第3話
~ギアルファ銀河ベータシア星系第十五惑星周辺宙域~
輸送艦襲撃者たち相手のワンサイドゲームの戦闘を終え、サンゴウは艦長ジンの意向に沿って初期の救助活動を済ませている。
それでも尚、サンゴウは当該宙域から大きく離れることなく、事案発生の現場付近に留まり続けていた。
生体宇宙船は、手近な宙域で『小惑星』と呼べないサイズの小さな岩塊や、雑多なデブリを次々に捕獲し、エネルギーに変換して取り込む作業を繰り返す。
そうすることで、少しでもエネルギー残量を増やそうとしていたのだ。
むろん、それだけではなく、サンゴウの船内においてで並行して別の事柄の処置が進められていた。
それは、賊の襲撃を受けて航行不能となった輸送艦ベータワンから回収された、生きてはいるものの休眠状態のままな、三名の女性たちの意識回復処置であった。
彼女たちは、物語の眠り姫さながらに、身体の代謝機能を最低レベルで維持したまま眠り続けている。
そこから意識を覚醒させて、活動できるレベルへの代謝機能の復元措置を、サンゴウが施していたのだった。
勇者ジンの主観においてで、『エルフ』と呼ばれる外観的特徴を持つ女性たちの状況の推移はどうなっているのか?
女性エルフたちは未だ眠ったままではあるが、サンゴウによる診断と適切な処置が施されたことで生体反応レベルがゆっくりと上昇し続けている。
そのため、いわゆる『目覚めの時が近づいている状態』となっていた。
モニター越しで、ジンは興味津々の視線を彼女たちへと向け続けている。
彼女らは、それを感じ取ることができないハズだった。
それでも、何らかの奇跡が作用でもしたのであろうか?
三人は同時に、目覚めの時を迎えたのであった。
その瞬間まで全く飽きることなく、長時間モニターの前に陣取って、ガン見をし続けていたジン。
勇者は心の中で、「こいつ、動くぞ!」などと一人でネタ遊びをしつつ、待っていた状況の変化を受けて、歓声を上げる。
「やった! 起きてくれたぞ!」
「はい。意識が覚醒したようですね。では、まずは音声のみで意思疎通を試みましょうか」
ジンからすれば、「『いきなり映像付き』ってのも、それはそれでありなのだろう」と思えた。
だが、なるべく相手に与えるショックが少ない方法で、意思疎通を始めたほうが良いのもまた事実であろう。
サンゴウによって計算され尽くしたであろう配慮を感じ、ジンはなんとなく納得して了承する。
かくして、ジンとエルフ女性たちとの、初の会談の幕がここに上がったのである。
ただし、先陣を切るのがサンゴウなのは言うまでもない。
「私は有機人工知能搭載型生体宇宙船、サンゴウと申します。貴女たちは現在、宇宙船サンゴウの船内の一室に滞在中です。この会話は双方の使用言語が異なるため、言語解析による自動翻訳で行われております。『意思疎通には、十分な翻訳がなされている』と判断しておりますが、『理解不能な言葉や言い回し』があったり、『言葉の意味がおかしくないか?』などと感じることがあれば、遠慮なく申し出てください」
サンゴウはここまでを一息に言い切った。
そこから、少しばかりの間をおいて、三名の様子を細大漏らさず観察する。
エルフ女性たちの表情は、三者三様であった。
それでも、表情から読み取れる情報に共通して含まれる成分として、『困惑』が見て取れる。
そして、サンゴウの発言に反発している様子だけはない。
サンゴウの判断としては、「相手の方もまた、現在の状況の把握を優先する知性を持つのだろう」と受け止められる。
サンゴウは、無言のままの女性陣を観察するだけで、それを悟ることができた。
ならば、ゆっくりと互いの理解を深めれば良い。
そうして、サンゴウは『説明続行』を選択するのだった。
「まず、『ここはどこなのか?』とか、『何故、このような部屋に閉じ込められているのか?』とか、疑問に思うことが多々おありかと存じます。ですが本船、有機人工知能のサンゴウ及び艦長であるジンは、貴女たち三人になんら危害を加える意思を持ちません。現在の状況をご理解いただくため、本船が持つ記録を、これからそちらにあるモニターにて映像と音声で流します。その記録映像を見終えてから、質問を受け付けますのでまずはご覧ください」
三人が怯えているのもまた、確かなことである。
そのせいか、未だ言葉は一言も発せず、ただ三人で身を寄せ合っている。
混乱の極致といったところなのであろう。
そこへサンゴウの宣言通り、彼女らの視界に入るモニターへ映像と音声が流され始める。
その内容は、ベータワンが襲撃されている状況をおおまかに把握できるレーダー情報の推移と、ベータワンから発信された救助要請の受信から始まった。
続いて、サンゴウからのベータワンへの通知がなされる。
更なるベータワンからの返信を受信し、襲撃状況が光学映像に切り替わってから、サンゴウの攻撃による賊の排除。
そんな内容の映像が途切れることなく流されて行った。
そして最後は、サンゴウによるベータワンの強制停止と接舷、子機による艦内への強行侵入が開始され、三人の搬送収容までである。
三人は真剣な面持ちを保ち、ずっと無言のままで食い入るように、モニターに流されている映像を見ていた。
映像の場面が、子機の手で開閉機構が死んでいる扉を強引にこじ開けたところまで来る。
そこに映った二人の遺体を見て、三人は静かに涙を流した。
「映像はここまでです。ご自身の状況はご理解いただけましたでしょうか?」
「理解しました。助けてくださってありがとうございます」
三人のうちの一人が気丈な面持ちへと表情を変化させ、サンゴウの問いにはっきりと返答する。
エルフが、ついに言葉を発した。
その音声をモニター越しに聞いていたジンは、想像の遥か上を行く美声に感涙を浮かべていた。
むろん、見目麗しい容姿も加算されての感動なのであるが。
「見ていただいた映像は、不要と思われる本船内部で行われたサンゴウと艦長の会話の音声部分をカットしているものの、それ以外は一切加工がされていないことを、ここに宣言しておきます。そして、貴女たちにはとりあえず食事を提供いたします。食後に落ち着いてから、『艦長とモニター越しにて、面談を』という段取りを考えています。ここまでで、何か不都合な点はございますでしょうか? ああ、お名前だけでも教えていただけると助かります」
「ごめんなさい。まだ名乗ってもいなかったわね。私はベータシア伯爵家の長女ロウジュ・ハ・ベータシア。私の右手を握っているのが次女で、左手を握っているのが三女。それぞれ自分で名乗らせたほうが良いわね。私のことは『ロウジュ』と呼んでくださって構いません。この度の救出、本当に感謝しております。ほら二人ともちゃんと名乗ってご挨拶を」
「次女のリンジュ・ハ・ベータシアです。助けてくださってありがとうございます。『リンジュ』とお呼びください」
長女のロウジュ、次女のリンジュに続いてもう一人が名乗りをあげる。
「三女のランジュ・ハ・ベータシア。助けてくれてありがとう。『ランジュ』呼びで良い」
三人が名乗ったところに、出入り口のない室内の壁に突如生みだされた直径一メートルほどの穴を抜けて、ひょっこりと食事を運んで来た子機が姿を現す。
サンゴウは生体宇宙船であり、自身の体内である船内構造における変形は自由自在であった。
室内に侵入した一機の子機は、ふよふよと飛んでロウジュの手前で空中停止する。
続いて、停止した子機の球体部分の上部がパカッと開く。
そこには、籠にどっさりと盛られたパンのようなモノと、湯気が立つ一目で温かいとわかるシチューのようなモノが入った器が三つ。
大きめの三人分のグラスにはなみなみと水が注がれており、それとは別に、中に水が入っていることが見ればわかる、真空断熱が施されているであろう透明な樹脂製のポットも鎮座。
覗き見状態のジンが、「これ、量が多過ぎじゃない? 男性三人でも食べきれずに残しそう」と考えてしまうほど十分な量である。
サンゴウから三人へ、「食べられそうか?」という確認だけはしっかりと入る。
それを受けて、パンのようなものを小さくちぎり、シチューのようなものを一匙掬って、長女のロウジュが試食を行う。
そうして、「問題なし」の返答がなされた。
尚、明らかに過剰に思われる物量については、「分量的に足りないよりは、残されるほうが良い」というサンゴウの判断の結果だ。
まぁ、仮に食べきれずに残ったとしても、サンゴウが再処理して有効に使用するので、「もったいない」という状態にはならないのだが、そんなことは些細なことであろう。
三人のエルフ女性の食事が始まる。
そこを監視のように眺めるのは、「さすがに無粋であるだろう」と、今更ながらに気が引けるジン。
女性との適切な距離感や、適切な接し方が全くわかっていない勇者さまだ。
ジンはサンゴウに、三人の食事が終わるまで、自身の眼前にあるモニターの映像を切ることを頼んだ。
むろん、緊急時は適用外であることを申し添えて。
「サンゴウさん。美味しくいただきました。ありがとうございます」
長女のロウジュが代表して、モニターに向かってそう呼び掛ける。
「はい。どういたしまして。では、食器などは子機の中に戻してください。艦長との面談は行えそうですか? 食休みの時間が必要なら、もちろんお待ちします。遠慮なく申し出てください」
「いろいろとお気遣い、感謝致します。私を含めた三人全員に、クルーや従者を失った事実に対する深い悲しみがあります。もし、『気持ちの整理が、完全についているか?』と問われればそれは『否』です。ですが、私たちは隣の星系との中間にある中立コロニーに向かわねばならないのです。時間が限られているのでのんびりとしているわけにも行かない。そのような事情もあるのです」
「そうですか。ご自身が抱えておられる事情も含め、諸々の全てを艦長との面談でお話されるのがよろしいかと存じます。では、艦長との面談を始めますね。画面を切り替えて艦長と繋ぎます」
そうして、ついにジンは美人のエルフさんと初めてお話する事態を迎える。
ジンにとっては、生きて動いているエルフさんとの、感動のご対面であった。
尚、当初の予定ではいきなり映像付きでの面談行うのは避ける話になっていたのだが、サンゴウが音声のみで会話を続けて、「問題はなさそう」と判断された。
なので、モニター越しではあるものの、ジンの顔がロウジュたちにも見えている。
もっとも、サンゴウのその判断は、短期的には失敗だったのかもしれない。
彼女らからすると、「ジンの顔と服装」という視覚で直接的に得られる情報から始まって、そこへ画面越しにであってもなんとなく伝わって来る、ジンが身に纏う雰囲気まで加算された。
その結果、三人が最悪に限りなく近い第一印象を抱いてしまう原因にも繋がったので、少なくとも「成功」とは言えない。
助けたことで上がっていたはずの好感度は、この時点でダダ下がりだ。
ただしこれは、「遅いか早いか」の違いでしかない。
どのみち、いずれジンとロウジュたちが顔を合わせる事態の発生は避けられなかったのだ。
であれば、その段階でエルフ女性たちが人族の男性であるジンへの嫌悪感を持つのは不可避であろうから、その意味では正誤の判定が非常に難しい事柄なのだけれど。
ここからは余談になるが、ジンはファンタジー世界で勇者をやっていたくせに、その世界の住人である「エルフさん、ドワーフさん、獣人さん」といったメジャーな種族の方々と接点を一切持てなかった。
と言うか、ジンに対して「召喚」という名の拉致を行ったルーブル帝国は、人族至上主義の帝国であり、帝都ルーにおいてジンのような純粋な人族以外は、全て排斥、迫害をされていたのだ。
ルーブル帝国においては、いわゆる「亜人枠」とされるエルフ族、ドワーフ族、獣人族などの人々が下手に帝都ルーに入ろうものなら、即刻無条件に殺される危険すらある状況だったのである。
そんな状態の帝都に亜人枠の種族の人々が寄り付くはずもなく、勇者時代のジンはそうした種族を見ることすらできずに、ただただ帝都隣接のダンジョンでひたすら魔物を狩って修行をする日々を延々と送り続けた。
帝都ダンジョンのコアは、魔王城のある浮遊島へ人族が飛ぶことができるようになる唯一のキーアイテムであったこともあり、勇者ジンはダンジョン攻略完了からの対魔王戦へ。
そこからの流れは第一話冒頭に繋がるので、ついに勇者時代のジンはエルフさんを直接目にすることがなかったのである。
過去に思いを馳せれば、「せっかく異世界ふぁんたじーしてたのに!」と、ジンは悔しい気持ちになる。
知識としてのエルフさんの存在は、もちろん知っていたのだが。
余談はここまでにして本筋へと戻ろう。
「初めまして。艦長の朝田迅です。家名が朝田で名が迅ということになります。家名があるのは祖国の風習であって、私の祖国の国民全員に家名があります。ですから、家名があるので貴族であるとか、そういうことではありません。私のことは『艦長』あるいは『ジン』と呼んでいただいて構いません。では面談を始めたいと思います」
異世界あるあるの「家名があるのは貴族だろ!」という決めつけ問題。
そんなアレを、自己紹介がてら一息に言い切って、早速潰しに掛かったジンであった。
けれども、実はジンとサンゴウが迷い込むように入り込んだ宇宙、いわゆるこの世界においては、平民階級でもちゃんと家名を持っている。
少なくとも、ギアルファ銀河のベータシア伯爵家が所属する銀河帝国では、それがデフォルトなのだった。
よって、『家名持ち=貴族』が常識ではない。
ジンの言葉を聞いて、ロウジュたち三人はそれぞれに、きょとんとした顔になるだけだったりしたのは、些細なことであろう。
「初めまして。ベータシア伯爵家の長女、ロウジュ・ハ・ベータシアと申します。こちらが次女のリンジュ。そしてこちらが三女のランジュと申します。サンゴウさんより伝わっておられるかもしれませんが改めてお礼申し上げます。この度の救助。本当にありがとうございました。そしてこの面談では、代表で私がお話させていただく形で良いでしょうか?」
「ああ、もちろん構いません。ただ、『リンジュさんやランジュさんに、どうしても直接確認したいことがある場合は、その限りではない』ということで了承いただきたいな」
「はい。それでお願いします」
このような会話の流れで面談が始まったわけであるが、シンの内心は歓喜に溢れている。
それを文章で表現したなら、「美人エルフさんとお話! 美人エルフさんとお話!」だったりするのだから、これが相手にバレれば不審者認定一直線であろう。
ホントにヤバイ勇者である。
もちろん、それを露骨に表情へと出すことはないので、一応問題が表面化することはないのであるが。
「さて、何から話すべきか。うん。まず、護衛艦もなしに輸送艦のみで航行していたのは何故だろうか? また輸送艦の目的は何だったのだろうか?」
この時のジンの最大の目的は、本来すべき未知の宇宙についての情報を得ることそっちのけで、美人エルフさんとの会話をすることそのものにすり替わっていたりするのは誰にも明かせない秘密だ。
よって、最初は当たり障りのなさそうな、どのような返事がされても大丈夫な話題を振った。
むろん、ほんのちょっぴりだが情報収集も考えていたし、いざ話を始めれば徐々に大元の目的の方向へと思考が切り替わっていくはずなのだが。
「はい。輸送艦のみでの伯爵領内星系の航行は普通のことです。まがりなりにも軍艦であるので最低限の武装はありますし、軍に喧嘩を売る馬鹿な賊は普通ならばあり得ない存在ですので。それと、輸送艦の目的ですが。今回は軍事行動が目的ではないので、軍機ではありませんから開示できます。隣接星系との中間点にある中立コロニーへ私たち三人を運ぶことですね。もちろん交易品も積んではおりましたが」
ロウジュの語った「軍に喧嘩を売る馬鹿な賊は普通ならばあり得ない存在」という部分には、それ相応の理由が存在する。
端的に言うと、「軍と賊には所持している武装に雲泥の差があり、火力の面で超えられない壁が存在する」のである。
ジンは当然知らないが、ギアルファ銀河帝国において、軍用の武装は軍以外に建前上は流通することがない。
中古払い下げのような扱いでも厳格に管理され、財力の低い貴族の領内軍へと流れて行く。
もしくは完全廃棄でスクラップである。
従って、『通常の賊の武装』というのは民生品もしくはその改造品であって軍の武装よりもかなり劣ってしまう。
けれども、民間船のみを襲う賊には、それで十分であったりするのであった。
だが、何事にも抜け道、裏稼業というのは存在するものであり、極少数の賊に限られた話ではあるのだが、軍用の武装を非合法で手に入れていたりするケースだって出てくる。
そうした『極少数の限られた賊』というのは、当然狙う獲物もそれなりの相手になるし、美味しい獲物の情報が入ってくるルートも確保されていたりする。
また、闇で請け負う襲撃の仕事の質も、当然それなりのモノになるわけで。
今回のロウジュたちがお客さんとして乗艦していたベータワンを襲った賊は、『そのような部類であった』というだけの話である。
「そうなのか。そういうモノなのか。ところで、私とサンゴウの事情も少し話をしておこう。実は私たちは『原因が定かではない超空間跳躍航行中の事故に遭った』と考えられる状況下にある。元々私たちがいたはずの宙域は、どこだかもわからないほどに遠い。そんな現在位置に迷い込んだようなんだ。なので、『この星系の事情』も、『この国の事情』も、『この銀河の事情』も、とにかく全てがわからないんだ」
ジンが語った『自らの事情』とは、サンゴウが造り上げたそれっぽく聞こえる大嘘でしかない。
いわゆる、『噓も方便』というやつなのだった。
「それで納得がいきます。この船。このような船が配備されて運用、いえ、そもそも『開発されている』なんて聞いたことがありませんもの。賊との戦闘映像からわかる戦闘能力もあり得ないくらいに高いですし。けれど、父のところへ全く情報が入らないような遠方で作られた船であれば、そういうこともあるのでしょうね。それに今。私が話しているギアルファ銀河共通語に対して、『言語体系が違うので翻訳を』と仰った時点で、『異なる文明を築き上げた場所からの来訪者だ』と察してしまいますしね」
「ああ、確かに。この船は特別製だよ。有機人工知能のサンゴウも含めて、な。そして、そうだな。間違いなく私もサンゴウもこの船も、異文明の産物に当たるだろう。少なくともこの銀河においては、だがね」
いくらジンでも、なかなか本題である「助けた対価として、この銀河の情報を。貴女たちが知る限りの全部をくれ」というのは、さすがに切り出しにくい。
そもそも対話相手のロウジュはジンにお礼こそ述べるが、『具体的な謝礼について』とか、『対価についての話』を一切しないのである。
「さて、ですね。お互いの理解が若干なりとも進み、『少なくとも当方が、貴女たち三人に危害を加える気はない』という程度の信頼は『得られた』と思うのだが、どうだろうか?」
「そうですね。性的に襲うつもりであるのであれば、今現在の状況はあり得ません。それでも、『全面的に信頼している』とまでは言えないのですが、『信頼したい』と思っていますし、『信用してお願いをするしかない立場だ』とも思っておりますよ?」
「『お願い』ですか? どんなお願いなのでしょう? それとそのお願いに対する対価はあるのですか?」
「当初からの目的地である中立コロニーへ私たち三人を送り届けていただくこと。それがお願いとなります。そして対価についてですが。救出していただいた件の対価も含めてのお話になります。私たちは当主ではないため、自由になる財産はささやかなものですし、当主であり父である伯爵に報酬をお願いすることまでしか権限を持ちません。その件の決定権は、あくまで当主にあるのです。ですから、この場で『対価はこれです!』というお約束はできかねるのです。どうしたら良いでしょうか?」
ジン目線だと、今のロウジュの発言は、絶好のチャンスが到来した瞬間となった。
この会話の流れからであれば、ロウジュに知識を要求するのは可能であろう。
よって、ジンはここぞとばかりに語る。
「そうですか。ではまず確認ですが。現在私たちが確保している『賊の艦』や『小型機体』の所有権はどうなりますか? また、同じく確保している『ベータワン』についてはどうなるのでしょうか? その二点について教えていただきたい」
「賊由来の物資については、所有権が賊を討伐した者にあります。『ベータワン』については軍の所有艦ですので、もしも破壊された場合はその宙域を特定し、可能な限り回収をしてスクラップ処理までが軍の義務となります。これは軍用の武装を軍以外に利用されないための措置であり、帝国法で定められています。しかし、その、今回のケースでは、ベータワンの艦自体を確保なさっておられるのですよね? 大変申し上げにくいのですが。まず、確保している場所の情報を軍への通知することが求められ、次に艦の曳航と引き渡しが要求されます。金銭での謝礼は出るはずですが、『納得できる妥当な額か?』と問われればおそらく『否』となるでしょう」
ベータワンの艦体については、ロウジュの説明を聴く限り、あまり気分の良い内容の結末にはなりそうもない。
そうとしか考えられなくなってきたジンである。
しかしながら、『曳航』という言葉が出る時点で、おそらくこの銀河の住人にはジンが持つ収納空間の技能はないことが推察できる。
となれば、『該当艦を持ったまま移動している』というのは想像の範囲外のお話になるであろうし、引き渡しを要求する側は、『どこかに置いてある、あるいは隠してある』と考えるのが妥当であろう。
そして、今現在収納空間に入っている艦体を、ジンが持っていると証明する手段。
そんなモノは、ギアルファ銀河の住人にはないハズなのであった。
知らぬ存ぜぬ押し通して、持ったまま逃亡も可能だ。
ジンの頭には、そのような案が過った。
最悪でも証拠隠滅目的で、『サンゴウに全てエネルギーへと変換してもらって、吸収してもらう』という手段までもある。
さて、どうしたものか?
ジンとしては、悩みどころであった。
「なるほど。ただ確保場所に見張りがいるわけでもない場合、そこから盗み出されるなんて事案発生もあり得ますよね? そうなった場合、『いわゆる二次被害への責任』というのはどうなるのですか?」
「そうですね。そのようなケースですと、前例から言えば、『軍からお小言』というか『嫌味』を言われながら、『本当に隠して確保していないか?』の厳重な取り調べを受けて、無罪であれば放免ですね」
ロウジュの発言で、ジンの腹積もりは固まって行く。
具体的に「どうなったのか?」と言えば?
その答えは、「おーけー! わかった! 軍の態度しだいで持ち逃げするかどうかを決めるとしよう」などと、とても不穏な方向へと思考が傾いたのである。
「鹵獲品に対する権利関係はわかりました。そろそろ『本題』というか艦長としての『対価の要求』を述べさせていただきます。先に申し上げた通り私たちは、この銀河の知識を『全く』と言って良いほどに持っていません。ですので、可能な限りで構いませんので、情報提供をお願いします。もちろん、ベータシア家のご当主である伯爵さまからは、伯爵さまが妥当と判断される報酬を、『別途、諸々の対価』として受け取りたく思います。それでいかがですか?」
「はい。当家の機密事項とか、ギアルファ銀河帝国の対外的にオープンにしていない情報については、『私の判断でお伝えしないこともある』のをお許しいただけるのであれば。可能な限り知識の提供に応じます」
「ええ。それで大丈夫です。良かった。情報提供していただけないと、これから向かわねばならない中立コロニーの場所さえわかりませんからね。本当に良かった」
ジンは一応チクリと、「できるだけ多くの情報開示をしておくれよー」のアピールをしておく。
ただし、「まぁホントにヤバイ情報は、逆に提供されると困るかもしれんがな!」という本音は隠す。
こうした部分では、あまり危うきには近寄りたくないジンなのである。
こうして、勇者ジンは自分からは言い出しにくかった情報提供の要請を、話の流れに乗って上手くロウジュに呑ませることを成功させた。
大して賢いわけでもないのに、君子を気取って「アブナイことには近づくのを避けたい」と思いながらも、実のところ過去には無意識にいろいろとやらかしている、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。
理由はともかくとして、これまでの人生において、アブナイことにも首を突っ込んだ経験を、それなりに持っているジンなのであった。
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