「ごちそう桶」

もぐもぐしてるよ(牛丸 ちよ)

「ごちそう桶」

 呪物コレクターって言葉があるんですね。知りませんでした。あなたも集めているんですか? 怖いから所有はしない? ふふ、わかります。

 私も、当主の役目が無ければとは暮らしませんね。

 どこで聞きつけたのか知りませんが、お見せすることはできません。を人目から遠ざけ、世に出ないようにすることが我が一族の役目です。でも、話をするくらいなら構いませんよ。


 ──「ごちそうおけ」はそもそも、御神木から作った宝器なんです。正しくまつることでご利益をいただくものだったんですね。


 桶ってわかりますか? お風呂の? 確かにそれも桶ですね。それを大きくしたやつです。酢飯を混ぜる木製の器がもっと少し大きくなったやつ、というほうが近いと思います。


 御神木を切るというのは本来あってはならないことですから、あの桶を作ることにしたのは相当な決意があってのことでしょう。

 想像はつきますよ。昔、この島は土地が痩せていて誰もが貧しかったと聞きます。天災が起きようものならいよいよ食べるものが無くなり、バタバタと飢え死んでいったそうです。そうとなったらすがる思いでなんでもするでしょう。


 当時の大人たちは神頼みを選んだようです。どうか許して欲しい、どうか助けてください、と拝みながら御神木を切り倒し、その材木で一つの大きな桶を作った。「この桶があふれるほどのごちそうに恵まれますように」という祈りを込めたそうです。

 切り株を祭壇にして桶を置き、覆うようにやしろを建てました。

 けれど空の桶に食べ物が湧くでもなく、食糧難はしばらく続いたそうです。


 島の運命が変わったのは、ある年の雨季。

 雨漏りがね、あったそうです。夜通しの雨が明けて地主が様子を見に来たところ、桶の中に雨水が溜まっているのを発見した。

 溜まったその雨水が、なんと甘い香りをさせている。飲んでみれば、まさに甘露だった。

 彼らは桶の奇跡の力に気付きはじめました。甘い水を汲みきった後は、そこに雑草を入れてみたそうです。すると、食用に向かない硬く青臭い草は香ばしく食べやすく変わった。


 食べられそうなものをかき集め、片っ端から桶に詰めたそうですよ。

 桶に入れたものは栄養満点になるようで、飢えたいくつもの命が救われたと聞きます。

 以降、それは「ごちそう桶」と呼ばれるようになりました。


 人々は体力を取り戻し、島は持ち直していったそうです。

 食べ物に困らなくなると、桶の役目は自然と消えていきました。社に安置された桶は、感謝を込めて丁寧に祀られたそうです。



 ここまでなら、良い話だったんですけどね。



 島が発展して人口も増え、世代交代が繰り返されてくると、人間の桶に対する認識も変わってきます。

 再び食糧不足が起きたとき、桶は違う使い方をされました。


 その年の食糧が足りなくなった理由は、本州の罪人が大量に流されてきたからです。

 島が流刑地に選ばれたんですね。勝手にそうされたわけじゃないですよ。島の権力者たちが裏金と引き換えに罪人の受け入れを決めたんです。


 島の人間が食べる分はあるんです。よそ者にくれてやる余裕はないだけ。

 どうして自分たちが腹を空かせてまで罪人に飯をわけてやらねばならないのだ──普通ならそう考えますよね。当時の人々もそうだったようです。

 そこで持ち出されたのが「ごちそう桶」でした。


 その時代になると、ごちそう桶が御神木……つまり神様の依代からだを削って作らせていただいた宝器であるという認識は薄くなり、おとぎ話の玉手箱のような都合の良い道具だと思われていたんですね。バチ当たりだと警告する者もいたでしょうが、誰も聞き入れなかったようです。


 「自然の恵みをよりおいしく、より体に良く食べられるようにする桶」は、「食べられないものを食べられるようにする桶」に転じました。


 香りや味、栄養は変わっても、見た目はごまかせませんから、あらかじめすべての罪人の目を潰したそうです。当時は飲むと失明する酒があったそうですよ。なんと説明し、どう納得させたのかは謎ですがね。

 そして島の隅の廃村に、全員を押し込んだ。


 普段は便所と伝えた位置に桶を置いておいて、食事の時間になると食堂へ運んだ。


 罪人たちは、目を潰されたことを除けば大いに喜んだらしいですよ。人生のどの時よりもおいしいものが、お腹いっぱい食べられて。しかも、自由なんですからね。

 島の人々は罪悪感でもあったのか、罪人の暮らしには一切口出しをしなかったそうです。目が見えない者たちの村と、元々その島に住む者たちの町とで営みはほとんど分断されていました。

 町に行くことを禁じてはいませんでしたから、罪人は気まぐれに町の芝居小屋に遊びに行ったり、女を買ったりしていたそうです。

 酌量の余地もない理由で流刑になるような人たちですから、ろくに働きもせず物乞いをすることに抵抗がありませんし、気ままな生活です。彼らは島の人間を見下し、自分たちのほうが特別だとさえ考えていたという記録もあります。


 ここの民は、島で生まれて島で死ぬことを好みます。流刑地にわざわざ遊びに来る本州の人間もわずかです。代々の地主の力も働いて、島の秘密が外部に伝わることはありませんでした。

 それどころか、稀に来る本州の人間に罪人は暮らしの自慢をするものですから、この島は「罪人の極楽島」と噂されていたそうです。

 罪人たちは「神を見たから目が焼けた。神と共に暮らしている」と歌ったそうですよ。


 島の者たちは良くも悪くも、うまく罪人たちを騙していたようです。だからこそ、何も知らない相手に対してどんどん残酷になっていった。

 罪人を監視する役目の者が、桶に痰を吐いていたころはまだマシだったようです。


 やがては罪人たちも寿命やらで死んでいきます。弔うのも人の労力を割きますよね。だから、島の人間はめんどくさがって、ぶつ切りにして桶に投げ入れたそうです。

 それを食べた罪人は、鶏のようだとかなんだとか感想を言っていたそうですが、そのあたりの記録はあまりにグロテスクで私は読んでないんですよ。

 読みたかったら書庫にありますのでね、お好きにどうぞ。



 おぞましいのはそれだけじゃありません。

 ……人の悪意だけで話が終わればどんなに良かったか。



 何度も言いますが、ごちそう桶は御神木を削って作られているんですよ。そんなふうに扱われて、何にも起きないなんてことがあると思いますか?


 人間の醜い悪意と不浄によって、神聖な桶は穢れていきました。


 なによりまずいのは、長年にわたって誰も中を清めようとしなかったことです。掃除もしなければあがめることもしなかったんですね。


 食べればそりゃあ減りますが、食べ残しと新たに放り込まれたもので桶の中は常に不浄なものが溜まっていたそうです。

 人の悪意と、汚物と、血と肉と、供養されない者たちの念。そして御神木の怒り。それらが混ざり合い、熟成されると、ごちそう桶はもう……宝器ではなく呪物です。


 ある日を境に、罪人の村は全滅しました。後を追うように町の人間も次々に怪死するようになりました。

 桶のそばにいるだけで人が死ぬようになったんです。数メートルとかそんな狭い範囲じゃありません。何キロ、何十キロとです。


 ……ここまで話しておいてなんですが、実は私、オカルトってあんまり信じてないんですよね。

 衛生的にも最悪だったわけですから、発生した菌などによる伝染病が原因だってありえると思っています。


 でも、慌てた町の祈祷師が総出で桶を封じると、不思議と怪死は止まりました。それ以降は誰の目にも触れないよう隠してしまったので、連続大量怪死が桶の祟りかどうかわかりません。

 知りたければ開けて調べるしかない。


 ……私も疲れました。あの桶を怒らせた家系の者ですから。祟りが本物なら、父や祖父のようにろくな死に方しないでしょう。


 どうですか、話を聞いた記念に開けてみませんか?

 ふふ、冗談ですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「ごちそう桶」 もぐもぐしてるよ(牛丸 ちよ) @mgmgshiteruyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画