDEラブコメディ! 渡貫とゐち @josho

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