サイキックDEラブコメディ!

渡貫とゐち

第1章(視点:田頭月見)

第1話 茨※県、分断

「派手にぶっ壊れたなー」


 高台から見える景色は壮観だ。

 見晴らしが良い……良過ぎるほどに。悪い意味で、だがな。

 これこそ良くも悪くもと言うべきか?


 遠くの海まで見えちまってる。いつもならマンションやらビルやらで決して見えなかったはずの海だ。

 今は波が引いているものの、数日前までは海が足下まで流れてきていたものだ。酷い時は膝上、さらに腰まで。町の中のあらゆるものを飲み込んで、しっちゃかめっちゃかにかき回していきやがった。


 自然の力ってのは怖いもんだねえ。

 科学より怖いかもしれない。


「――お母さん」

「ん。……ふう、今日は天気が良いよねえ……雲ひとつない快晴だぜー?」


 振り向くと、我が娘が暗い顔して立っていた。

 アタシに似て、いつ見ても和服が似合いそうな黒髪美人だ。

 アタシが結んでやったポニーテールが、いつもよりも落ち込んだように下へ垂れているのは見間違いなのかねえ。まあ、避難所にすし詰めにされて、休む間もなく手伝いをしていれば、どんより気分にもなるってわけか。


 娘の心は晴れてねえってか。

 娘に限らず、かねえ。

 それにしても、我が娘ながら堪えた方だ。アタシなんてこうして逃げてきてるんだから、全然偉いっての。

 煙草でも手に持っていれば雰囲気が出ただろうが、生憎と吸ったことはねえ。

 革ジャンを着てもバイク乗りでもねえし。車のハンドル? 握ったことなんかないね。

 便利なアイテムってのは認めるが、加害者になる可能性があるなら使うのは避ける……、変か?

 問答は無用だがな。


「人が足りないの。戻って手伝ってほしいんだけど」

「はいはい、すぐ戻るよ。……御花おはなも休んでおきなよ、アンタが倒れたら……まあ代わりはいくらでもいるけど、一部の人が困るのは本当なんだからさ」

「……代わりがいるって、それ、言う必要あるの?」

「あるよ。『アンタが倒れたらお終いだ』、なんて言えばアンタは無理をするだろ? アタシらはあくまでもボランティアできてんだから、根を詰める必要なんかないってことさ」


 ボランティア、とは言ったが、半強制的な部分もある。持ちつ持たれつ――困った時はお互い様だ。

 支えるべき相手側が致命傷を受けているのだ、ここで見て見ぬふりをするのは敵を作るだけだった。

 手を伸ばさないわけにもいかなかったわけだぜ。


 娘は糸目なので分かりづらいが、親が見れば死んだ目をしているのが丸分かりだ。避難所に辿り着いた数百人にもなる被災者たちが、助けを求めている。

 当然、病院(簡易的なものも含め)はパンクし、怪我人多数で病気も蔓延していた。だいぶ前の感染症を思い出す空気感だ。

 殺伐としてるねえ。

 一応、当時のノウハウは残っているため、暗闇を手探りで進むわけではないが、元気づけるこっちだって疲弊はしてくるものだ。

 無理もねえよ、目の前でバタバタと人が死んでいくのはきついものがある。なんのための18禁だ? 我が娘は今年で中学二年生の未来ある若者なんだが。

 エグい現実見せんじゃねえよ、と言いたいところだが、好きで見せてるわけじゃないんだ。大目に見るしかなかった。


「……ひとまず、御花は休みな。アンタの仕事はアタシが引き継ぐから」

「お母さんの仕事は誰がやるのかな、そういうことも考えて言ってよ?」

「アタシの仕事はアタシがやる。いいから親に任せて休め。本当に倒れるぞ?」


 制服は薄汚れ、服の端々には返り血なのか――怪我人に掴まれた時に、相手の指に血がついていて……制服についてしまったのか分からないが、相変わらずの悲惨な状況だというのはよく分かった。

 子供に手伝わせているのは本意ではないが、人が足りないのは事実。少子化より深刻だ。

 子供がいなければ労働できる大人も少ないときたもんだ。

 茨※県どころか日本が危ういってもんだぜ。

 これ、三十年前から言ってるっけ? ともかく、子供の倍、大人は働くべきだ。サボっていたアタシが言うのもなんだが。

 さて、(吸ってはいないが)一服程度の充電はできたんだ、あとは明日まで働き詰めでもいけるな。


 ……と、言ってみただけだ。

 最後に、御花を強く抱きしめ――早速の追加充電だ――気合を入れて避難所へ戻る。

 扉を開ける前から淀んだ空気なのが肌で感じて分かる。開けたくねえが開けるしかない。



 避難所はてんやわんやだった。

 人が増えてるが……なるほどな、西側の学校の生徒や大人が手伝いにきてくれたようだ。人が増えれば人が休める時間が増えていく。同じ時間帯に動ける人数が変わるわけではないが、休める人間が生まれるというのは喜ばしいことだった。

 人が増える度に倒れる人間が増えていくんじゃ意味がないし……。

 人の通行量が多い中、アタシは、割り振られた仕事をひとつひとつ片づけていく。


「おいジジイ、生きてるか?」


 順番に、倒れている被災者を見て回っていく。

 その中、ひとりの老人の……足がねえ。瓦礫に挟まれて切断されたのか。もはや痛みで騒ぐ段階は越えているらしく、虚ろな目でアタシを見るだけのじいさんだった。

 ……口が悪い、という注意も受けたが、強い言葉で訴えかけた方がいいと思う。寄り添うと居心地が良くてそのままぽっくり、なんてこともあるかもしれない。

 前例がある。

 だったら、ケツを蹴るように攻撃的な言葉で――そう、喧嘩腰で声をかけた方が「なんじゃオラ」と立ち上がってくれるかもしれない。胸倉を掴んでくれたら元気で最高だ。

 だが、アタシの期待は実を結ばず、じいさんは答える元気も満足になかった。


「ジジイ、生きてるか死んでるのかどっちだ」

「おぉ……若い頃のばあさん、そっくりだ……」

「へえ、じゃあそのババアは美人ってことなんだな?」

「可愛いぜ、ぇ……」


 最期に会いたかったなあ、と。言ってはいなかったが、そんな風に口が動いた気がした。……じいさんだけじゃなく、全員がそう思っているだろう。

 はぐれた家族と、恋人と、子供と、再会したかった、と。それが叶わずに亡くなった人ばかりが大半だろう。

 この避難所にいる被災者のどれだけの数、回復するのだろうか。…………。もちろん、全員だ。余計なことは考えるな、全員を救うつもりで、アタシらはここにいる。

 休み返上で手伝いにきてんだ、回復してからの「ありがとう」と、謝礼品のひとつでも貰わないと割りに合わねえよ。死に逃げなんてさせてやるものか。


「おいジジイ……起きろ。ババアが迎えにきたぞ」

「あぁ、迎えに――ふ、ただいま……」

「ジジイ!!」


 アタシの呼びかけも無駄だった。先に逝っていたらしいばあさんが、本当にじいさんを迎えにきたのだろう。

 そりゃあ、アタシの声なんて届くはずもねえよな……、じいさんは動かなかった。

 やがて体は冷たくなり、硬く、完全に動かなくなるだろう……。死亡者一名。なんてことない数字だが、重い命だ。


「…………」

「あ、お母さん」

「御花、重症患者には近づくなと言っただろ」

「ごめんなさい、でも……」

「……で、なんだ」


 死体、だが……初めて見るわけでもないか、と割り切ることにした。

 最初こそ血を見て体調不良になっていた御花だったが、さすがに慣れてきたようで、死体を見ても顔をしかめるだけだった。

 とは言ったが、慣れても困るんだがな……教育にはよくないだろう。

 だが、戦争を知らないように、生死を知らないのも不安にはなる。

 親としては、難しいところだ。


 振り向くと、御花が手を引いていたのはふたりの少年少女だった。

 ……小学生? いや、ふたりとも小柄だが、今は私服とは言え、中学生の可能性もあるか。


 兄妹かもしれない。

 姉弟ではなさそうだ。

 今の状況は、子供からすれば最悪の夏休みだな。


 ――アタシの前で、御花、少年、少女が、手を繋いで並んでいた。


「怪我した子供は入口近くだ。そっちへ連れていけ……小さな子に死体なんか見せるなよ」

「うん。それはそうなんだけど……あの、お母さ、」

「もう見てきた」


 と、少年が割り込んだ。

 怪我人ではない? 違うか、今の見てきた、は、そっちではなく――死体の方か?

 ……そう言えば、大震災が起きてから既に六日……いやもう七日か。崩落エリアから救出されたにしては、汚れてはいるが傷は少なく、なによりも心が折れていない。

 もしかして……自力で辿り着いたのか?


「オマエ……もしかして、震災が起きてから今まで、自分たちだけで生き延びてきたのか!?」


 何度も町を飲み込んだ津波、崩落したビル、悪天候と、進路を塞ぐ瓦礫の山。そもそも食糧だって満足にあるわけでもねえ。寝る場所だって確保するのは大変だ。

 そんな環境下で、生きていた……?

 生きてこの避難所に辿り着いたのか……? 子供ふたりで……!?


「大人もいたよ。けど、おれたちのせいで死んでる、逃げ遅れてる」

「違うわよっ、それは、あなたたちのせいじゃないの!」


 すぐさま御花が否定するが、目の前で大人たちが犠牲になる様を見ていれば、そう思うのが普通だ。犠牲を正当化するための理由も余裕も、コイツにはないんだ……自罰が救いになる。

 もしも平気な顔して犠牲になった大人を、あれは仕方がなかった、と言うなら、既に壊れちまってるんだ。

 少なくともまともじゃない。


「…………」


 横並び、よりはやや後ろへ下がっているのが、少年に寄り添う少女だ。

 その子はアタシたちを窺いながら、隅々まで観察しているような目だった。

 やけに冷静だな……壊れたわけでは、なさそうだ。

 子供は順応力が高いと言うが、不気味なほどだぜ。


 少年が先導していただろうと予測できるが、かと言って背中側が安全というわけでもない。危険と隣り合わせであることは同じだが、この落ち着きようは……。

 まあ、ひとりぼっちよりはマシだ、という差が、彼女を安心させたのかもしれない。

 安心が冷静さに繋がるのはおかしなことでもないし。

 よほど、少年のことを信頼しているのだろう。やっぱり兄妹なのかもな。


「ともかく、御花。子供は別のところだ、連れていってやれ」

「おれたちも動ける。手伝えるんだ」

「怪我人が調子乗んな。いいから休んで、明日から手伝え。腹だって減って……るのか?」


 一日二日、食べなかっただけならがまんできるが、七日となれば、なにも口にしないのは無理だろう。途中で、パンの一切れでも食べていたとか?


「崩れたスーパーで、食べ物を食べてたんだ。……犯罪だけど、仕方ないだろ」

「文句はねえって、アタシでも同じことをする。生きるためだから仕方ないもんな」


 御花はなにかを言いたそうに。しかし言わなかった。

 そこで食べ物をくすねていなければ、この子たちは餓死していたかもしれないのだ……それを思えば、叱ることもできなかったところだな。

 真面目な奴め。

 アタシの娘にしては、正義感が強いな。

 いつもより強く褒めてやりたいが、危なっかしいとも言えた。

 アタシが親で、真面目に育ったのは奇跡だな。反面教師かもしれんが。


「元気、だから、手伝える。なにかやりたい」

「寝ろ」

「でもっ!」


「それが、オマエらができることだ。少ない傷の手当てをしてもらってから、万全な状態まで回復するまで寝て――そんで、手伝いにこい。仕事は用意しておいてやる――いいな?」

「…………分かったよ」


 不満そうな顔だった。

 動いていないと落ち着かないのかもしれないが、ここは無理にでも休ませないと、後で大変なことになりそうだったのだ。

 そわそわしているのはアドレナリンが出ているからだろうな。今だけ活発に動けるだけだ、いずれ、七日間の疲労がふたりを壊す。そうなる前に、一睡くらいはさせてやらないと。


 御花がふたりを連れていく――おっと、その前に。


「待て、ふたりとも。名前は?」

りく

「み、美里みさと

「アタシは田頭月見だ……困ったらアタシか、アタシの娘の、御花に頼れ。いいな?」


 ふたりが頷いた。

 そうして、ふたりが人混みの中に紛れていく。今から追いかけても、もう見つけられないほどには人の往来が激しく、まともに方向転換もできない。

 未だに統率はなかなか取れないみたいだな……そりゃそうだ。

 今だって、被災者は避難所へやってくるのだ。避難所もいくつかあるとは言え、震源地から最も近いのがここである。まず目印としてここに辿り着くのは当然だった。


 まだ、瓦礫に埋もれた被災者が、数百人規模でいるのだろう。怪我人は、完治した人がいないのに、さらに増えていくばかりだった。ベッドなんてもう足りていないし、人が寝れるスペースだって……。

 それに、死体だって、捨てるわけにはいかねえんだから。


「ったく、地獄だぜ、ここはよ……」


 本当の地獄は、大地震と津波に巻き込まれ、亀裂から地中へ落ちた被災者たちだろうけどな。

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