第2話



北瀬きたせ

 正座する金髪儚げ美青年の前に、仁王立ちするのは黒髪ポニテの小柄な女性。彼の上司、南方みなみかただ。いつもは快活に、豪快に、にこにこ笑っていることの方が多いのだが、今回ばかりはご立腹の様相である。

「今回の公用車破壊、前回から何日しか経ってないか、分かってるわね?」

「――二日、です……」

 切れ長の青い瞳をちろりと明後日の方に流して逃げ、北瀬がささやく。南方の溜息に、彼のうしろで相棒の黒髪青年が頭を抱えた。


 南方の言った公用車は警察車両。彼らは、警察省けいさつしょう 刑事捜査局けいじそうさきょく 非違検察課ひいけんさつか 捜査一班――つまりは、警察官なのだ。

 警察省は、東京府に拠点を置く国の警察機関。その中でも北瀬たちが所属する非違検察課は、全国各地を飛び回る実働捜査部隊だ。それはもう、警察車両もがんがん乗り回し、犯人逮捕に駆け回る。とはいえ――二日も明けずに二台も車を破壊する捜査は、認められるわけにはいかなかった。


那世なせを信じて突っ込みました」

「俺を生贄に捧げるな」

「助手席にいた那世がものすごいハンドルの切り方して崖から落ちる前にぎりぎり止めたから、車両大破じゃなくボンネット潰れた程度で済んだのは分かってるのよ。問題は、そうなった追跡方法よ。元気に車道を爆走して、バイク追いかけた捜査官がいたって聞いてるのよ」

「あ~、それはたぶん俺ですね」

「たぶんもくそも、そんな破壊活動系捜査官、あんたしかいないのよ」

「自認を誤魔化すな。自律性バズーカー砲が」

「せめてもうちょっとマイルドにけなしてもらえません?」


 困ったように傾げた首から、さらりと金色の髪が滑り落ちた。白いうなじにするりと流れる月明かりのような髪。曖昧に浮かべた笑みのあわいも朧に揺れる春霞のようで――よもや走行する車の運転席から勢いよく飛び降り、道路を爆走し、走るバイクを叩き蹴って止めた男とは思えない繊細さがある。


「まったくね……。車もそうだけど、大丈夫だからってあんまり無茶はしないでほしいの」

 南方は、見た目に似合わぬ大暴れっぷりを繰り広げた部下に、深くため息をついた。


 彼ら非違検察課の担当する案件は、特殊なものだ。〈あやかし〉――そう呼ばれる、異能を持つ者たちが起こした事件を解決するのが仕事なのである。

 〈あやかし〉とは、大昔この世にいた人とは異なる種族――〈妖〉と、人間が交わった末の者たちの総称だ。

 昔いた〈妖〉という種族は、人よりも強く、人の及びもしない不可思議な能力を有したが、増える力が人より弱かった。そのため〈妖〉は種として存亡の危機に立たされ、人と交わる道を選んだのだ。

 そうしていまの世の中には、ただの人間と、〈妖〉との混血の〈あやかし〉が存在するようになった。


 〈あやかし〉は先祖の血を引いているので、弱まっているとはいえ異能と呼ぶ不思議な力が使えたり、身体がひどく丈夫だったりする。ただしその力は、人間のパートナーを得ないと引き出せないようになっていた。〈あやかし〉は、波長の合う人間の契約者を得ることで、初めて自分の能力が使えるようになるのだ。

 北瀬と那世は、まさしくその契約者と〈あやかし〉のバディとして、非違検察課で日々事件を追いかけているのである。北瀬は異能の力によって、身体能力が格段に高くなり、身体も鋼のように強くなるので、走る車から飛び降りも出来れば、走ってバイクに追いついて蹴り飛ばすこともできてしまうのだ。彼は、銃弾だって元気に拳で弾き返す。

 そしてその元気さゆえ――犯人逮捕と引き換えに、今回警察車両がおじゃんになってしまったのだ。二日とおかず、二台も。


「北瀬も那世も無事だったし、犯人も無傷で捕まえたし、正直、今回の状況を総合的に勘案するといたしかなかった面があるのも認めるわ。でも、始末書は書いてもらうし、あと――事務の方がだいぶお怒りだから、そこは自分でちゃんと詫び入れてきなさい」

「あ~……俺もう完全にブラックリスト入りしてるんで、事務の皆さんに合わせる顔がないっていうか……」

 後処理に追われる事務職員にとって、備品を壊しまくる北瀬は疫病神なのである。

「もはやこの顔で微笑んでも微塵も許されないんだよね……」

「むしろ許された時期があっただけ、その顔に生んでくれた天と両親に感謝しろ」

 もごもご気まずげにぼやく北瀬を、冷たく那世が後ろから正論で殴る。


 『黙って動かなければ絶世の薄幸系美青年』――それが課内の北瀬の評価である。つまり、活動した時点ですべて駄目、ということだ。動きさえしなければ、病床で散りゆく落ち葉を見つめていそうな美しく儚い男なのだが、動いたとたんに荒ぶるマウンテンゴリラかツキノワグマか、という惨状になる。


「今回、あんたの壊した公用車処理、二台とも担当してくれてる古島さん、無類のチョコレート好きらしいわよ」

 謝罪方法に頭を悩ます部下に、南方は肩をすくめて助言を落としてやった。

「ついでに、私の分もよろしくね」

 そう申し添えるのを忘れることなく。


 そうしたわけで、北瀬はチョコレート催事場に足を運ぶことになったのである。元々ひとりで行く算段を立てていた、底なしの甘いもの好きの相棒とともに。




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