第4話

~ギアルファ銀河ベータシア星系第十五惑星周辺宙域~


 サンゴウの内部では、艦長であるジンとベータシア伯爵家長女のロウジュを代表者とするエルフの三姉妹の、モニター越しによる面談が前話から引き続いて行われていた。


 伯爵家の娘であっても当主ではないロウジュ。


 そのような立場にあるロウジュには、『ベータシア伯爵家の者として、ジンに頼まざるを得ない案件がある』にもかかわらず、支払う対価を明確に提示することができなかった。


 それは、ロウジュが当主権限を持っていないが故の歯痒さである。


 ロウジュを含むこの場にいる三姉妹の全員が、個人として自由にできる財産は残念ながら少ない。


 むろん、貴族家の娘としてそれなりの個人資産は所有している。


 けれども、個人所有と思われる戦闘艦に、家の事情で個人的な依頼をするには。


 いわゆる傭兵ギルドを通じて傭兵に依頼を出すのと同等以上の報酬を、本来ならば提示しなくてはならないのだ。


 それは、彼女らが所有する個人資産を全てかき集めても、残念ながら妥当と思われる金額には満たない。


 まして、伯爵領の領軍に所属している輸送艦ベータワンに三姉妹が旅客の立場で乗艦していた際、賊の襲撃を受けてそのベータワンが撃沈された状態から、救助を受けた身。


 ロウジュたちはそちらの事案に対しても、ジンに報酬を支払う必要が発生しているのだった。


 同時に、現在の三姉妹が置かれている状況は、対外的には非常によろしくない。


 客観的に見れば「正体不明の個人所有船に捕らわれているも同然」ということになるのだから。


 他者の目が届かないその場所では、どんな扱いを受けてもそれが外に漏れる可能性は極めて低い。


 一般に、エルフ族の女性はジンと同族のいわゆる人族の男性からすると、性的対象としての価値が異様なほどに高くなる。


 種族の特性として、エルフ族の女性は、人族の男性目線だと超が付く美人揃い。

 尚且つ、平均寿命が人族の五倍を超え、生後から二十年弱の時間を掛けて大人の肉体に育ってからは、その状態を維持したままの時が長く続く。


 要は成人時の肉体のまま数百年を過ごし、晩年の数十年の時点に至るまでの間、ほぼ老化することなく生きることができる、人族の男性から価値観からすると夢のチート種族なのである。


 欠点らしい欠点は大きく二点。


 妊娠率が低く子が生まれにくいことと、胸部装甲が控え目なことくらいしかない。


 そうした現実を、ロウジュたちは受けた教育によって学んでいる。


 事実として、三姉妹は眉目が整い過ぎるほどに整っている。


 三人が三人とも、どこからも文句の付けようのない美人顔をしており、アイスブルーの瞳と素の状態でピンク色の艶やかな薄い唇、光輝くような金髪ストレートは背中の肩甲骨を覆い隠す。


 素肌にはシミ一つなく、その色はジンに白磁の白色を想起させるほどに白い。


 すらりとした細身の体形は、それでいて胸部装甲のが薄い欠点が霞むほどに、女性らしい魅力がちゃんと、あり過ぎるほどにある。


 そのため、ロウジュたちは「貞操」という意味でも、生命的な意味でも、己が身に迫るであろう危機を不安として抱え、それらを消し去ることは非常に困難であった。


 片や異世界から飛ばされてやって来た勇者ジンと有機人工知能搭載型生体宇宙船のサンゴウは、いきなり右も左もわからない、全く未知の宇宙空間へと放り出された状況下にある。


 一人と一隻の船は、『今後どうするのか?』を判断するのに必要な情報を、微塵も持っていなかった。


 そのような中で、サンゴウの内部で行われた面談において、「ジンとロウジュ、両者の当面の利害が一致することを確認できた」のは大きい。


 ロウジュは法に触れない範囲で、当面できる限りの情報を対価として提供しつつ、状況が許すようになった段階で、伯爵家当主の実父にジンへ正当な報酬を支払うよう働きかけることを約束する。


 そのような事柄を当面の手付の対価とし、三姉妹の本来の目的地である中立コロニーへ自身らを運んでもらうことについてジンの了承を得たのである。


 サンゴウは艦長のジンがロウジュ相手の面談をしている間に、そちらにも注意を払いつつ、航行用のエネルギー確保目的とする行動を、並行して続けていた。


 目的地の情報が得られた段階で、サンゴウが中立コロニーへ向かって航行を開始していたのは、最早言うまでもないであろう。


 そんな流れで、雑談混じりの情報のやり取りが、二時間ほども続いただろうか。


 話の区切りの良いところで面談を一旦中断し、サンゴウはロウジュたちに提供する客室区画への移動を提案した。


 サンゴウの『内部構造』というかは『用途別の区分け』については、サンゴウ自身の裁量もしくは艦長の命令を以って自在に変更できる。


 けれども、試作船のサンゴウはデルタニア軍での運用試験を行ったこともあり、デフォルトの乗組員生活区的な部分として、居室がいくつか存在している。


 この時のサンゴウがロウジュたちに対して具体的に提示した選択肢は、『定員一名の個室を三つ使用するか?』もしくは、『定員四名の一室を三人で使用するか?』の二択であった。


 問われた側は、軽く意見のすり合わせをその場で行い、三人はふよふよと浮かんだまま先導する子機の案内に従って、定員四名の一室へ到着するのだった。




 目的地への到着日時に対する明確な指定は、ロウジュたちからは行われなかった。


 三人は休眠状態に置かれた期間が明確ではないため、現在の日時も本来の航行日程との差異も、ハッキリさせられなかったことが、そうなった理由の一つである。


 付け加えると、サンゴウの航行性能の開示を要求することは憚られたせいで、「無理のない範囲でなるべく早く到着したい」という曖昧なお願いになってしまったせいもある。


 その言葉を額面通りに受け取ってしまったサンゴウは、ジンと相談の上でエネルギーの消費効率が最も良い航路と速度を選択してしまう。


 結果的に、それはどちらかと言うと、「悪い方向に転がる選択」であった。


 しかし、それは少々未来のお話であり、未来予知が不可能な以上、受け入れざるを得ない事柄だったのだろう。


 目的地となる宙域に到達するまでにサンゴウが要した時間は三日。


 その間に、ロウジュは適度な休息、食事、入浴、睡眠などを挟みつつ、ジンとの会話を続け、ギアルファ銀河についての通り一遍の知識や、その他に開示できる情報を惜しみなく語って行った。


 もちろん、「サンゴウの適度な知識欲からくる質問が随時あった」のは言うまでもないであろう。


 そのような流れを経て、ついに、サンゴウは中立コロニーのグレタがある宙域へと無事に到着する。


 ところが、その際にグレタへの入港手続き関連で、少々問題が発生してしまうのであった。


 目的の宙域に無事到着したのは良いのだが、ギアルファ銀河の文明とは異なる超科学文明の技術で造られたサンゴウは、この銀河の艦船が通常なら持っているはずの船籍コードや艦籍コードなど当然のように所持していない。


 また、外観的にも、明らかに角ばったデザインのメカチックなギアルファ銀河の宇宙船と、球体に羽や足に尻尾が付いたようなサンゴウの船体はかけ離れている。


 そうであると、光学映像で視認できる距離まで近づけば、不審な目で見られるのは避けようもない。


 なんの手段も講じずにグレタへの更なる接近を行えば、賊の宇宙船として扱われ、攻撃されかねないのである。


 その点に、サンゴウはロウジュとの会話の中で事前に気づいていた。


 よって、一応対応策は用意されていたのであった。


「ロウジュさま、事前の打ち合わせ通り、通信回線を開きますのでグレタとの交渉をお願いします」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


「では、艦長。最初の挨拶は艦長からで」


「おう! 回線、開いてくれ」


 そうして、グレタとの通信が始まる。


「こちら宇宙船サンゴウ、艦長のジンだ。この銀河系の外からやって来たので、いわゆる『異邦人』ってことになる。そのため貴コロニーで通用すると思われる船籍コードの類を所持していない。だが、本船は決して賊の類ではなく、当方に攻撃の意思はない。その上で貴コロニー『グレタ』への入港許可を求める。どうすれば良いか? 指示を願いたい」


 一息に言い切ったジンは、一旦言葉を切る。


 勇者ジンは横目で、側に控えているロウジュの様子を確認した。


 若干緊張はしているのだろうが、特に問題はなさそうなので言葉を続ける。


「尚、本船はここへ来る途中の宙域において、賊と輸送艦の戦闘に遭遇している。輸送艦の救助要請の通信を傍受したため戦闘に介入。賊の掃討に成功はしたものの、その時点で輸送艦は既に大ダメージを負っており、自力での航行が不可能なレベルで艦としての機能を喪失していた。残念ながら、生存者はエルフ族の女性三名のみ。現在、その三名の生存者を本船は人道的見地から保護しており、当該三名はグレタでの下船と入国を希望している。本船が、グレタへの入港許可を求める理由の一つがそれだ。ついでに本船は物資の補給も受けられるならば受けたい。一度、その三名の代表者に通信を代わる」


「通信代わりました。私はベータシア伯爵家の長女ロウジュ・ハ・ベータシアと申します。輸送艦ベータワンの優秀なクルーたち、そして私たちの従者の尽力により、私と妹のリンジュとランジュの三人は避難カプセルに退避したことで生き残りました。グレタへの渡航手続きは事前に当家から連絡が行っているはず。ですので、その旨ご確認いただきたく」


「こちらグレタ入国管理局。オペレーターのガンコンです。船籍コードか艦籍コードの、どちらもない艦船のグレタへの入港は前例がありません。また、貴船サンゴウが『賊ではない』という証明は不可能であるため、入港及びこれ以上のグレタへの接近を、現時点では許可できません」


「そんな! ではどうすれば?」


 ロウジュはガンコンの拒否に対し、入港許可を得られる方法を簡潔に問うた。


「ロウジュさま、リンジュさま、ランジュさまの三名については、到着予定から既に約十二時間あまりが過ぎています。入港予定だったベータワンの位置確認、そして通信もできず、また艦の喪失の確認もできておりません。到着予定を六時間過ぎた段階で、伯爵家と当コロニーから捜索隊の編成が始まっており、あと三十分で出航予定でした。まず、お亡くなりなった方々については、大変残念なこととお悔やみ申し上げます。ですが、伯爵家の三姉妹のお嬢様方全員の生還は喜ばしいことです。貴船の入港や伯爵家のご令嬢三名の入国を含め、グレタとしての対応を検討するので、少々お時間をいただきたい。具体的に、『対応の決定の有無にかかわらず、一旦一時間後に再度通信連絡を貴船に入れ、対応の決定や進捗について改めてお話する』という形で、今はご了承いただきたい。艦長のジンさまも、それでよろしいでしょうか?」


「艦長のジンだ。了解した。では、本船は現宙域にて待機を継続。次回の通信連絡を待つものとする。良い塩梅によろしくお願いしたい。通信終わり」


 話の流れは、概ねサンゴウの事前予測の範囲内で終了した。


 ジンやロウジュにとっては、打ち合わせ済みの内容の推移であり、別途対応策が必要になるような想定外の部分はない。


 そのため、特に問題なく最初の交信は終わったのだった。


 ただし、現時点でロウジュに詳しい説明をし、尚且つ現物を見せて確認をすると、ジン目線ではよろしくない結果に繋がりそうな案件が一つ存在している。


 藪をつついて蛇を出す必要はないため、サンゴウとジンだけの内緒話で済ませ、あえて放置しているそれは、賊由来の鹵獲品についてであった。


 通常の賊は軍用の武装品を持っていない。


 ジンとサンゴウは、ロウジュの情報提供からそれを理解できている。


 襲撃者との戦闘開始前に避難カプセルに入った三姉妹は、実際に起きた戦闘状況の詳細を知らない。


 それでも、避難カプセルから出され、意識が戻ってからサンゴウの所持していた映像記録を見た彼女たちは、数的な意味合いでの襲撃してきた賊の規模を把握していた。


 そもそも、ベータワンが襲撃者と砲火を交える戦闘状態に移行する前の段階で、敵の規模が大きく危険と判断されたからこそ、三姉妹は避難カプセルに押し込まれたのだ。


 敵の規模が小さければ、そのような状況にはならないハズであった。


 何の話かと言えば、「ロウジュたちは、数の戦力比が、要は『多勢に無勢が原因でベータワンが沈んだ』と誤認しており、『実際は襲撃者側が軍用の武装を所持していて、火力の面でも完全に負けていた』という事実を認識していない点が問題になる」のである。


 ロウジュは、賊由来の鹵獲品が民生武装の範囲内と思い込んでおり、「鹵獲品の所有権は問題なくジンに帰属する」と説明してしまっている。


 片やジンとサンゴウは、そもそも『民生の武装品がどのようなものか?』や、『どこからが軍用の基準の威力に相当する武装なのか?』という知識を、当然持ってはいない。


 いないのだが、曲がりなりにも、単艦航行が安全であると思われている軍用輸送艦があっさりやられている時点で、『軍用の武装が使われているのではないか?』との確信に近いレベルの疑いを持っている。


 この段階ではあくまで『疑い』に過ぎず、本当のところをジンもサンゴウも知らないが、その『疑い』は事実として正しかったりするのである。


 となると、もしも鹵獲品が軍用の武装だとバレれば、過去のロウジュの説明から「接収対象になる」ということは容易に想像できてしまうのであった。


 サンゴウとしては鹵獲品に対して特に執着もないので、「仮に接収されてもいくらかの対価をもらえばそれでも良い」とも考えている。


 だが、ジンは違う。


 ジンは勇者時代の扱われ方から、自分の力で手に入れた品物に干渉されるのを極端に嫌い、もしそれを奪われるような事態に直面すれば、激怒するようになってしまっている。


 ただし、今回の案件では、実際の戦闘そのものはサンゴウがしており、ジンはそれを見ていただけ。


 その事実を知っていたら「それって、ジンの力で得た鹵獲品か?」と、問う余地がなくはないだろう。


 けれども、ジンの認識では賊由来の鹵獲品の全てがもう、「俺のモノ」になってしまっており、その鹵獲品が「軍用の武装か否か?」の判定次第で「俺のモノを奪うことは許さん」に繋がるかもしれないのが、問題になるのである。




 グレタ側から連絡が来るのを待っている間、コレと言ってやることがないジンとロウジュは雑談をして時間を潰していた。


 そのような事態の推移の中、次回の通信まであと十分を切った段階で、ジンたちを取り巻く状況は新たな局面を迎える。


 サンゴウは、一隻の宇宙船が接近してくるのを探知し、警告通信を発したのであった。


「こちら宇宙船サンゴウ。本船はグレタ入国管理局の要請により現宙域にて待機中。先方からの連絡待ちの状態である。貴船の本船への接近目的は何か? 『目的が明らかにされない場合』や、『本船に害意がある』と判断した場合、本船は自衛戦闘行動に移行する。速やかに接近目的を知らせて欲しい」


「こちらグレタ201号。ベータシア伯爵家グレタ邸執事長セバスと申します。『お嬢様方の身柄の引き渡しを!』と、言いたいところなのですが、現時点でのそれは諦めます。ですが、『せめて近くにて待機させていただきたい』のと、可能であれば、『身の回りの世話をするメイド長と三名のメイドだけでも、貴船に乗船させたい』という目的でやって来ました。グレタでの対応決定を待っていると結論がいつ出るのかわからないため、僭越ではございますが行動に出た次第です。こちらも非常にバタバタとしており、貴船への事前通信を怠っていたことについては、お詫び申し上げます」


 通信を聞いていたジンは、「そこはセバスチャンじゃないのかよ!」と、心の中で盛大にツッコミを入れる。


 全く以ってどうでも良いことで、一人盛り上がったり沈んだりの残念ポンコツ勇者であった。


 ぼっちであることと、非モテであることの両方を拗らせているジン。


 そのような条件下に置かれている人物は、『いろいろヤバイ奴に進化』をするのであろう。


 その生きた見本がここに存在していたのは、些細なことなのである。


「艦長。どうしましょうか?」


「うーむ。近距離までの接近やメイドらの乗船を認めた場合、サンゴウに対処不能な危険があるだろうか?」


「はい。『絶対に安全である』とは言い切れません。が、実際のところ『その可能性はほぼないというレベルだ』と推測します。そして仮にですが、サンゴウに対処不可能な事態に陥った場合でも、『艦長の能力があればなんとでもなるのでは?』とも推測しております」


「ま、俺は勇者だったからね。相応の実力はある。おそらくだけど、もし個人の単独戦闘能力評価なんてものがあったとすれば、『最強で最恐の化け物クラス』なんだろうな。サンゴウの信頼が嬉しくもあり、怖くもあるよ。だが、たぶんその通りなんだろう。よし! 接舷とメイド長ら四名の乗船を了承する」


 ジンはサンゴウに己の持つ戦闘力を未だ見せてはいないし、詳しく教えてもいないのだが。


 ぶっちゃけ、聖剣を持ち出しての『今の』ジンの全力攻撃は、それはもう、ものすごい威力が出せるのであった。


 また、攻撃系の極大魔法を宇宙空間では未だに試していない。


 だが、現在のジンはルーブル帝国での勇者時代とは違い、込められる魔力に実質上限がないので威力は絶大になる方向性でお察しであろう。


 もっとも、ジンは未だに自身の持つ力の変化後の全容を、把握しきれていないのだけれど。


 付け加えると、防御力も「シールド魔法を貫ける攻撃なんてあるのか?」のレベルの安全度。


 少なくとも、サンゴウの攻撃でシールド魔法を抜くことができないことだけは、ジンにはわかっていたのだった。




 サンゴウは生体宇宙船であるため、いわゆる『搭乗口』と呼ばれるものが船体に存在しない。


 生体であるが故に、任意の場所を目的に応じて変形させられるからだ。


 サンゴウの外殻の大部分から、任意で中に入ることができるのである。


 けれども、サンゴウの外観を見ただけでそのようなことをこの世界の住人が理解できるはずもなく。


 サンゴウに接近している、執事とメイド長らが乗船している宇宙船の操縦士は、ご多分に漏れずの状態に陥る。


 具体的には「この『サンゴウ』って船、どこに接舷すればいいんだよ!」と操縦士は悩むことになったのだった。


 結局、操縦士はモニター越しの目視でそれらしい場所を見つけることができず、通信士に「接舷場所聞いてくれ」と指示を飛ばすハメになるのである。


「接舷作業中ですが、グレタのオペレーター、ガンコンさまより通信が入りました。『結論を出すまで、十二時間の時間が欲しい』とのことです。艦長、了承でよろしいですか?」


「ああ、構わない。了承の返信を送っておいてくれ」


「了解です。返信しました。そして、接舷完了。グレタ201号のハッチへ本船への乗船可能通路を接続して開きました。安全のため接続した部屋で、乗船予定の四名が到着後、健康診断と滅菌処理を行います」


 さすがのサンゴウ。


 まだまだ短い付き合いでしかないが、ジンのサンゴウへの評価は高い。


 この場面においても、「そういうとこは忘れないのね」と、妙に感心してしまうジンなのであった。


 実にのんきなものだ。


 むろん、ジンが検疫関連に対してのんきでいられるのには、相応の理由が存在するのだけれども。


 今のところわざわざサンゴウに教えていることではないのだが、ジンはぼっち勇者として魔王討伐に成功しただけのことはあり、単体での生存能力が飛び抜けて高いのだ。


 具体的には、無効までには至れなかったものの各種状態異常への高い耐性を持っているし、解毒魔法、対ウイルス性病気回復魔法、解呪魔法の類、要するにいわゆる治癒や回復の魔法を一通り全部使えるのが、勇者ジンなのである。


 よって、ジン自身は「即死でもしない限り、病気で死ぬようなことはないだろう」と思っていた。


 しかしながら、サンゴウがジンの身を案じて検疫をしっかりと行っていることは明白であるし、サンゴウ自身も生体であるので、病魔の類と完全に無縁でいられるとは限らない。


 以上の理由から、こういったことをきっちりすべきなのは間違いないのであった。


 サンゴウは対象者たちが宇宙服状態のまま第一段階の滅菌処理を施す。


 続いて、開口部を閉じた室内へ空気の充填を行い、四名には宇宙服を脱いでもらってから二度目の滅菌処理と健康診断へと入る。


 その間に子機が、四名によってサンゴウ船内に持ち込まれた大荷物にまとわりついてスキャンを行い、安全性を確認していた。


「有機人工知能のサンゴウです。よろしくお願いします。さて、新たに乗船されました皆さまへのお知らせとなります。『改めて確認するまでもなく常識的なことである』と、サンゴウが解釈しており、本船への武器の持ち込みについての認識が異なっていた点に気づかなかったことは、お詫び申し上げます。ですが、本船滞在時に武器所有を認めるわけには参りません。持ち込まれた荷物の中から、武器の類については『皆さまの下船時まで封印して本船預かり』とさせていただきます。なにとぞご理解ご了承のほどよろしくお願いします」


 サンゴウがメイド長たちへ向けたアナウンスをしているのを聞きながら、ジンは封印処理をされて隔離保管目的で室外へと運び出されて行く武器の、作成された一覧データを眺めていた。


 ロウジュたちに聞かれたら、気まずい雰囲気になるので口には出さないが、「あらま、大型ビームガン、小型ビームガン、閃光手榴弾、大型盾、長剣、短剣。いろいろ持ち込んで来てるなぁ。俺ってそんなに信用ならんツラでもしてるのかね?」と、ちょっと凹むジンである。


 だがしかし、だ。


 モニターの画面が暗転し、四名の女性陣が着替えを終えた映像を見て、そのような鬱屈した気分はあっさりと霧散。


 ゴシックロリータ風メイド服装備のエルフさんの登場に、ジンは大興奮。


 現在の思考がバレたら白眼視されること請け合いの勇者の頭の中は、「エルフ耳メイド! エルフ耳メイド! こじらせたオタクな俺を殺しに来てるのか!」の絶叫状態であった。


 当然ではあるがメイド長ら四人には、『こじらせたオタク殺し』などというようなアホな意図などない。


 そんなモノは全くないのだ!


 四人が着用しているのは、単なる職業的制服である。


 この勇者は、一度くらいは死んでやり直すべきかもしれない。


 サンゴウにそう思われても不思議ではないくらいには、傍から見たら謎に見える盛り上がりを見せるジン。

 

 本当に浮き沈みが激しい、ヤバイ奴でしかない。




 モニター越しにメイド長らとジンの挨拶が行われる。


 アルラと名乗ったメイド長に、第一メイドがミルファ、第二メイドがキルファ、第三メイドがジルファという名だとジンは知った。


 第一から第三まで、よく似た名前であるがそこには触れないだけの分別をジンは持っていた。


 サンゴウはメイド長に個人用の一室、三人のメイドには四人用の部屋を一室用意し、子機に案内をさせる。


 荷物は荷物専用の部屋を三人組のメイドに与えられた一室の隣にサンゴウが設け、子機が運び込んで行く。


 荷解きはメイドのお仕事なので、運び込んだだけで終了である。


 艦内の男女比は男性一人に対し女性七人と、非常に偏った構成。


 しかも『美女揃い』という、『どこのハーレム野郎だ!』状態。


 そのような状況下において、それでもジンは船橋とそこに隣接する艦長用の私室のみで生活しており、女性陣と生身で相対することがほぼない。


 というか、「ロウジュがグレタとの通信時に艦橋へ来た時が、実は生身での初めての対面」であったりした。


 生身での交流をする理由が捻り出せない、こじらせオタクにできることなんて知れている。


 ジンは、『画面越しでも美人を見られる』ってだけで、そこそこ満足してしまうヘタレ勇者なのである。


 むしろ、モニター越しならばロウジュといくらでも雑談ができるようになっていることについて、『格段の成長』と褒めるべきなのかもしれない。





 ジンは三姉妹に対し、生命の危機を救い、現在進行形で身の安全を提供している。


 そして、「生体宇宙船の船室」という、ロウジュたちからすれば彼女らの知る通常の宇宙船とは比較するのも馬鹿らしいほどの、快適な生活環境すらも提供している。


 それでいて、「不用意に接触してこない」という姿勢を全く崩す素振りもない艦長ジンに対する三姉妹側の好感度は、容姿を知った第一印象時のマイナスに振り切ったような最低値とは打って変わって、実のところそれなりに高くなっている。


 現時点だと、なんとライク好きラブ愛してるの中間程度にはなっていたりするのだ。


 恋愛関連の技能を全く持たないヘタレ勇者のジンのこれまでの行動が、何の因果か好感度稼ぎに繋がってしまったのは、関係者全員にとっておそらく幸福なことだったのだろう。




「艦長。小型の人型兵器の解析が完了しました。それと搭乗員の遺伝子解析も完了しました」


 これは、少し前にジンが遅ればせながら、小型の人型兵器ならばサンゴウ内で収納空間から出すスペースの確保は可能なことに、気づいたが故にされた報告。


 後々には、「最悪接収もあるかも?」という事情も相まって、サンゴウはさっさと解析を進めていたのである。


「この機体の性能やら構造やらを参考に、子機の変形からの艦長への装着合体機構を、できるようにしてみました。子機七体をそれ専用に改造しております。艦長は宇宙服なしで、宇宙空間でも生存可能でしょうから、本当は必要ないかもしれませんが。それでも、ないよりはあったほうが身体の安全性は高くなると判断します。尚、解析を終えた搭乗員の遺体は、外観の特徴はもちろん、遺伝子から見てもエルフではありません。艦長とほぼ同一人種だと推測されます」 


 こうして、勇者ジンは結果的に、ロウジュたちの大元の予定より半日ちょっと遅れた状態で目的地の中立コロニーがある宙域へ到着した。

 しかし、グレタ側がサンゴウを到着時点では「不審船」と判定したことで一定距離以内への接近を拒まれ、入港許可を保留とされてしまうのだった。


 サンゴウから収納していた賊の亡骸についての調査結果の報告を受けた、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。

 新たにサンゴウへ乗船してきたメイド長のアルラから、「中立コロニーには多数の人族と少数のエルフ族が住んでおり、人族が主権を握っている」という情報を知らされて、嫌な予感をビンビンと感じてしまうジンなのであった。

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