Bonne Saint Valentin
かける
第1話
それは華やかに目を引いた。
バレンタインの催事場。女性客の比率が多いそこで、男性のふたり連れはどうしても目立つ。それも見目麗しいとなれば、視線が追いかけてしまうのも致し方ない。
ふたりともすらりと背の高い青年で、並んだ先の店から渡されたチョコの一覧を一緒に覗き込み、なにやら仲睦まじげに話し合っていた。
片方は肩口までの金色の髪に、切れ長な青い瞳。着こなしの難しそうな白のコートがモデルのように様になっている。凛と整った顔立ちの透きとおる美しさと白い肌があいまって、淡雪のように儚げな雰囲気を纏っていた。よくよく見れば華奢というわけでもないのだが、浮かべた柔らかな微笑みとともに溶け消えそうだ。
一方もうひとりの青年は、さきほどからぴくりとも表情が動かない。短く切り揃えられた漆のようにさらりと艶やかな黒髪と、端正な顔立ち。怜悧な黒い瞳は鋭く、どこか
どちらにせよ、ふたりの並んでいる姿は眼福だった。思わぬ目の保養だと、並ぶ先で待ち構える店員は、しまりなく緩みそうになる唇を必死で営業用の笑顔に取り繕った。
彼らの順番が、徐々に近づいてくる。どんなチョコを頼むのだろう。そもそも誰のために並んでいるのだろう。貰うチョコには困らなそうなあの二人が。店員の彼女の妄想は、ふたりの青年ゆえに無限に羽ばたいていく。
が、それを打ち砕いたのもまた、目の前に来た彼らだった。
「ケースの商品、すべて一点ずつ。自宅用で」
「本気でそんなブレーキ知らない馬鹿の買い物すんの?」
低く涼やかな声音が迷いなく言い切ったかと思うと、脇から柔らかな声がひどく呆れた物言いで突っ込んできた。『思ったより儚げ美青年、言葉が乱暴だな?』『いや、それよりも黒髪クール、いま、全部自宅用って言った?』――と、そんな混乱が営業スマイルの下に押し寄せているとも露知らず、金糸の青年が一番高いボックスチョコを示す。
「俺はこれひとつ。贈り物用で」
「ふたつだろ。お前の詫び先は」
「くそっ……あの時車をぶっ壊しさえしなければ、こんな手痛い出費しなくて済んだのに……」
悔しげに頭を抱え、やっぱりふたつで、と頼み直す青年の言葉を彼女は危うく取りこぼすところだった。車ぶっ壊した、が耳に残り過ぎたのだ。
(あっれ~? 思ったよりこの儚げ美青年、わんぱくさんなのかな~?)
並んだ先にいた姿を眺めていた時と、一瞬にしてずいぶん印象が変わってきた。
彼女の知る由もないことだが、彼らが連れ立って今日この催事場に来ることになった理由は、二日前に遡る――。
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