4話 警察庁対秘匿存在局妖狩課
「――ふむ、困った子だ」
俺は冴真の体を即座に確認した。やはり、彼の全身を細かな鎖が包みこんでいる。
「どうした、撃たないのかい?」
男は俺にゆっくりと歩み寄る。
「それとも、一度……いや、二度かな。未来を確認してきたのだろう?」
俺の眼前まで歩み寄ってくれたおかげで、ようやく男の表情が見て取れた。彼はニタリとした笑みを顔に張り付けたまま、歯を見せて言葉を放つ。
「狂犬病のネコみたいだ。そんな顔をしなくとも、君を取って食ったりはしないさ」
「うるさい、黙れ」
俺は吐き捨てるように言い放った。もうどうしたらいいのか分からない。万策尽きたとはこのことだ。
「ふむ。そうつっけんどんにされると困ってしまうな」
「日本には銃刀法っていう立派な法律があるんだよ。銃を持ってる連中の言葉なんか信用できるかよ」
「まぁまぁ、落ち着いてくれ。君の負けということで、話を聞いてくれないかな?」
相も変わらずさわやかな笑みを浮かべる男に、俺は憎悪が止まらない。どうにかコイツをぎゃふんと言わせてやりたい。
コイツの能力は恐らく鎖を操る能力。そしてどうやら、弾丸を弾くほどの強固さを持ち合わせているらしい。俺になすすべはなさそうだ。逃げようにも、闇から突然現れる鎖を避ける術はない。言わば、詰みだ。
しばらく考えてみても、この状況を突破する案は思い至らなかった。
「ほら、我は君を攻撃するつもりはない。柴崎のことも許してくれないだろうか」
それは嫌だ。だが、これ以上平行線のままというのも良くはないだろう。
「分かったっす。俺の負け。で、話ってなんすか」
男は再び豪快な笑い声と共に、短く刈り揃えられた頭をポリポリと掻いた。
「素直な子は好きだぞ。それに反骨精神も育っているようだ。その上冷静に状況を判断できる知性も持ち合わせている。やはり君が欲しい」
「キモイんすけど」
「改めて名乗らせてもらおうか。その前に、銃を」
男は大きな手のひらを俺に向けて差し出す。見れば、彼の手首には太い鎖が幾重にも巻き付いていた。どうやらこれを操っていたらしい。どういう能力なのかは分からないが、今の俺に太刀打ちできる相手ではなさそうだ。
俺は素直に銃を男へ手渡した。そこではじめて気づいたのだが、先ほどから感じていた妙な鼓動は俺の心臓ではなかったらしい。銃のグリップ部分には、拳サイズの心臓が縫い付けてあったのだ。そいつが今も、ドクンドクンと音を立てている。それを見て初めて、自分の右腕がヌメヌメとした感触に侵されていると気づいた。ゾッとする。先ほどまであんな気味の悪いものを握っていたのかと思うと、背筋が凍る。
「初めてコイツを握ったにしては、よく冷静でいられたな。素質があるよ、本当に。殺人衝動に駆られてはいないかい?」
男は銃を受け取ると、さも汚いものを扱うかのように指でつまんでポケットにしまった。
「殺人衝動……」
俺は先ほど自分の体に起こった不思議な感覚を思い出した。まるで右手が自分のものでなくなってしまったかのような感覚。心臓を狙えと、誰かが囁いていたようにすら思う。そういえば、激しく鳴り響いていた鼓動の音は、右手から聞こえた気がした。それらを思い出して、冷や汗が噴き出る。
「本当に素質があるな君は。先ほど君が握った銃は『増殖グロック』という名の形代だ。詳しいことはまたいずれ説明するが、階級が信もある。素人が握ればそれなりの傲慢に支配され、精神力を消費するんだよ。本当に、大丈夫かい?」
「大丈夫……っす」
俺は右手を数回握っては開いて、感覚を確かめた。大丈夫そうだ。ちゃんと俺の体は正常に動いてくれる。殺人衝動にも駆られてはいない。俺は俺のままだ、そう自己暗示してから、顔を挙げた。男は俺の表情を見て満足げに頷き、それから名乗りだす。
「我の名は
彼の言葉に、俺は頷く。名前が長くて何を言っているのかよく分からなかった。だが、警察庁と言ったか? 名前をそのまま信じるのであれば、ヤクザやテロリストでは無さそうだが。片桐隼人は証拠だと言いたげに胸ポケットから警察手帳を取り出して見せた。
「それがどうして俺の命を狙ったんすか……?」
俺の怒りを察したのか、片桐隼人と名乗った男は心底申し訳なさそうに眉を下げた。
「いや、それに関してはこちらの伝達ミスだ。本当に申し訳ない。君を危険にさらすつもりは無かったのだ。これに関しては、柴崎君、後で分かっているよね?」
「……だってこいつ弱いし」
柴崎冴真はプイっとそっぽを向いた。
「片桐さん、こいつ殴って良いっすか」
「あぁ、構わないよ。今ちょうど鎖を解除したところだ」
思いっきり鼻っぱしを殴ってやった。
「ぐぎぃ」
「柴崎君、その程度で済んだんだ、牧氏時光君に感謝しなさい」
「……ありがとう、ございます」
鼻頭を押さえ、不服ながらに礼を言う柴崎冴真を見て、俺の心がほんの少しすっきりした。
「さて、改めてだが。我々としては、君をスカウトしたかった。ところが、普段の我々は君のような咎人を始末するのが仕事でね」
「その咎人って何なんすか」
「君のような、特殊な力を持つ人々のことさ」
そう言われ、俺は自らの両手を見つめた。俺はあのクリスマス以降、手を叩くことが禁じられている。手を合わせるに至る時間全てが否定され、六秒の時を戻されてしまう。そして七秒間、まるで磁石のように両手が反発するのだ。
「この力を持っている人間を始末するのが、あんたらの仕事なんすね?」
「まぁ、それも仕事に含まれている。もちろん、それだけじゃない。我々の世界に仇を成す妖を狩る。それが我々の真の仕事だ」
「妖を狩る……?」
男は胸にあるエンブレムを人差し指で刺した。そこには漢字で妖狩と書かれた紋章が刻まれている。
「妖、または秘匿存在。この世界に存在してはならないモノを、我々は駆除するのが仕事だ。例えば君のような
「戒律……?」
「特殊な能力のことさ。何か過ちを犯したとき、神は二種類の罰を与える。一つは妖。災害に近しい罰だ。この罰は罪が発生した土地に染みつき、人に対し仇を成す。一方で君のような戒律は言わば呪いだ。二度と罪を犯すことができないよう、特異的な能力を授ける。それはトラウマを刺激するものだったり、罪を邪魔するものだったりと千差万別だが。たいていの場合咎人は自らの戒律を用いて新たな罪を犯す。それを食い止めるのが我々の仕事というわけだ」
神が罰を与えると男は言った。この科学が発展した時代にだ。令和の日本でだ。警察を名乗る男が、神だの罰だのと宗教染みたことを言っている。しかし、俺の戒律……? この不思議な力だって科学で解明することはできない気がする。俺の知らない世界が、この地球には隠されているのだろうか。
「理解できていないといった顔だな。まぁ、詳しい説明は君が我々の組織に入職してから話すとしよう。ところで、我は返事を待っているのだが……?」
俺は小さく頷いた。もう何が何だか分からない。だが、彼に従うより外に道はないと見えた。戦ったところで、鎖を操る戒律をどうにかできるとは思えない。今ようやく冷静になって気づいたが、こいつらは組織で俺を襲いに来たんだ。もし仮に今逃げ切れたとしても、明日どうなるのかすら想像ができない。今はおとなしくついていく方が賢い選択に思えた。
「賢明な判断で助かるよ。これで、君の家族に手を出さずに済んだ」
どうやら、無駄な抵抗をしようものなら、俺はもっと深い後悔に押しつぶされていたらしい。
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