7話 形代の使い方

「面白い性能?」


 俺が首を傾げると、片桐さんはどこからともなくジャララと音を立てて鎖を取りだした。


「例えばこれは我の形代。名を虚鎖きょさつみという。こいつの能力は際限なく伸び、意志に従い自由に動き回るだけなのだが、それだけではもちろん妖など倒せるわけが無い。ただの鎖ならきっと引きちぎられて終わるだろう。妖は人より遥かに強い存在だ。そんな妖を狩る我々妖狩は、強者でなければならない。故に、形代には使用者を強者たらしめるだけの力があるのだ。こんな風になッ!」


 そう言い放つが早いか、それとも鎖を振るうが早いか。鎖が絡み合う音がしたかと思えば、突然教卓が木っ端微塵に吹き飛んでしまった。


「強度に関して言えば、コイツはただの鎖であり、我の肉体も普通の人間に等しい。にも関わらず、我の持つ正義感に反応しこの鎖は強くなったのだ。それが形代の持つ特性だ。形代の持つ面白い性能、それは人間の持つ、真っ直ぐで純粋な善意に反応して破壊力を増すということだ」


「まじっすか……ただの鎖で……この威力」


 跡形もなく無惨な姿に成り果てた木の欠片を拾い、俺はゴクリと生唾を飲んだ。巨大なハンマーで強く叩いたとて、こんな割れ方はしないだろう。


「形代を使えば、使用者は罪に汚れていく。形代は使用者を怪我したいと思えば思うほど強くなり、使用者に罪の意識を植え付けようとする。うーん、説明が難しいな。まぁつまり、センス次第ということだな」


「センス……? もう少し詳しく説明してくださいっす」


 俺がそう頼み込むと、彼は少し驚いた表情を見せた。今の説明で満足したとでも思っているのだろうか。俺に大事なことを説明すると言っておきながら、蓋を開けてみればあまりにもざっくりとした解説。これで理解しろというのは不可能だ。

 そんな俺の気もよそに、彼はひとつ咳払いをしてから再び解説し始めた。


「形代は……そうだな、生きているんだよ」


 なんだって?


「形代って、武器のことっすよね……? 生きている?」


 何かの比喩表現だろうか。それとも、本当に命があるのだろうか。いやいや、まさか武器が生きているだなんて……有り得るはずがない。なんて考えたが、ふと、心臓グロックのことを思い出した。あれは確かに、生きているようだった。何せドクンドクンと鼓動が鳴っていたのだから。


 疑問が頭にいっぱい浮かんでいる俺を察したのか、片桐さんは鎖を俺の方まで伸ばしてきた。よく見れば、鎖には血管が通っている。


「うぇ……」


 気持ちが悪い。


「ほら、まるで生きているみたいだろう?」


「そう……ですね。ちょっと気持ち悪いです」


 鎖は俺の言葉に傷ついたかのように、しゅんっと鎌首を俯かせた。


「ははは、気持ち悪いか。それもそうだな。まぁ、こんな感じで、形代と呼ばれている武器はただの道具ではないのだよ。我々は自分と相性のいい形代を用いて妖を狩る。形代は、使い手のことを見定めて強さを発揮する。そういうものだと思ってくれ」


「使い手によっては、形代も弱くなるってことですか?」


「そういうことだ。形代は使用者を選ぶ権利がある。適合率が高ければその分形代も強くなる。しかし、相性が悪ければ通常の武器よりも弱くなるのが形代だ。そして大事なことがもう一つ」


 片桐さんはグイっと顔を近づけると、俺の目を見てハッキリと言い放った。


「君のように戒律を持ってしまった咎人は、基本的に形代から嫌われる。嫌われてしまえば、形代は言うことを聞いてくれなくなる」


 俺は手に握る形代、増長刀を見つめた。


「つまり俺は、この刀を惚れさせなきゃならないんすね」


 どうやって形代を満足させればいいのかは分からない。でも、まるで俺のことを試すかのようにニンマリ微笑む片桐さんを前に、俺も引き下がることはできなかった。


「君に、できるかな?」


 そう言って微笑んだ片桐さんに、俺は当然ですよと胸を張る。俺にできないことなんて無いんすから。そう付け足して。そんな昨晩の出来事を思い返しながら、俺は熱不知の攻撃を回避する。背後で火柱が吹き上がった。


 あの時俺は、ドヤ顔で増長刀を握りしめた。でも、実際戦闘をしてみて分かったことがある。そもそも鋭利さが足りていない。鱗に傷一つ付けられないのだから。


「畜生、刃が通らないんじゃ意味ねぇじゃん!」


 これは俺が形代を満足させてあげられていないからなのだろうか。それとも、増長刀の能力を引き出してですらこの程度なのだろうか。内心沸き上がるイライラとした感情を押し殺しつつ、熱不知の攻撃を辛うじて回避。熱不知はどうやら俺の事を邪魔者として認識したらしい。彼の退屈な生活を邪魔した罰なのだろうか、連続的に灼熱ブレスを吐いてくるから、常に走り続けなきゃならない。


 三つの瞳が執拗に俺の事を追いかけている。首長竜も表情豊かだ。鬱陶しいと言いたげに顔面が歪んでいる。


 このまま熱不知の攻撃を回避しつつ、こちらがダメージを与えるチャンスを伺いたいところだが……。


「しまった!」


 走るのに必死で気づかなかった。目の前が火の海になっている。いや、取り囲まれたみたいだ。


「まさかっ!」


 慌てて熱不知を見上げた瞬間、絶望が胸の内側に湧き出した。直接顔面から、灼熱のブレスに当たってしまったのだ。


 ゴホッゴホッグボボガボッ、痛みより先に熱が体を包み込む。息ができない。喉が焼けたらしい。見えない攻撃を回避し続けることは不可能に近しい。俺の内蔵がギュウッと締まり、脳が痛みを認知する。あまりの激痛に叫び声を上げたくとも、もう喉は潰れて声は出なかった。


 死にたくない……ッ! かろうじて動く右手で、だらんと力無く垂れ下がる左手に触れた。黒く焼け爛れた手がパチンッ、音を鳴らすと同時に記憶が過去へ流れ込む。


「コイツ、ずる賢さもあるのかよ!」


 急ブレーキと同時に、左側へ跳躍する。見れば霞ヶ浦水面付近の植物はほとんど火に包まれていた。この戦いで一体どれだけの野生生物が犠牲になったことだろうか。


 いや、今は周りのことなど気にしている暇なんかない。回避出来たということは、すなわちチャンスだ。そのまま勢いに任せて上体を捻った。腰から腕にかけて力が伝わり、遠心力を帯びた切っ先が巨大怪獣の首元を狙う。


 ふと、今朝冴真と行ったやり取りが脳裏を過った。


「刀の使い方、知ってるんですか?」


「は?」


「刀を持つの、初めてですよね? あなたの経歴はそれなりに調べさせてもらいましたが、小中高と部活には入っておらず、スポーツ経験は無し。そんな男が、刀なんて扱えるんですか?」


「馬鹿にすんなよ、刀くらい使えるに決まってんだろ」


「そうですか。まぁ、使い方教えてほしいって言われても断るつもりでしたが」


 ならわざわざ聞くんじゃねえよ。長物の扱い方なんてのは小学生の頃から知ってるんだ。刀だろうが薙刀だろうが、実質バットみたいなもんだろう。当たれば俺の勝ち。この伸びる刃を当てる方法なら知っている。野球のバットを振る要領でいいはずだ。左足を前に出し、全力で身体を捻じる。遅れて腕がスイングされ、遠心力が乗った剣先は凄まじい勢いで長くなる。そら見たことか。これがこいつの使い方だッ!

 ブオンッ、と風を斬る音がした。今までで一番勢いづいた一撃。全体重を乗せた攻撃、長さは体感で三メートル近くまで到達した。しかし、直後に響くのは鱗に弾かれた金属音。


 ジィィンッ、右手が痙攣し、痛みのあまり形代を落としてしまう。


「……クソッ!」


 遠くで、冴真が「やっぱりダメじゃないですか」と呟く声が聞こえる。うるさい、俺は悪くない。この刀が使い物にならないだけだ。


 俺は慌てて刀を拾おうと手を伸ばした。走るのをやめて、武器を手にする。それが、完全に隙だった。慌てる俺を覗き込むように熱不知が口を開く。

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