第5話
~中立コロニーグレタ周辺宙域~
ベータシア星系と隣の星系との中間点に位置する、両星域間での補給拠点の面を持つ中立コロニーのグレタ。
サンゴウはグレタが出し渋っている入港許可を待つために、コロニーの周辺宙域でグレタとの距離を一定に保つ形で遊弋待機中であった。
そうした待機状態で十二時間が経過し、グレタより通信が入る。
その内容を簡潔に言えば「二日後に条件付きで入港を認める」なのだった。
入港して宇宙船専用バースに接岸を済ませたら、メイド一名のみを先行で下船させて隔離を行う。
これは、隔離状態に置かれたメイドに対して、二十四時間の経過観察と各種検査を済ませる段取りだ。
その結果、『問題がない』と判定された場合、その事実を以って検疫が完了した扱いとされる。
そこまでの段階を踏んだのちに、ようやく全員の下船、上陸が認められる予定となっている。
ただし、上陸後に改めて全員への各種検査が義務付けられるのだが。
このあたりの面倒で厳しい対応は、ジンがギアルファ銀河の住人ではないことを主張したのが原因となっていた。
グレタ側としては、未知の細菌やウィルス、病などを持ち込ませないための自衛なのだった。
グレタからすれば、異形に見える外観と未知の戦闘性能を持つサンゴウについては、「入港した際に武装の封印を行う」という話が真っ先に出た。
けれども、なに気にこれが、いざ実行の段階で難題となってしまう。
極めてシンプルに、「封印って、どこをどう封印するの?」という問題が発生したのだった。
生体宇宙船であるサンゴウは、メカニカルな砲身があるわけでもなく、明らかな武器に見えるような砲弾、ミサイルの類を積んでいるわけでもない。
当然、封印処置ができるような発射孔の類はどこにもないのであった。
サンゴウの攻撃方法は主なモノとして、まず第一に船体表面を生体変化させることで体表上の任意の場所から全方位、どの方向に向けても発射することが可能となる光線があり、いわゆるビームがある。
その発射可能なビームを「エネルギー収束砲」と言い、サンゴウの船体内でエネルギーを収束させてそれを作り出す。
ちなみに、これがメイン武装として扱われるのは、エネルギー源さえあれば使用可能で消耗が最も少ないからだ。
また、実体弾としては金属をレールガン的な原理での発射することができるし、あるいは船体ごと加速しての投石のようなこともできる。
尚、その際に使われる弾はその元の材料になるモノがインゴットや石材(岩塊)として格納庫部分に積まれているのだが、一見すると単なる積載物資にしか見えないのでそれが弾薬の扱いとされることはおそらくない。
滅多に使用しないが、船体の前部を槍の穂先のように変形させての衝角戦と、外観の一対の足の部分や翼、尾翼部分を鋭利な刃とし、物理的に切りつけることも可能。
むろん、単純な体当たりだって選択肢には入る。
サンゴウにはメカニカルなエンジンがあるわけでもない。
サンゴウタイプの生体宇宙船とは、体細胞の一つ一つがエンジンの役割も担うからだ。
よって、「動力機関を止めろ」というのも無理な話になったりする。
それは、サンゴウにとって、死と同義なのだから。
生物的なイメージとしては、普段の外観形状がおおむね固定されていて、内部に居住可能空間と格納庫部分を持っていることになるのであろうか?
そして、「それすらも任意で変形可能なスライム」というのが実態に近いだろう。
とにもかくにも、「入港した際に武装の封印を行う」という件に関しては、サンゴウにもジンにも「相手の要求にどう応じるのが良いのか?」がかわからない。
つまりは、「外部的な封印ということであれば、グレタ側にそちらが納得する方法でお任せする」として丸投げ。
有機人工知能と、艦長のジンは共に投げやりな考えになるしかないのである。
それはそれとして、「検疫を恙なく終えて全員下船可能になった場合は、乗船臨検を受け入れろ」という話になった。
臨検人員に艦長のジンが同行し、「何らかの問題行動があった場合は双方で協議する」という内容で落としどころとなる。
ジンとサンゴウからすると、「内部構造がいくらでも変化させられる生体宇宙船に『乗船臨検』などというものがどれだけ有効なのか?」と、素朴に考えたりはしたのだが。
もっと言えば、「収納空間を悪用すれば密輸し放題だし、もし船内に禁制品があったとしても簡単に隠せるけど?」と、なってしまう。
もちろん、その部分をジンが自己申告することはない。
グレタ側は、サンゴウに対して外観以外の情報を当然持っていない。
そのため、案外、「外観は異形だが、内部は普通の宇宙船だろう」と思っているのかもしれないのだが、そんなことは些細なことであろう。
話が纏まったところで、ジンはサンゴウの手を借りながら女性陣全員に通信の内容を伝える。
ジンとしては申し訳ないが、メイドの一人は先行下船してもらい、「各種検査を受けて、二十四時間経過観察」という名のモルモットになってもらわねばならない。
それを受けたメイド長は、「特別手当を弾むので、三人で誰が行くのか決めるように」と命じることとなった。
サンゴウの内部は乗員が生活するための設備が整っており、入浴はもちろん炊事、洗濯までも自動で行える。
付け加えると、掃除も必要ない。
つまり、実のところいわゆる「メイドの仕事らしい仕事」というのは、食事の際の給仕を除けば、ほぼなかったりする。
この楽過ぎる環境下だと、女性陣七名は『お茶会』という名の雑談会を起きている間は常時繰り広げ、ほぼ遊んでいる状態だったりするのだった。
「艦長、『サンゴウが入港できる場所』というのは『全幅の関係で五百メートル級用のバースだと二隻分のスペースが必要になる』のだそうです。なので『係留費用も倍になる』とグレタから連絡が来ました。問題は当方がグレタで通用する通貨を持っていないこと。よって、鉱物インゴットの買取価格表を求めました。『係留費用分はその買取価格をベースにしてインゴットで支払う』という形でよろしいでしょうか?」
「ああ、金の問題かぁ。ラノベ展開なら『狩った賊が賞金首だった』なんてことがあったりするもんなんだが。っと、待てよ? ベータシア伯爵家当主からの褒美があるハズだ。係留費用も伯爵持ちとかにならんかな? でもまぁ、伯爵に借りを作らず、『さっきの案で払っちまえ』でも良いわけだが」
「どうなるのかわからないお金は当てにできませんし。あ、艦長もコロニー内で現金が必要になるのでは? 小さめの高価格インゴットをいくつか作っておきますね」
サンゴウは一、五、十、五十、百と、五種類のグラム単位のインゴットの製造を始めた。
本当であれば、キロ単位のものをグレタに引き渡して、両替的なことをするべきなのかもしれない。
けれども、『いつまで使えるのか?』や、『他の場所で通用するのか?』が定かでない通貨を入手することについて、この時のサンゴウは「意味がない」の一言で切り捨てていたのであった。
「おお! 助かるわ。よろしく頼む」
グレタからの連絡を受け、交渉を纏めたジンとサンゴウは、こんな感じで事態が次の段階へと移行するのを待っていたのだった。
さて、この連絡を受ける前の、待ちの十二時間の間にシンは何をしていたのか?
その答えは、「『サンゴウが造り出した子機七体の、ジン専用装備』というものを得て、格納庫スペースで遊んでいた」となる。
小宇宙が燃えちゃう感じのアレがアレなイメージで、子機の脱着による全身フルアーマー状態から部分装着などで、運用方法と動作の確認を暇人勇者は延々としていたのである。
各部表面が任意の小型スラスターも同然なので、ジンの勇者時代ではあり得なかった立体機動が可能となった。
限られたスペースである格納庫では、残念ながらジンの全力機動を試すことが不可能ではあるものの、なかなかに楽しい遊びになっていたのだった。
特筆すべきは、子機がジンに装着されている間はジンから謎のエネルギーが子機側に供給され続け、実質、稼働時間の上限がない状態で動けるのが判明したこと。
付け加えると、本来であればエネルギー消費が大きいために使用回数が制限されるはずのビームも撃ち放題だ。
子機が内包できるエネルギー量には、当然のことながら上限が存在する。
そしてそれは、子機の大きさに比例してしまうのだ。
そのため、稼働時間の限界を探る目的でジンの遊びを観察していたサンゴウにとって、前述のそれは想定外な嬉しい情報になったのである。
強いて、問題提起をするのであれば、子機アーマーのエネルギーが無限状態で稼働できそうな事実に対して、『それがどのような原理か?』がサンゴウに解析不可能な点が挙げられる。
サンゴウからその点を尋ねられたジンとしては、「自身の魔力が子機に対して放出されていて継続して減りながらも、すぐに減った分の魔力が勝手に補充される」という自覚だけはある。
なので、「子機側で魔力が勝手に変換されて、エネルギー供給をされたことになっているんだろうなぁ」となるのだ。
そこまでは良いとして、サンゴウから「魔力って何?」と質問を受ければ、ジンは言葉に詰まる。
ジン自身が理解していないモノをサンゴウに向けて説明することなど、どう足掻いても不可能なのだから。
ジンは帝都ルーで追放的な飛ばされ方をした時に「魔力の瞬時回復」という能力を付与されている。
これは「魔力が瞬時に回復する」というモノなのだが、ジン自身には「そういうモノだ」としてしか認識できていないモノでもある。
実際のところは、神と思しきものが、勇者ジンを追放をしたルーブル帝国内にあった無限に魔力を生み出す「龍脈の元」というモノを、帝国への懲罰的な意味とジンへの賠償的な意味もあって問答無用で奪い去り、それをジンの魂的な部分へ強引に融合させたのである。
当然、人の身であるジンには、融合された龍脈の元から供給される爆発的な魔力を、常時受け入れるほどのキャパはなかった。
しかし、そこを融合をした側は、余剰分を常時ジンの持つ収納空間へと送り込む仕組みを同時に構築することで解決している。
つまるところ、膨大な魔力の奔流に晒され続けるジンは、それが原因で己の収納空間をどんどん拡大成長させながら、収納空間内に魔力を溜め込んで行く状態だったりする。
レベル上限の解放により、収納空間の成長の制限が外されていることで、初めて可能になった「荒業」とも言うべきものであり、いろいろとセットで付与されたのはそのような理由があったからである。
付け加えると、ジンの魔力は減っては補充を自動で繰り返しているせいで、最大魔力量もじわじわと成長していたのであった。
結果としてルーブル帝国は、国土に魔力を供給していた大元を失い、他から流れ込んでくる分だけの薄い魔力しかない状態が永遠に続く状況になってしまう。
魔法の発動が困難になり、発動させられたとしても効果が薄い。
作物の育成状態が、龍脈の元がなくなる以前と比べるとかなり悪くなり、収穫量ベースではなんと八割減というレベルに落ち込むことになるのであった。
ジンは当然そんなことを知りもしないし、既に縁が切れ、関係ないのでどうでも良い事柄となっている。
しかしながら、神と思しきものはルーブル帝国にちゃんと神罰的なものを下しており、ざまぁ状態にはなっているのである。
この状況だと、残念ながら「ザマアミロ! すっきりしたぜ!」とジン本人はならない。
残念ヘタレ勇者だから、このあたりは仕方がないのであろう。
サンゴウと同じ宙域に留まり続けているグレタ201号に連絡を入れ、指定された二日後の時刻ちょうどに到着できるよう調整してグレタへ向かい、恙なく入港する。
ギアルファ銀河における艦船は、この手の入港作業を港側の出す誘導信号と艦船側が移動及び姿勢制御をその信号に合わせて自動で最適化することで行っている。
つまりは、手動ではなく自動操縦だ。
しかし、サンゴウにそんな機能は当然だが備わっていない。
ないのであるが、有機人工知能の性能は「さすが」とでも言うべきもので、サンゴウ側の勝手な微調整によりミリ単位の誤差さえも生じさせない。
そうして、入港から係留までの一連の作業が滞りなく終わるのだった。
ただし、本来は艦船側からも移動における姿勢制御や速度、その他の操作情報が、全て港側にリアルタイムで送られ続け、全てが管理下に置かれるシステムである。
よって、今回のケースでは港側の管制官の目に映る機器がレッドランプのお祭り状態になり、管制官は頭を抱えていた。
それでも、一切事故を起こさずに自力で接岸を終えたサンゴウには、何の責任もないのであった。
「入港作業完了しました。ここからは武装封印を受けるのとジルファさんの下船が予定されています。そこから更に約一日の待機。ところで、サンゴウに対する『武装封印』って、何をどう封印するつもりなのですかねぇ。フフフ」
サンゴウからの報告を受ける立場のジンは、「その『フフフ』は怖いって!」と思いはするが、それを指摘するのすら怖い。
よってジンはそれに関しては沈黙を貫く。
むろん、サンゴウの発言への返答自体はするけれども。
「了解だ。ジルファさんの下船前に少し会っておくか。まだ時間はあるよな?」
「もう下船準備は終わっているようですから、受け入れ側の迎えが来るまでの時間なら大丈夫でしょう」
「そうか。では。会ってくる」
そうしてジンは、モニター越しではない生身で、初めてジルファと会う。
ただし、生身なのはジンだけで、彼女は既に宇宙服を着込んだ姿だけれども。
密閉構造で外気を完全に遮断している、バイザー越しに見えるジルファの表情には、「行きたくないなー」という感情が、ありありと浮かんでいる。
それはもう、どちらかと言えば「鈍いタイプ」の、ジンにですらわかりやすく伝わるレベルで露骨に出ていた。
けれども、誰かが行かねばならず、仕方ないことなので、彼女には諦めて行ってもらうしかない。
それが、艦長としてのジンの立場だ。
予定通りの時刻になったところでグレタ側からの迎えが来て、ジルファはものすごく「行きたくねぇ」って表情のままで下船して行くのであった。
コロニーの港内に係留中のサンゴウの船体の外殻部分には、グレタの作業員と思しき人々が多数、まとわりついている。
その光景は、傍から見れば『砂糖に群がるアリの如し』であろう。
わらわらとやって来た彼らの目的は、サンゴウの武装の封印であった。
もし、サンゴウが接岸状態で武力行使をすれば、それが即座に封印を破ったという明白な証拠に繋がる。
そのような形に、彼らはしておきたかったのだ。
だがしかし、だ。
グレタの作業員たちには、サンゴウの外殻部分のどこをどう調べても、武装らしい砲身の類やミサイルの類の発射口は見つけられない。
そもそもそんなモノは存在しないのだから、当たり前である。
封印を施しに来た作業員たちの四苦八苦で、小一時間も過ぎた頃。
ようやく諦め、匙を投げた彼らからの報告を元にして、グレタ側よりサンゴウに向けた通信が入る。
グレタ側の言い分は、「どこをどう封印をすれば良いのか? 我々はどうすれば良いのか? さっぱりわからない!」という苦情であった。
艦長であるジンは、「そんなことを言われても」と、困るだけ。
付け加えると、何らかの解決策を思いつくわけでもない。
ジンからすれば、「監視カメラが各所に設置されているのだから、万一の時は映像記録を証拠にすれば良いのでは?」としか思えないのだから。
けれど、ジンが考えるようなそれは、改ざんや消去ができるのモノでもある。
それ故に、だ。
幾重にも保険を掛ける対応を、グレタ側が行っているだけなのが実情であった。
よって、ジンどうにもしようがないとしては、最後の手段に出る。
この件についての対応の全てを、サンゴウに丸投げしたのだ。
ただし、それを受けたサンゴウはサンゴウで、グレタ側に主張するべきを明確に主張するのみで、やったことはバッサリ切り捨てただけだったりしたのだが。
『サンゴウは生体宇宙船なので。当方には『機械文明における一般的な宇宙船のやり方にどう合わせて良いのか?』がわかりません。ですから、好きに封印を付けていただいて良いですよ』
サンゴウによるキレッキレの投げやり対応を知って、ジン的には「いっそ清々しく感じるレベルだ」となったのは些細なことであろう。
そのような小事を経て、更に二時間が経過した頃。
ついにグレタ側は、「サンゴウの武装の封印は不可能」と諦めて白旗をあげる。
それでも、プライド的なモノが僅かばかりは残っていたのであろうか?
グレタ側は、「武器の使用は厳禁です。万一使用した場合は莫大な違反金と別途罰則があります」という内容を一方的に通知して来た。
そこまででようやく、この案件については終わりを迎えたのだった。
やれやれである。
「セバスさんから通信が入っています。『我が主、ベータシア伯爵からの通信を繋ぎたい』とのことです」
「ほいほい。繋いでくれ」
そんな軽い感じの流れで、ジンとロウジュたちの父親こと、ベータシア伯爵家のご当主様との初交信が始まった。
ジンはサンゴウに向けた軽薄な言葉とは裏腹に、内心ではそれはもう盛大に警戒し、緊張しているけれど。
「初めまして。ベータシア伯のオレガだ。娘たちの救出及び保護。伯爵家として、大変に感謝をしている。ありがとう」
モニターに映るは、エルフの男性。
本人が本拠地の惑星から離れて、直通回線が利用できる距離まで、わざわざ出張ってきているからこそ成立している通信。
その事実を、ジンはこの時、全く気づいていない。
むろん、「直通回線」とは言っても、長距離通信による会話には少々の遅延が付きもの。
そこのところは、技術的限界故のモノであるので、ご愛敬となるわけだが。
「初めまして。朝田迅と申します。『ジン』とお呼びください。そして今回の案件ですが。こちらとしてはできる範囲の救助を行いました。結果的に、ご息女である三人以外の乗組員の皆さんや従者の方々は助けられませんでした。力不足で申し訳ない」
「どうしようもなかったのであれば、それは運命であると受け止めるしかないであろうな。残念なことではあるが、出てしまった死者については、『私のほうから遺族への補償はしっかりやる』という決着しかあるまいよ。っと、これはこちらの事情でしかないな。さて、本題だ。まず、お礼として『何らかの対応をしたい』のだが。何か望みはあるだろうか?」
勇者時代のジンは、もっと高圧的な感じの態度で接して来る王族や貴族に慣れている。
思い出すだけで腹が立つし、慣れたくなどなかったが、慣れているのだ。
そのような経験があるジンは、「今回の『伯爵』と呼ばれる貴族からも、きっと似たような対応がされるのだろうな」という覚悟をしていた。
だが、いざ蓋を開けてみれば、「そんな覚悟は、微塵も必要なかった」と思えるくらいに人として当たり前の、ごく普通の対応である。
身構えていただけに、拍子抜けしてしまったジン。
ならばと、過大とは思われない範囲で、伯爵から問われた己の要望についてを語る気になったのであった。
むろん、その際に、丁寧な言葉遣いと礼儀をわきまえた姿勢を崩すことはない。
「そうですね。この船は船籍コードを持っていません。『登録』は可能でしょうか? 他は、物資の補給と金銭かそれに準ずるもの。それらに加えて、もし『交易の許可証』や『自由通行の許可証』なんかもいただけるなら、是非いただきたいですね」
「ふむ。まずは船籍コードか。船籍ではなく艦籍コードでの登録になるな。所属星系を決めて性能諸元の情報と製造元の情報があれば可能ではある。だが、サンゴウの場合、『製造元の名称だけを情報として出し、先方への確認は不可』という形になるであろうな。まぁこれは未登録の艦船が登録される前に、製造元が倒産など何らかの事情でなくなるケースの前例がいくつもある。なので、そう問題にはならんだろう。所属星系については我がベータシア星系の所属で良ければ可能。ただし、性能諸元は自己申告してもらう形になる」
救助時の戦闘実績からして、サンゴウは民間船ではなく戦闘艦扱いとされる。
正式な軍艦ではないサンゴウ的には、艦籍ではなく船籍を主張したいところだ。
けれども、「郷に入っては郷に従え」が、このケースでは正しいのだろう。
有機人工知能としてのサンゴウは、そのように合理的な判断をしていた。
「そうですか。確定ではありませんが『その方向で登録をしたい』と考えます。気になるのは、『性能諸元の自己申告がどうなるのか?』です。よって、それ次第になります。申告書のひな型をいただきたいです」
「そうだな。そうならざるを得ないだろうな。物資についてはグレタにおいて、現物支給は私に権限がない。なので金銭での調達になる。よって『その分も込みで金銭による謝礼』ということで良いかな? それと、許可証についてだが。私の権限の範囲内の許可証は、両方発行しておこう。申告書のひな型もセバスに送らせる」
「はい。それで良いです」
「さて、問題は、『では金額をいくらにするか?』なのだが。出せる額としては五十億エンを考えている」
伯爵から具体的な報酬の金額が、初めて数字として提示された。
それを受けて、ジンはロウジュから得た知識を元に、「それがどの程度に当たるのか?」を考えて行く。
「(ほうほう、五十億か。この世界における、一般的な駆逐艦一隻相当の金額だな。これが多いのか、それとも少ないのか。そもそも美人エルフさんの命に、値段なんてつけられない。そこに『伯爵令嬢』って付加価値までついてるしな。こんなものは言い値の世界で、今の俺には判断基準なんてないに等しい。まぁ金額としてはでかいし受け入れて良いのだろう)」
ジンは瞬時に、思考を纏めた。
結論は、受け入れ一択である。
ちなみに、前述の『一般的な駆逐艦一隻相当』の知識は、ジンがロウジュ相手に行っていた雑談混じりの情報収集で得たモノであった。
「それで構いませんよ。ありがたく頂戴します」
「そうか。こちらも提案を受け入れてもらえて助かる。ありがとう。さて、それはそれとして、ベータワンの所在についてなのだが」
「はい。どうされましたか?」
「戦闘があったと思われる宙域に、領軍を出して調査を行った。だがな、そこでは細かな残骸と思われるデブリのみしか発見されておらん。セバスからの報告によると、ロウジュからの伝聞によれば、『ジンが艦体を確保している』とのことでな。ベータワンの所在を教えてくれないか?」
ジン的には「ついに来たか!」と、改めて身構えてしまう事案発生。
けれども、ここで「収納空間に入れて、持ち歩いてます!」なんてドヤ顔で言う選択肢だけはない。
ただし、「『ちょっと言ってみて、ベータシア伯の反応を見てみたい』という、そんないたずら心が溢れる誘惑に駆られる気持ちは全くない」と言ってしまうと、それは嘘になるのだけれど。
「えっと。申し訳ないのですが、その質問に答える前に、確認をさせてください。ロウジュさんからの説明では、『ベータワンの場合、ベータシア伯に艦の所在を教えるか、サンゴウで曳航して引き渡すことが法で決められており、その見返りに金銭をいただく』という理解をしているのですが。それで合っていますか?」
「うむ。合っている。当家としてはベータワンの軍用武装の最終処分を確認することが義務なのでな」
「そうですか。現在、艦体がある場所についてはちょっと説明しにくいのです。ですので、曳航して引き渡しを考えています。それでいかがですか?」
「引き渡しが受けられるのであれば問題ない。その条件だと、見返りの金銭としてジンが手に入れるのは一億エンとなる」
またも飛び出した具体的な数字。
これまた、ジンにもサンゴウにも、妥当な金額などわかろうはずもない。
ただし、曳航して引き渡す手間賃としてだと、明らかに少ない。
少なくともジンには、そのように感じられた。
もっとも、サンゴウが持つ性能と、己の持つ収納空間の二つを加味すると、経費の部分が無視できるのでボロ儲けにはなるのだけれど。
だが、それは特殊な能力を持っているからそうなるだけであって、一般論的には屈辱的な提示金額であるのに間違いはない。
判断が難しいところである。
「不満か? 表情に出ておるぞ。だがこれはギアルファ銀河帝国の基準で決まっていることなのだ。受け入れてもらえないだろうか?」
「はい。正直なところ金額には不満があります。ですが仕方がない。可能な限り早く引き渡す。それで良いでしょうか?」
「ハハハ! 正直な奴だな。うむ。『不当に長い期間引き渡されない』という事態でなければ問題はない。具体的な期限は今回のケースだと『最長で二か月』というところだな」
ベータワンを持ち逃げする。
そんな選択肢が、この期に及んでもジンの頭の中から完全になくなったわけではない。
だが、艦籍の登録や今後得られる許可証のことを考えると、素直に引き渡すのが良さそうなのも事実であった。
こうして、勇者ジンは中立コロニーのグレタへの入港と着岸を問題がありつつもなんとか無事に済ませた。
そのあとに発生した、ロウジュパパとの交渉も内心の葛藤はともかくとして、表面的には穏便に纏めることができたのだった。
ベータワンの引き渡しにおける対価の金銭が、先方から法律で金額が決まっていることを説明されて、労力に見合わない少額を渋々受け入れさせられた、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。
心の中で、「悔しいけれど! とても悔しいけれど!」とリフレインしながらも、トータルでの損得勘定を行い、なんとか気持ちを静めることに成功した段階で、「収納空間がバレないように、曳航をどうやるのか?」と頭を悩ませることになってしまうジンなのであった。
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