妖説・反忠臣蔵

@oka2258

怨霊の館

吉良上野介義央は隠れていた小屋から引き摺り出され、首を刎ねられた。


その時、恐れよりも怒りで彼の頭はいっぱいであった。


(何故わしがこんな目に遭わねばならん。わしは何も間違ったことをしておらんぞ!

浅野にもちゃんと教授してやったし、前例通りの謝礼しかもらっておらん。

浅野の凶行にも幕府の言う通りに無抵抗でいた。

何が喧嘩両成敗だ!

一方的に狂人に斬りかかられただけだぞ!


許さんぞ、浪士ども、そしてこれを許した綱吉と幕閣、仇討ちだと囃し立てた江戸の愚民ども!)


彼の意識はそのままどことも知らぬ時空に漂い、その後の展開を見る。


浪士どもが持て囃され、吉良は賄賂を取り、命惜しさに逃げ惑う卑怯な悪党と決めつけられる。


挙句にはお家お取り潰しで孫の義周は流罪監禁である。


2年後に孫が寂しく死去し、その後に歌舞伎で忠臣蔵という名前で大当たりし、その中で吉良が悪役となるのを義央はずっと見続けていた。


「奴らめ、ここまでわしと吉良の家を辱めるのか!

この恨み、晴らさずにはいられようか!

どのような妖魔でも魔物でも化け物でもよい、この上野介に助力をしてくれ!」


義央が全身全霊でそう念ずる時、どこからともなく声がした。


「よかろう、気に入ったぞ。

その願い、わしらが手伝ってやろう」


同時に上から巨大な腕が伸びてきて、彼をヒョイと摘み上げた。


連れて行かれたところは、どこともわからぬ巨大な館の大広間。


そこに何十人もの貴顕らしき人々が酒宴をしていた。


「こちらに来い」


末席に呆然と座っていた義央に、はるか上座から雷のような声がかかり、慌てて小走りでそちらに向かう。


最も上座に座っていたのは、髭面のいかにも荒武者という男。


「貴様の怨念、気に入ったぞ。

少し我らの手を貸してやる故、面白く踊ってこい」


「将門、このような小物に手を貸しても我等の怨念は晴れんぞ!」


「朕もそう思う。

おまけにこの男、朕の仇敵の足利一門ではないか。

将門、放っておけ」


隣にいた高貴な衣装の男が反対し、その隣の男もそれに同意する。


「崇徳も後醍醐もうるさいの。

ここで日の本を傾ける機会を伺っていても、まだまだこの幕府は安泰なようだ。

ならば、しばしでも面白い物を見たかろう。


応仁からしばらくは、家臣が主君を討ち、子が親を殺すようなことをあちこちで起こして楽しかったが、あの狸が世を収めてから退屈で仕方ないわ。

そう思わんか道真よ」


将門と言われた男があくびをしながら酒を飲み干した。


(これは平将門、横にいるのは崇徳院に後醍醐帝か!

史上、恨みを残して死んだ者ばかり)


「わたしもこの男を助けてやってもいいと思うぞ。

見ればこの魂は見事に黒くなっており、なかなかの憎悪が見られる」


道真と言われた男が、将門に酌をしてやりながら答えた。

そして義央を見て話しかける。


「ここまで来るのも一角の能力と気概、さらに世間への心の底からの恨みがなければならん。

お前は小物だが、恨みの強さと復讐の範囲から我らの退屈しのぎには適当だろう。


そうそう、この恨みを維持するのも大変だぞ。

今は未来永劫この恨みを忘れるものかと思っておろうが、だんだん忘れていくのだ。


見ろ、こいつを。

まだ、わずか百年ですでに恨みが薄れている」


道真が指差されたところには、広間の半ばに座りながらその姿が半透明となっている巨体の青年とその隣にいる中年の派手な女。


「豊臣秀頼と母の淀君と言ったか。

来た時は、徳川を滅ぼしてやると勢いよく言っていたが、所詮は凡人よ。


まあ、朕の手下の南朝勢も大抵は消えてしまったが。

朕の子孫の南朝皇統も、義貞や親房もすぐに去ってしまった。

護良はまだおるかな?」


後醍醐帝がカンラカンラと笑う。


「朕もおるぞ。

隠岐に流され、死ぬまで京に戻されなかった恨みは忘れん」


「後鳥羽よ、そなたは隠岐で死んだが、朕はそこから北条の奴輩を倒して京に戻ってきた。

どちらが優れているかは明らかだな」


「三年と保たずに足利に京都を追われた奴が大きな顔をするな」


後醍醐帝と後鳥羽帝が口論を始めた。


義央は身が震えた。


(新皇を名乗り、朝敵となって討たれた平将門、戦に敗れ流罪先で魔道に回向し天狗となった崇徳院、政争に負けて流罪先の太宰府で死んで雷神となった菅原道真。奴らは三大怨霊ではないか。


それに加えて、鎌倉幕府に負けて隠岐で死んだ後鳥羽帝に、吉野で死んだ後醍醐帝。

なんと恐ろしい面々か!


いや、今のわしに恐れるものはない。

この方々に力を貸してもらえればわしの恨みを晴らすこともできる)


義央はいきなり上座に座る人達に頭を擦り付けて願いをする。


「お願いでございます。

何卒、わしの復讐に力をお貸しください!

その為であれば我が身をどのようにしていただいても構いません」


「はっはっは

よかろう、ならば必ずしもその恨みを晴らして来い。

わしらを楽しませることができなければ、ここで永遠に下僕として召し使うぞ。


おい、晴明、時を巻き戻す呪でこいつを現世に返してやれ」


将門はそう言った後、後ろに立っていた優男に目配せする。


「はいはい、人使いが荒いですね。

時を巻き戻すのは大変な呪力がいるのですよ。

まあ、お言葉のようにしますが」


優男は義央の隣に寄り添い、身体の中をジロジロと見る。


「これだけ恨みが蓄積していれば、記憶を失うこともあるまい」


その独り言に胡乱な表情を浮かべる義央に向かって、女と見間違うような美男ぶりで笑いかけた。


「我が名は安倍晴明。

不運にもこの方々と縁を持ってしまい、ここで使われている。

そなたを無事に元禄という時代に戻すことは可能だが、魂が強くなければ記憶を失ってしまうのだ。

そうならないよう、恨みを強く思いだしておくがよい」


晴明が呪を唱えようとした時、将門が、待て!と言う。


「こやつ、恨みがあっても戦もしたことがない青瓢箪。

助っ人をつけてやろう。

幸いにもお前にも縁がある男だ。

師直、来い!」


下座で酒を飲んで女と戯れていた、見るからに百戦錬磨の武将という男が走り来る。


「こいつは高師直。

知っているだろうが、戦も謀略もお手のものだ。

一族を皆殺しにされた恨みを晴らすためにここにいるが、お前に貸してやろう。


歌舞伎では師直と呼ばれていることだし、よいコンビだ」


紹介された男は義央に頭を下げる。


「一門の名族、吉良殿の手助けとは光栄なり。

相手は新田一族の徳川の末裔とか。

足利の宿敵、ワシの手腕で滅亡させてやろう」


「では、よろしいな」


どこにどんな形で飛ばされるのか、師直はどう手助けしてくれるのか、聞きたいことはたくさんあったが、晴明はさっさと呪を唱え始めた。


「待て、聞きたいことが・・」

義央は師直とともに渦の中に吸い込まれ、その声はかき消された。








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