第6話
~中立コロニーグレタの宇宙船用港内~
生体宇宙船サンゴウは、武装封印をされることもなく、グレタ宇宙港の五百メートル級用のバースで係留中の待機状態を保っていた。
ジンはロウジュパパこと、ベータシア伯爵との通信を終え、ベータワンの曳航についてサンゴウと話し合う時間を過ごす。
伯爵側からは、「現時点では、引き渡されれば問題ない」との話であったので、グレタ出港時からの監視用艦船の同伴を申し付けられることもなかった。
よって、現時点での第一候補案としては、まず、サンゴウが適当な小惑星帯にでも突っ込む方法。
そうやって人目に付かない状況を作り出してから、ジンが収納空間からベータワンを取り出して、サンゴウで曳航する。
この件に関しては、真剣に考えるのが馬鹿馬鹿しいこともあって、なんともガバガバな計画を立てた時点で一旦終了とした。
どのみち、計画を実行に移すのはまだ少々先の話になる。
そのため、ジンとしては、「まぁまだ時間はある。時間が経てば、何か良い方法を思いつくかもしれんしな!」と開き直ったのが実情なのは些細なことなのである。
「艦長。ロウジュさまから『艦長さんと対面での、二人だけでのお話がしたい』との申請が出されています。どうされますか?」
「いや、『どうされますか?』もなにも。俺に答えを確認するまでもないだろ、それは。そこで『断る』って言うのはヤバくない? もちろん『断りたい』とかは全然ないけどな! むしろロウジュさんとなら、『全力で、ずっとお話をしていたい』まであるけどな!」
「ですよね。艦長はエルフの美人さんが大好きですものね。では、面談開始をいつにしましょう?」
この時のサンゴウは、ジンに対して暗に、「実は艦長のその対応って、長姉のロウジュさま限定ではなく、同じく美人エルフの次姉や三姉が相手でも同じでしょう?」という意味を込めていたりするのだが。
このような分野の鈍感力が高いジンは、気づきもしない。
結果としてスルーしてしまったので、何も問題とはならないのだった。
「俺はいつでも大丈夫だから。ロウジュさんに、自分の都合の良い時間を設定してもらってくれ。あ、場所は俺の私室じゃ不味いよな? 俺の私室の横にでも談話室的な個室を作ってもらって良いか? そこにロウジュさんを案内してもらうってことで。そんな感じで頼めるか?」
「了解しました。ではそのように」
先行して下船したジルファの検疫的な検査結果と、隔離しての経過観察の結果次第の部分はあるものの。
早ければ、もうロウジュたちとのお別れまでの残り時間は、一日を切っている。
これまでにはなかった、生身同士で直接会う条件下での面談を、ロウジュが自ら申請してきたその理由について、全く何も思い当たらないジン。
少し前までは、ファンタジー世界で魔王を倒すための勇者をしていたはずの男。
そんな男は思考、いや、妄想の海に沈むのであった。
「(このタイミングで『二人だけで』って何の話なのだろう? もしかして告白? 告白なのか? 俺、何かのフラグ立てたっけ?)」
ロウジュからの想定外も甚だしい申請で ジンは己に都合の良い妄想を膨らませてしまい、浮足立っている。
至極当然のことながら、そんなニヤケ面を晒しまくりの超絶妄想男に対して、「安心しろジンよ! そんなフラグは立ってないぞ!」という残酷な真実を突き付ける存在など、側にはいない。
それは、この時のジンにとっての救いだったのかもしれない。
しばしの時が流れ、ロウジュが指定した時間の十分前となる。
ジンは既に、サンゴウがイイ感じにセッティングした個室にて、ロウジュの来訪を待っていた。
圧迫感を感じない、さりとて部屋が広過ぎて、用意されているテーブルとイスを使用した時に会話相手との距離を感じるほどでもない。
そんな絶妙な談話室的空間に足りないのは、強いて言えば「目を楽しませる装飾品的なモノ」であろうか?
もっとも、ロウジュは貴族が所有しているわけではない一人乗りの宇宙船に、そのようなモノまでを求めるような、頭の足りない女性ではない。
よって、その部分は全く問題にならないのだった。
片やジンは、「強いて言えば」の高次元のレベルでの足りないモノについては、気づくような経験値的なモノがまるで足りていない。
故に、今の状況下だと「何も指摘できなくても仕方がない」と言える。
サンゴウに至っては、「二人の間の話や雰囲気次第で、適当に必要そうなものを随時追加すればそれで良し」と考えているだけである。
尚、サンゴウが操る給仕役も兼ねる子機は部屋の片隅に控えており、保温機能付きの湯飲みに注がれているお茶とお茶受けとなる菓子はテーブルの上に鎮座していた。
サンゴウ的には、準備は万端なのだった。
ロウジュの来訪まで、残りは十分に満たない時間ではあるものの、その間は特にやることがない手持無沙汰のジン。
表現的には「議題」とまで言うと大げさだろうが、膝を突き合わせてのお話する事態なのにその中身については事前に知らされていないのだ。
今のジンは、その点を考えることができない以上、他のことに思考を向けるしかない。
ジンは室内、特にテーブルの上を中心に視線を彷徨わせながら、「ベータワンの引き渡しが終わったらどこでどう生活して行こうか?」を考えていた。
特に目的があるわけでもなく、サンゴウでずっと生活するのであれば、小惑星や彗星、デブリ、恒星のエネルギーなどといったものが調達できれば、完全に自給自足の生活が成立してしまうので、お金すらも必要ない。
加えて、ジンの収納空間の中には、勇者をしていた時の物資が山のように入っており、使っても使ってもあっという間に回復する魔力がある。
そのおかげで、魔法が使い放題であるから、近場に何もない宇宙空間に生身のまま放り出されたとしても、シールド魔法さえ維持できれば生きて行けるのだ。
収納空間の中にため込んである飲食用の品々はあり余っており、ジンが自分一人でそれらを消費して行くならば、万年単位の時を経ても全てを消費し尽くすことは不可能かもしれないレベル。
それらがなくとも、魔力さえあればジンは魔法で水をいくらでも作り出せる。
また、極限状態に追い込まれでもしない限りは絶対にやらないが、食肉に限定すれば、自身の手足を切り落としてそれ食料とし、欠損部分は回復魔法で修復するなんて無茶も、やる気になりさえすればできてしまう。
魔力さえあれば、魔法でできないことは少ない。
そして、その魔力は、今のジンの場合『瞬時回復』が可能なのである。
ルーブル帝国でぼっち勇者生活を強いられたが故に、習得せざるを得なかった様々な魔法がジンにはある。
魔王討伐を果たしたのに感謝すらされず、洒落にならない「違う世界への追放」という酷い目に遭いはしたものの、生き残る術に関しては最高の能力を持つに至ったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
ジンがサンゴウに出会った時空間へ飛ばされる寸前に、神と思しき何かから融合された魔力を無限に生みだす『龍脈の元』とは、それほどまでに凄まじいモノであり、まさに破格の品であった。
少々話が脱線しているので、本筋へと戻そう。
とにもかくにもロウジュ待ちで暇なジンは、考える。
「(今抱えている案件を片付けたら、暇つぶしも兼ねて、輸送で商売とか傭兵でもやるかなぁ? でもなぁ、お金を稼ぐにしても。『稼いでそれをどうするの?』ということになるよなぁ。『気ままに楽しく生きる』だけじゃなくて。何かこう、もっと明確な長期目標、目的が欲しいよなぁ)」
手持無沙汰に任せて、思考するのが捗るジンだった。
目標がなければ、金を稼ぐだけの生活だと無味乾燥なものとなりそうではある。
世の中には「預金通帳の金額の残高が、増えること自体が楽しい」という人間も、いるにはいるであろう。
けれども、ジンはそういうタイプではないのであった。
そうこうしているうちに、ジンは重大な寂しい現実に気づく。
思考回路がぼっち前提の今後の人生設計となっているのだ。
まぁ、厳密に言えば、「現状はサンゴウと共に行動しているのでぼっちではない」と強弁することは可能なのだけれども。
彼女を作って。
結婚をして。
子供を持つ暖かい家庭に恵まれて。
本来なら男として、あっても良いはずの方向性の思考を微塵もしていないことに、ジンは気づいてしまったのだった。
「よし! まずは彼女を作ろう! というか、嫁が欲しい! 二次元じゃなく三次元で限定で。コレ絶対!」
そう独り言を思わず口に出したところへ、なんとも良いタイミングで談話室の扉を開き、ロウジュが入って来る。
他者に聞かれてはならないであろう発言を、ジンはロウジュにガッツリ聞かれてしまった。
さすが残念勇者。
その称号に偽りなし。
面目躍如である。
「えっと。その。ジン艦長?」
顔を真っ赤にしたロウジュ。
美人のエルフ女性は、「私はこの状況で、どうしたら良いの?」となっており、困惑した表情を浮かべる。
ロウジュは、開いた扉から少し歩を進めて入室した状態で、立ち尽くしていた。
ジンはジンでやらかしてテンパってはいるものの。
それでも、なんとか口を動かすことには成功する。
「とりあえず席へどうぞ。座ってください」
最低限必要な言葉を絞り出すことに、ジンは成功したのだった。
テンパったジンは、続いて働かない頭に鞭を打ち、なんとかかんとか思考を回す。
そうして二つの案が捻りだされた。
第一案は、『なんとか、なかったことにしよう作戦』である。
第二案は、『『俺、何か言ってましたっけ?』のすっとぼけ作戦』である。
そのような作戦は、上手く行くはずがないのだが。
そこに理解が及ばないのが、ジンが残念勇者足り得る部分であろう。
「あ。はい。では失礼します」
ロウジュが音を立てることなくイスを引き、ジンの対面の席に着く。
伯爵令嬢だからなのか?
それとも、エルフだからなのか?
そのあたりは定かではないのだが、ジンの目から見るとロウジュの所作の流れがとても美しく感じられる。
つまるところ、ロウジュには自然に溢れ出る華があり、全身から滲み出るような品があるのだ。
幸運にも、そうした部分に目を奪われたことで、ジンは冷静さを少し取り戻せた。
残念勇者にも、まだツキは残っていたのかもしれない。
「この度は、私のためにお時間を作っていただき、ありがとうございます」
ジンが若干落ち着いたのを雰囲気で感じ取ったロウジュは、そう切り出した。
「いや。特に急ぎでやることもなく暇なのでね。何も問題はないよ。むしろ『直接会って話ができるのが嬉しい』まである」
「そうだったのですか? それなら良かったです。私も艦長とお話ができて嬉しいですよ?」
「(ぐはっ! 『お話ができて嬉しい』とか! 言われたら勘違いしてしまうやろ! 惚れてしまうまであるやろ、これは!)」
ジンの心の中は完全にヤバイことになっている。
だが、なんとか表情と態度は、ロウジュにバレないレベルで取り繕うことに成功するジンなのだった。
「こちらの中立コロニー、『グレタへ私たちが来るべき理由』というのを、これまでにお話していなくて。その理由に関連するのですけれども、三人のうち二人は用事が済み次第ベータシア星系に戻るのです。ですが、帰りにも使うはずであったベータワンは失われました。艦長はこの先、ベータワンの曳航でベータシア星系へ向かわれますよね? そこに同行する形で、二人をこのサンゴウに乗船させていただきたいのです」
「ふむ。その話だと、『戻る二人が確定するのに必要になる時間』というか、『期間』にもよるな。乗船させて同行させること自体に、問題はない」
「でしたら」
「まぁまぁ、落ち着いて。話はまだ終わってない」
「はい」
「ベータワンを曳航して持って行くのに、『期限』というものが当然ある。それに、この港に留まり続ければ係留費用がドンドンかさむ。ただ、貴女の御父上からは結構な金額をいただくことになっているし、『物資の買い付けや補給作業』といった時間は当然必要になる。だから、『無茶なほど係留日程が延びる』というような状況でなければ、その件は受けよう。別に『旅客として費用を出してくれ』などといったケチなことも言わんよ」
ロウジュに向けて良いところを見せたいジン。
故に、さらりと依頼を請け負う意思を伝えたのだが、ジンの内心は全くの別物であった、
「(やべぇ! そもそも断りにくい話だし、ロウジュさんに格好をつけたいから勢いで了承したけれど。問題あるよ! とっても問題あるよ! 二人の伯爵令嬢に同行されたら、ベータワンを取りに行く振りだけをして、収納空間からそれを出すのがバレるかも?)」
ロウジュに了承を伝えてしまったが故に、ジンは「そうと決まれば、さてどうしよう?」と、考えていたりする。
本音では「バレてしまうと不味いことがあるのでお断りしたい」のだ。
しかし、だからと言って、同時期に同じ目的地へと行くのに、「別便で行け! 俺は知らんよ!」とはとても言えないのであった。
「ありがとうございます。これまでお世話になりっぱなしで、その上に厚かましいお願いまでしてしまって。本当にすみません」
「いやいや。構わないよ。この先、艦籍やら許可証やらを、貴女の御父上には融通してもらう立場だしな。その程度は全く問題ない。ところで、だ。その、『一人は残って、二人は帰る』って事情。そこを詳しく聞いても良いだろうか?」
「あっ。はい。えっとその、端的に言うと『お見合い』です。お隣の星系の男爵家の子息との」
予想外過ぎるロウジュからの答え。
美人三姉妹の誰かが、お見合いで確実に他人の妻になる。
それが「確定している」という、ジンにとっては悪夢に等しい話。
しかも、彼女の話には引っ掛かる点があるのだ。
「(は? お見合い? 相手は男爵の息子? えっと、俺の記憶に間違いがなければ貴族の序列って伯爵、子爵、男爵の順だよな? 『二つも爵位が下の貴族に嫁入り』っておかしいだろうが。そんなのあり得なくないか?)」
乏しい知識と照らし合わせて、ジンは混乱する。
それでも、「僕が先に好きだったのに」は主張できなくとも、混乱した頭の中はすっきりとさせたい。
故に、ジンはロウジュに問うのであった。
「あー。聞いて良いか? 『二つ下の爵位の貴族家に嫁ぐ』というのは普通のことなのか? それと、さっきの話だと相手が嫡男とは限らないような?」
「いえ。普通のことではありません。それと、お相手は嫡男ですので、その部分だけは大丈夫です」
「そうか。相手が嫡男ならば、そこだけは安心した。しかし、爵位の差。やはり普通じゃないのか」
ジンは、ロウジュの発言の「その部分だけ」の、「だけ」の部分にも強く違和感を覚える。
けれど、気になる部分の一つが解消されたのも事実だ。
そして、ロウジュの話にはまだ続きがあるのがわかるだけに、違和感については一旦保留する。
今は、ロウジュの話を聞くべきなのだから。
「はい。お恥ずかしい話なのですが、ベータシア伯爵家は現在、厳しい状態にあるのです。従来から主力の鉱山惑星としての第十二惑星と、食糧生産惑星としての第十三惑星が、宇宙獣に侵略されまして。その宇宙獣の駆除の見通しが立たず、惑星破壊規模の攻撃を行う形での駆除が検討に入っている段階なのです。現段階で食料と鉱物資源の領内供給、そして輸出による貿易が非常に不味いことになっています。そして今回のお見合い相手の男爵家は、とてもお金持ちなのですよ。支配領域としては男爵相当の、星一つと衛星が八つだけなのですが、希少鉱物の採掘量がギアルファ銀河帝国の中でもトップクラスの生産量を誇るのです」
ロウジュの発言は止まった。
ジンが興味本位で尋ねたことに、彼女は真摯に答えてくれている。
それだけに、ジンもまた真摯に現実へと向き合う気持ちになったのであった。
「(つまりなんだ? 『人身御供で資金援助引き出すための政略結婚』ってか? ってちょっと待て。『そんな状況でもロウジュの御父上は、俺に報酬を支払おう』ってのかよ? ルーブル帝国のバカ王族やアホ貴族どもとは雲泥の差。全然姿勢が違うじゃないか!)」
そんなことを考えてしまったジン。
この段階で、理不尽が大嫌いな、逆に筋を通すことは大好きなジンの怒りボルテージが、徐々に上がって行く。
押し黙ったままのジンに対して、まだ説明していないことがあるのに気づいたロウジュは、更に言葉を紡いだ。
「『政略結婚』というのは、貴族子女の義務でもあります。なので、今回の件は仕方ありませんよ。ただ、『まさか、人族の男爵家の子息と結婚前提のお見合いをする』というのは、つい先日まで想像したこともありませんでしたけれど。それに、妻の序列が事前通告されていて、『第五夫人』という、実質妾のような立場に置かれるのは悲しいですね」
ここまで聞き終えた時点で、ジンの怒りは頂点に達する。
ロウジュは淡々と語っているし表情に感情は出ていない。
出てはいないのだが、暴露内容から察するに、相当にイヤなのであろうことは容易に想像できる。
加えて、いくら「相手の方が選ぶ側」とはいえ、おそらくロウジュは「妹たちが選ばれることがないように、自分が選ばれるように」と、振舞う覚悟なのだろう。
少なくとも、そのようにジンには伝わってきてしまっているのであった。
で、あるならば、だ。
ジンのやるべきことは決まる。
つい先刻まで、お気楽に考えていた未来の生活のことなど、もう頭の片隅にも残っていなかった。
「サンゴウ! ちょっと良いか?」
「はい。なんでしょう? 艦長」
「今の話を聞いていたよな? 一つ確認だ。ベータシア星系の該当惑星二つ。なりふり構わず全速で急行したとして、だ。サンゴウの性能ならば五時間くらいで第十三惑星へ、そこから追加で二時間を費やせば第十二惑星に到達可能だな?」
「はい。『搭乗員なしの状態で、限界までエネルギーを移動に費やして良い』という条件下であれば可能です」
「えっと。艦長。これは一体、何のお話を」
「ロウジュ。ちょっとの間、黙っていてくれ。サンゴウ。その『搭乗員なし』ってのは。『俺だけは例外』って考えて良いか?」
「はい。実行した前例はないので、『絶対』とは言い切れません。ですが、推測でよろしければお伝えできます。現状で、サンゴウが知っている艦長の能力から、推測値を計算に入れると、艦長が航行に耐え切れずに死亡する確率は一億分の一。『艦長ならば、ほぼ確実に耐えられる』と予測します」
さすが勇者である。
どんなに残念で、ポンコツであろうとも、常人とは肉体そのものの基本性能が全く違う。
しかも、サンゴウの行った計算は、ジンの能力を数値化する際に、当然ながら限界ギリギリではなく余裕を含ませている。
つまり、ガチにギリギリを攻めた計算をした場合、危険度の桁が最低四つは動く。
もちろん、その場合に桁が動く方向は、悪い方向になどではない。
「ふむ。ならば百パーセント安全だな。俺はまだ、全力を出していない」
キメ顔をガッツリと造ったつもりのジンは、ちょっとカッコイイこと言ってみた!
けれども、残念なことに、それが似合うのは一定以上の水準の整った顔を持つイケメンだけであろう。
そして、ジンはせいぜいがフツメン程度の顔でしかないので、「無理がある」と知らねばならない立場だ。
もっとも、それを指摘する者が側に誰もいなかったのは、勇者ジンにとって幸運でもあり不運でもあったのは些細なことである。
「艦長。やるのですか?」
サンゴウは全てを察したかのように、ジンへと問い掛けた。
それを受けたジンの側もまた、己の意図がサンゴウへと正確に伝わっていることを悟る。
「(まだ短い付き合いだが、さすが俺の相棒だ! 最高の有機人工知能だよ!)」
ジンは心の中で相棒を褒め称えつつ、はっきり宣言するべき部分を宣言する。
「ああ。殺るよ。殺ってやるつもりだ!」
「艦長? 一体、何をなさるおつもりなのですか?」
「これから、『ちょっとばかりサンゴウで散歩して、暴れてくる』ってだけの話だ。もちろん、ロウジュたちをグレタへ下船させてからだけどな」
サンゴウの問いに答え、続いてロウジュからの問いにもジンはあっさりと答えた。
やるべきことが明確になっている時で、尚且つやる気を刺激する事案である時。
勇者ジンは最高の能力を発揮できる。
そして、ジンはたった今思いついた想像も、ついでにロウジュへ向けて語ったのだった。
「それとな。何か証拠のある話ではないんだが。ベータワンを襲ってた賊なんだけどな。『ロウジュたちの見合い相手である、男爵家の手引きだ』と俺は思うぞ」
「えっ!」
想定外の推測に、ロウジュは驚きの表情を浮かべて、固まってしまう。
「賊の小型機の搭乗員を調べたんだが、人族の男性だった。おそらくだが、『当たり』だと思うぞ」
これについては、ジンの完全な当てずっぽうではある。
しかしながら、勇者の直感は決して馬鹿にしたものではない。
実際のところ、その当て推量はドンピシャで正解なのであった。
支払うはずの支援金を支払わずに、賊の手を経由して美貌の三姉妹全員を手に入れた上で。
当該男爵家の息子はロウジュたちに好き放題の、あれやこれやをしてしまって、最終的には伯爵家を傀儡にし、ベータシア星系を実効支配する。
それが、男爵家側の計画だったりするのである。
ただし、ジンにしろロウジュにしろ、それが『真実である』と、知ることはできないけれども。
「ロウジュ。質問だ。サンゴウから下船してから、その胸糞悪い『お見合い』ってのが始まるまでに、猶予時間はどれだけある?」
「『下りてから即日』というのはさすがにあり得ないので、最短でも一日は空くでしょう。おそらくですが、『こちらが厳重な検疫対象だった』という情報は向こうにも流れていると思います。ですので、『最短を選ぶことはない』とは思うのですが」
最短で一日。
つまりは、二十四時間以内。
リミットはそこと考えて、行動するのが確実である。
「(時間的には、ちょっとばかり厳しいことになりそうだな。だが、勇者だ! 俺! 全力出せば、イケルイケル)」
ロウジュに今から不安を追加で与えるべきではない。
故に、この時のジンは考えの全てを伝えたりはしなかった。
ジンのそれは根拠のない自信だが、過去の実績を加味して考えれば、そう間違ってもいないのである。
「ロウジュ。良いか? よーく聞け。俺がロウジュたちが下船してから、一日以内でさっき聞いた二つの惑星にいる『宇宙獣』ってのを駆除してきてやる。それとな、鉱物資源について。後日にはなるが、鉱山が再開できる見込みになるまでの、必要な量を俺とサンゴウで深部側から取り出して用意してやる。そして、食料の生産。これも後日にはなるが、緑化と成長促進を使ってなんとかしてやる」
ロウジュにとって、ジンの語った内容は夢物語レベルの、すごい男前な発言であった。
顔はせいぜいフツメン程度だが、それでも、言っている内容は、「すべからく、全部俺に任せろ」なのである!
仮に、これがこの場だけの嘘に終わったとしても。
ロウジュはジンの『今』を、その『心意気』を嬉しく思う。
ベータシア伯爵家の長姉は、いつの間にか『さん』が取れてジンから自身の名を呼び捨てにされていることも、全く不快には思えなかった。
「だからな、俺が戻ってきて吉報を入れるまで待て! そんな胸糞悪いお見合い、俺がぶっ壊してやる! 良いな?」
「本当にそんなことが可能なのですか?」
ロウジュは、試みに問うてはみた。
けれど本心では、「もう、そんなことは些末なこと」としか思っていない。
そして、一縷の望みがないわけではなかった。
本当に万に一つ、いや億に一つかもしれなくとも、乗船していて初めて知ったサンゴウの性能は、ギアルファ銀河帝国における最上の軍艦と比較しても、一線を画しているのだから。
「ああ。可能だ。俺は『勇者』だからな!」
「プッ! 今時、『勇者』だなんて。それを信じるのは、子供くらいなものですよ。でもジン。私は貴方を信じます。もう一度私を。いえ、私たち三姉妹全員を。救い出してください」
ロウジュとの話はこの様な展開で終わった。
ジンにとっては予想もしない展開の話になってしまったが、その部分の内容がシリアスで重かっただけに、最初のジンのやらかしの印象はかなり薄れるであろうことを期待する。
この時のジンは「ロウジュの記憶から俺のやらかしは吹き飛んだに違いない」と信じることにしたのだ。
先への布石として、ジンはサンゴウにセバスへと連絡を入れてもらう。
ベータシア伯爵へと話を通すためと、出港してからもう一度グレタへ帰還した時には、入港待ちをせずに連絡をつけることができるよう、宇宙空間で中継連絡が可能な船を待機させてもらうためだ。
もちろん、宇宙獣の駆除を終了させれば、伯爵へも即連絡するので、そちら経由でも情報は伝わるはずなのであるが、ジンがしたのは「あくまでも念には念を入れて」という奴である。
最後の保険として、通信機能しかないサンゴウ特製の超ミニマム子機を、三姉妹へ渡す。
これは、サンゴウが造り出した、イヤリングに擬態した形の極小サイズの子機であった。
尚、極小過ぎて通信可能な距離はグレタの周辺宙域が限界となっている。
そして全く関係ないけれど、ジンにとっては、このイヤリングが初めての女性へのプレゼントとなった。
実質支給品みたいなものであろうとも、お金を一切かけていないサンゴウによる生産品であろうとも、誰がなんと言おうとも、だ。
ジンはアクセサリーを初めて女性にプレゼントしたことで、女性へのプレゼントデビューを果たしたのである。
こうして、勇者ジンは停泊中のサンゴウ船内にて、ロウジュとの濃密な話し合いを終え、三姉妹やベータシア伯爵領が置かれている危機的状況を把握した。
美人エルフの三姉妹が不幸になることを、知ってしまったら黙って見過ごせるはずもない。
ジンは己の力が及ぶ範囲に置いて、状況を動かすべく行動することを決意したのだった。
ロウジュに対して、「うっかりにもほどがある」と言わても仕方がないような、酷いやらかしをガッツリ見せつけてしまった、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。
心の中で、「でも、そこから。もっと印象に残るような、強烈な内容の話を沢山している。しまくったんだから。それで最初の悪い印象のやらかしは上書きされて、霞んでいるハズ。君の勇者はそう信じてる。だからお願い! 忘れて! 忘れてくれるよね?」と、己の妄想の中にいるロウジュへ向けて、懸命に語るジンなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます