第7話

~中立コロニーグレタ宇宙船用港内五百メートル級用バース~


 生体宇宙船サンゴウは、係留中のグレタ宇宙港にていつでも出港可能な状態を維持していた。


 艦長のジンはグレタ入国管理局へ通信を入れる。


 その内容は出港予定についてだった。


 問題なくロウジュたちの上陸が許可された場合、ジンのみは上陸することなしに、可能な限り速やかに出港することを希望として伝えたのである。


 これは、「当初予定していた補給物資の調達を中止している」ということを意味している。


 それに加えて、「サンゴウが入港する前にジン名義でグレタ側に提出された申請内容を信じるのであれば」という前提条件が付くものの、ジンはギアルファ銀河外からやってきた外国人であるにも拘らず、初入港したグレタにて「物見遊山の観光上陸すらも行わない」ということになるのだ。


 現在のサンゴウには、ギアルファ銀河帝国内で通用する艦籍コードがない。


 それを取得することなく出港を急ぐのであれば、「合法的にグレタ宇宙港の使用料金を支払って出港した」という証明書のみを取得、いわゆる『グレタ出港証明書』の作成手続きをする流れとなる。


「『グレタ出港証明書』があれば物理的な書類での確認が可能となり、帝国内に置ける情報伝達が終了するまでのタイムラグが存在はするものの、電子データとしても照会が可能になる。よって、艦籍コードがなくとも、一応他の港でも入港審査が簡略化される可能性が高くなる」


 グレタ側からは、以上のように説明された。


 ちなみに、グレタを出てからどこにも寄港せずに戻った場合も、入港審査が簡略化される部分は同じである。


 出港を急ぐことになったため、結果的にはジンとサンゴウのコンビが港の使用料金以外で、グレタにお金を落とすことはなくなってしまう。


「当コロニーに何か不満があったのか?」


 このような状況だと、前述のようにグレタ側から問い合わせを受けるのもやむを得ない。


 何故なら、交易の中継点として機能している中立コロニーのグレタとしては、サンゴウのような行動をする宇宙船ばかりになると死活問題になりかねないのだから。


 故に、それはある意味、当然の問い合わせではあったのだ。


 ジンはその疑問に対して、サンゴウの助言を参考にしながら、真摯に答える。


「出港を急ぐのは、あくまでも緊急で行きたい場所ができたためであって、グレタに不満などない。時間があればここで物資の補給をしたかった。予定が流動的なので確実な話にはならないが、グレタ出港後に最短だと一日から二日以内の範囲で、またグレタへと戻ってくる可能性がある。もしそうなった時は、よろしく頼む」


 そんな半ば弁明のような発言をジンがすることで、なんとか穏便に話を終わらせることができたのだった。


 事態の変化で当然の如く、グレタ側が行う予定であったサンゴウへの乗船臨検のお話は、うやむやになり中止となってしまう。


 ジンとしては、「次回入港した時には、乗船臨検の話が復活せずスルーだと良いなぁ」などと、実に己にとって都合の良い展開を妄想する。


 まぁ、ジンの個人的な妄想など、些細なことでしかないのだけれども。




 ジルファの経過観察が無事に終了する見込みとなった。


 それを受けて、セバスはロウジュたちの下船時の迎えを、既にサンゴウの周辺に待機させている。


 執事セバスは、ジンとサンゴウの共通認識として、「ファーストコンタクト時に、『事前通信のし忘れ』という大ポカをやらかした人物」となっていた。


 その時の悪い印象があっただけに、今回のロウジュたちの下船時の手配の段取りが予想外に良いことで、セバスに対する人物評価が良い方向に更新されたのだった。


 この時のセバスは、グレタの管理局と連絡を密にしていたため、サンゴウが出港を急いでいることを知っている。


 そのため、彼がロウジュたちへの出迎えを完璧に準備したのは、仕える家に対する職責に忠実であったからだけではなく、「ジンとサンゴウの状況への配慮」と言う側面もあったのだった。

 



 時系列は前後してしまうが、少々未来の事象についてここで述べておくと、女性陣による、ジンとの(快適なサンゴウからの?)別れを惜しんでのグダグダな見送りはやめさせ、セバスは迅速に宇宙港から撤収した。


 それは、ジンの時間を無駄にさせないためであり、少しでも早くサンゴウを出港させたいがためでしかなかった。


 無言で、実直に行動することのみによってセバスはそうした意図を示す。


 そして、それをサンゴウの船内で確認している側も、察することができないほど愚かではない。


 ポンコツ勇者のジンであっても、足りない部分を補うことのできる優秀なサンゴウがサポートをするのだから。


 セバスの有能な姿に、ジンは感心する。


「(さすがセバスチャン! できる執事の代名詞的な名前を持つ男なだけに、やはりモノが違うぜ!)」


 そんな「見当違い」というか、「的外れ」というかの思考を、この時のジンがしていたことは、誰にも知られない方が平和であるのだろう。


 セバスはセバスであって、断じてセバスチャンではないのだ。




 そんな少し先の未来の話はここまでにして、元の時系列に話を戻そう。


 談話室でのロウジュとの話を終えたジン。


 彼は、しばしの時を挟んだのちに、サンゴウとの事前打ち合わせタイムへと突入して行く。


「艦長。第十二惑星へ全速急行した場合、サンゴウが現在保有している使用可能エネルギーのうちの約七割を消費してしまいます。宇宙獣の駆除は、どのようにされるおつもりなのですか? それとサンゴウのエネルギー補給は、どのようにされるのでしょうか? 行くだけなら、第十二惑星を経由して第十三惑星へもたどり着くこと自体はできますけれども」


 当初は現在位置から近い方を先にする順番で、第十三惑星、第十二惑星と向かうつもりであったのだが、戻って来るまでの航程で効率が良いのは第十二惑星へと先に向かうことであった。


 ただし、サンゴウがジンに説明したように、この案件にはエネルギー補給の問題が付いて回る。


 宇宙獣へはどのように対処するのか?


 サンゴウは、「そこにも当然、エネルギー消費がある」と考えていた。


 それは、的外れだったりするのだけれど。


「ああ、それな。実はな、子機七体のアレを装着してた時に思いついたんだが、俺の魔力ってさ、『サンゴウに直接注ぎ込めるんじゃね?』って思ってな。もし『それが可能だ』って話になると。最初にサンゴウと出会った時のことを思い出すと凹むことになりそう」


「ああ、なるほどあの未知のエネルギーを使うおつもりでしたか。納得です。しかし艦長が『凹む』のですか? 何故でしょうか?」


「『パーフェクトヒールはなんだったんだ! アホじゃん俺! 気づけよ!』ってなるだけ」


「なるほど。しかし、この件はそうではないので安心ですよ。あのエネルギーは不可解なことに、サンゴウの利用方法においては、貯蔵と放出と駆動系にしか利用できません。船体の再生修理には利用できず、それをするには『魔法』という手順が必要なようです。ですので、あの時の魔法は結果的に正解だったのですよ。むしろエネルギーとして先に吸収を行っていたら。『貯蔵だけはできるのに、何故船体再生用のエネルギーとして転用できないのか?』ってブチ切れていたかもしれませんね。だから、結果オーライ。『お互いに良かった』と考えます。しかし、『魔力』って本当に謎のエネルギーですよね。なんなのですかアレは」


 サンゴウから率直に、「アレはなんだ?」と、魔力について問われても。


 残念ながら、ジンはそれに対する答えを持ち合わせてなどいない。


 何故なら、自分自身が「どのような原理の、どんなモノなのか?」を全く理解していないのだから!


 使えるから使う。


 ジンにとっては、ただそれだけである。


 そして今更の話だが、この世界に魔法がない!


 なんと、『ない』のである!


 ふぁんたじーならエルフさんにあっても良いはずの、テンプレ的な精霊魔法だって影も形もない。


 それは、空間に漂う魔力自体がないので当たり前なのであり。


 大元がなければ、吸収して使うこともまたない。


 それだけの単純な話なのであった。


 そういった意味に置いては、部分的ではあるにしろエネルギーとして利用できるだけでもサンゴウはすごい。


 その点について、「さすが、超科学文明が生み出した生体宇宙船」と言える。


 むろん、サンゴウのすごさはその点だけに留まりはしないが。


 ただし、サンゴウ自身は、「それがすごいことだ」と認識することはない。


 未来永劫、そのような認識を持つことはないのだ。


 残念勇者が艦長に就任すると、その残念さが影響してくるのだろうか?


 サンゴウには、「ガンバレ!」という慰めも含んだ声援が必要なのかもしれない。




 それはそれとして、この世界における「エルフさん」というのは、ではどのような存在であるのだろうか?


 その答えは、「『美男美女揃いで、体型はやせ型。他種族に比べれば、筋力やや低めで敏捷性やや高め。個人差はあるが、総じて飛び道具に適性が高い。基本的に長命で病気への耐性も高い。繁殖力はやや弱い』という種族として知られている」となる。


 ここでは関係のない話だが、ロウジュの実父はたった一人の妻との間に、三人の娘を授かっている。


 だから、頑張ったほうではある。


 残念ながら、息子は生まれてこなかったが。


 とにもかくにも、この世界のエルフさんは、魔法が使えない!


 そのような存在なのである。




 そうこうしているうちに、サンゴウへはついに、待っていた許可をする旨の連絡が届く。


 それは、ロウジュ以下五名の下船許可の連絡であった。


 ここでは、『感動の別れと再会の約束を』などというシーンはない。


 加えて、見送りで手を振るお友達に、笑顔で答えちゃったりなんかもしない。


 残念勇者には、それとコンビを組む相棒のサンゴウには、そんなものは微塵もないのである。

 



 ジンはサンゴウの操船艦橋にて、サンゴウと打ち合わせをしつつも、いつでも出港できる状態を維持する待機中だった。


 下船許可の連絡を受けて、一応モニター越しに女性陣とは軽い別れの挨拶を済ませる。


 そして滞りなくロウジュ以下五名の下船は終わり、いざ出港となったのだった。




 グレタ港管制官はサンゴウの出港に当たって、前回のサンゴウ入港時の経験を活かす。


 管制官は計器類がレッドランプ一色にならないよう、「これまで、訓練でしか使ったことがない」というマニュアルモードへ切り替えていたのだ。


 すんなりと出港が完了し、サンゴウが全力を出せる宙域までは、周囲に配慮した速度での航行となる。


 ただし、この「周囲に配慮」というのは、サンゴウ基準で行われていたため、管制官には、「驚愕の暴走行為だ」と受け止められていたりもする。


 おそらく次回の入港時には、しっかりと怒られることであろう。


 仮に怒られずに済むとしても、厳重な注意をガッツリされるはずである。


 やったのはサンゴウなのだが、後日グレタ港管制官からお叱りを受けるのは、艦長であるジンになるであろう。


 そうした、たぶん起こり得る未来は、ジンにとって気の毒な話ではある。


 だが、そんなことは。


 美人エルフさんであるロウジュの危機を救う、ヒーロー役になりたい勇者ジンからすれば、些細なことなのかもしれない。




「艦長。最高速での跳躍航行へ移行できる宙域まであと三十秒です。ここまでのエネルギー消費は、ほぼありません。艦長からの謎エネルギーの供給のおかげですね。エネルギー残量は九十八パーセント以上あります。ただし、ここからは消費量がドカンと増えます。供給に当たっての負担がどうなっているのか? サンゴウにはわかりかねますが、それなりの覚悟をお願いします」


「おう。構わないから、やってくれ」


 そうして、サンゴウは超空間を利用する、跳躍航行へと突入する。


 この時、やってみて初めて判明した事実もあった。


 ジンの魔力の回復システムの欠点が露呈したのだ。


 ジンに融合された龍脈の元は、確かに莫大な量の魔力を無限に生み出し続ける。


 しかし、一時的にそれを入れる器となるジンの肉体が蓄えられる量には、上限が存在していたのである。


 そこに入りきらない、龍脈の元から供給され続ける魔力は、自動的にジンの収納空間へと流し込まれて蓄えられる。


 そんな流れで収納空間に常時蓄えられ続ける膨大な量の魔力を、ジンが引き出して使うこともむろん可能だ。


 ただし、それを使うには、一旦肉体を経由する必要がある。


 そして、本当に僅かな、刹那の時間のタイムラグが減った魔力の補充には必要とされるのだった。


 ごちゃごちゃと解説のような話が続いてしまったが、要点のみをわかりやすく纏めて言うと以下のようになる。


「ジンが一度に使える魔力の量は肉体的な面で制約があり、それを超えて無茶をすると、超シンドイ思いをする。つまり肉体的にも精神的にも、苦痛である」


 簡単に言ってしまえば、そんな話だ。


 ジンとしても、細かな理屈はどうでも良いのかもしれない。


 今回の事案で、初のジンとサンゴウのコラボによる全力航行が成立した。


 その際に、「移動用のエネルギーを負担したジンのところに、過大な負担が掛かった」ということであり、「そのジンへの高負荷は、サンゴウがジンの魔力供給の原理をある程度把握していれば、避けられるモノでもあった」という部分が、やってみて初めて判明したのであった。


 付け加えると、実のところ今回の案件では一歩間違うと、ジンが魔力の引き出され過ぎでショック死する危険性すら存在していた。


 そうならならずに済んだのは、サンゴウ側の性能が、そこまで届いていなかっただけの話だったのである。


 ジンもサンゴウも、お互いに悪運が強いのだろう。


 そして、「何事も初めてって怖いよね」という、見本のようなお話でもあった。


 それはそれとして、無茶をしても、それで生き残ることができたならば。


 ジンは勇者としての成長の特性と、レベル上限の開放が付与されているせいもあって、基本性能が上昇する。


 この場合、具体的にはジンの肉体の魔力を入れる器の部分が大きくなった。


 加えて、おまけのように。


 ファンタジー世界産の勇者は、これまで持っていなかったその身に溜められる魔力を圧縮する技能を、この時に身に着けている。


 サンゴウの細胞に触れて膨大な量の魔力をエネルギーとして供給したことで、ジンは自覚なしにそれを習得してしまった。


 しかも、発動条件はなんとパッシブ。


 いわゆる、無意識下での常時発動である。


 これは、ジン以外の過去にルーブル帝国で召喚された勇者たちが、誰一人として持っていない技能であり、異世界且つ超科学文明にジンが触れたことによって初めて起きた能力の開花でもあった。




 第十二惑星に到着するまでに必要な時間は五時間。


 この五時間には超空間を使用する跳躍航行以外の、通常空間での航行時間が当然含まれている。


 ジンがつら~い状態を強いられたのは四時間弱の間のことであった。


 サンゴウが通常空間での航行に戻れば、一度に必要とされる魔力の供給量は減少するのだから。


「ふぅ。これはきつかったわ。あと二回はこれやるのかよ」


 行き帰りで、総跳躍回数が三回。


 そう考えると、確かにジンの言った回数は合っている。


「いえ。艦長。推測ですみませんが、今回艦長に掛かった負荷はサンゴウ側でやり方を工夫すれば避けられそうです。今回の艦長への過負荷はお互いに想定していない事象でした。が、次はそれがあったことを踏まえてやり方を変えられます。もしかすると、何度かは試行錯誤が必要になるかもしれません。しかし、今後は艦長への負荷が軽減されるように努めます。今回の件は、『お互いが自己の能力を過信して起こった事故のようなもの』と考えるのが妥当と判断します。サンゴウの配慮が足りませんでした。申し訳ありません」


「いやいや。お互い無事なんだし、サンゴウが謝罪をするような話でもないだろう。『想定時間内で到着』という目標自体は達成されている。『無知な俺が無茶をして、起こった不具合は不可抗力だった』で、良いじゃないか。次回からは避けられそうなんだしな」


「はい。では次回は工夫して、調整します」


「(きついにはきつかったが、次からは起こらないことであるなら、グダグダ引っ張るような話じゃないな!)」


 ジンはあっさりと割り切り、思考を切り替えるのだった。


 そうして、勇者は直近の未来へと思いを馳せる。


「うん。じゃこの話は終わり。さて、と。『宇宙獣』ってのはどんなのかねぇ。ロウジュからの情報だと、『何でも浸食して食う。生き物が特に好物で、有機物大好き。無機物の鉱物も、有機物を消化するのと比較すれば時間は掛かるけれど、全部食べてしまう』って話だったが」


「それなのですが、艦長。実はサンゴウはこの宙域から感じられるおびただしい数の生命反応の、独特な波動に心当たりがあります。コレはサンゴウが造られた際に利用された、大元の生物ですよ。サンゴウの制作者達が、『宇宙の掃除屋』と呼んでいたモノです。コレが相手ならば、サンゴウの感応波の能力で集合指示が出せます。百パーセント害獣でコレが存在していて利益になることは何もありません。殲滅が推奨されますね。完全殲滅しないと短期間で増殖します。エサになるモノがある限り増え続けますし、近くに十分な量のエサがなければ、エサを求めて移動を開始します。なので一匹も残してはいけません」


「サンゴウ。言い辛いけど、言うわ。これさ、相手がサンゴウ自身の母体みたいな生物なのに、そんな感じで良いのかよ?」


 同族殺し的な事柄を想起してしまったが故に、ジンはサンゴウに改めて確認をするのだった。


「ええ。もちろんですとも。奴らにはサンゴウのような知性はありませんから。フフフ」


 ジンは内心で、「だからそのフフフは怖いって!」と、呟く。


 それだけは、サンゴウに対して正直に指摘することができないジンなのだが、これもまた些事であり、些細なことであろう。


 サンゴウが「感応波」という特殊能力を使い、宇宙獣を呼び集める。


 その結果、付近の宇宙獣がどんどん集まって来る。


 まるで、どこぞのロールプレイングゲームのスラさんたちが、集まって王様なスラさんになるかの如く。


 宇宙獣は合体融合でもしているのか?


 とにもかくにも、ソレはどんどん大きく膨れ上がり、固まっていく。


「個別に殲滅しながら減らしても構いませんが、纏めて全部を一度で倒したほうが、手間もなくて良いですよね?」


 サンゴウの判断基準では、融合前の個別の宇宙獣一体の危険度が「C」の判定となる。


 融合を済ませた段階だと、その時の大きさによって危険度の判定は変化して行く。


 では、今回の案件の危険度はどうなのか?


 第十二惑星周辺宙域で、サンゴウが発した感応波の影響下にある個体群。


 それらの合体し終えたサイズは、「直径三キロほどの球体と同等」と表現してもそう違和感はないモノとなっていた。


 そして、そのサイズだとサンゴウの判断基準の危険度判定でランク付けをすれば「AA」となる。


 ちなみに、そこから上の判定は、AAA、S、SS、SSSと四段階で続くのだが、それは今の状況下において、全く関係ないお話であろう。


「手間ねぇ。俺がやるならそうかも。ところでなぁ。アレってさ。サンゴウならどう倒すんだ?」


「はい。サンゴウならば。あのサイズの全部が有効範囲に入る、超空間砲を使用しますね」


「ああ、あれか。『溜めに時間かかるけど、有効範囲内のモノを跳躍航行で使う超空間へ吹っ飛ばす』という。でもさ、そんなことをすると、その飛ばした先の超空間内で暴れたりせんの?」


「あの空間では、アレは生きられませんよ。サンゴウのように適応できる遺伝子改良を受けていない限り、生存不可能なのです。フフフ」


 ジンはサンゴウの言葉の大部分に安堵しつつ、「だーかーらー! その『フフフ』は怖いって!」と言いたくなっていた。


 でも言えない。


 結果的に、サンゴウの発言を受けてジンの口から出てくる言葉は、後述のように別物となる。


 ヘタレ勇者の面目躍如である。


 そのような面目が躍如できて嬉しいのか?


 その点に、議論の余地があるのかもしれないが、そんなことは些細なことでしかないのであろう。


「そうか。だが今回は、俺に初手を任せてもらって良いか? 俺のやり方を試してみてダメなら、次の一手はサンゴウに任せるけども」


「はい。艦長のお手並み、拝見致します」


 サンゴウはジンから魔力を航行用エネルギーとして供給を受けたことで、ジンの実力を「特定の条件下であれば、サンゴウ自身の戦闘能力と同等以上だ」と見積もっていた。


 もっとも、人の身で宇宙空間においてできることは限られてしまう。


 それが、サンゴウ側の常識的判断になるのは間違いない。


 ジンの側は、サンゴウの性能の情報を知識として脳に直接流し込まれているため、「正確に理解できているかどうか?」はもちろん別なのだが、それでも「大体どんなことができるのか?」は把握していることになる。


 ジンにそうした前提があって尚、「初手を任せろ」と言った以上は。


 何らかの目算があってしかるべきなのだ。


 そもそも、ジンがロウジュに啖呵を切った段階で、全てをサンゴウ頼りで考えていた可能性は低い。


 サンゴウが視認できる距離にいる巨大な宇宙獣が生存できない超空間において、初めて出会った時のジンは平然と生存できていた。


 しかも、大破していて機能のほとんどを喪失していたサンゴウを、徒手空拳で救う力をその身に宿している。


 それらの事実だけで、サンゴウから見たジンは、これから彼が戦う相手よりも生物として格上なのは確定していた。


 だからこそ、サンゴウはジンにあっさりと初手を譲ったのである。

 

「ほいほい。じゃ行って来る」


「えっ?」


 ジンはサンゴウ内の操船艦橋から直接短距離転移を使い、単独で宇宙空間へと飛び出す。


 もちろんシールド魔法を用いて防御は万全。


 外観は宇宙服すらなしの生身だが、それでもどうということもないのである。


 ジンは、収納空間から聖剣を取り出した。


 観戦モードのサンゴウからすれば、「剣で何ができるのだろうか?」と興味津々。


 それだけに、サンゴウが周囲へと展開している観測用の子機を駆使して、ジンのこれからの戦闘行動を丸裸にするかの如く、録画記録を開始していたのは些細なことであろう。


「からの~! 全消滅スラーッシュ!」


 なんとも馬鹿っぽい、技名を叫ぶと同時にジンは必殺となる技を繰り出す。


 字面からは効果がわかりやすい技である。


 尚、宇宙空間であるので、ジンの叫びはサンゴウに届くことはない。


 しかし、サンゴウはジンの唇の動きから、読唇術と同様の方法で叫んだ内容を知っていたのだけれども。


「つまらぬものを。あっ! このセリフはやばいかも」


 何に対してやばいのか?


 そのあたりはサンゴウにとって意味不明であったが、今注目するべき事象はそこではない。


 戦闘自体は、あっさり終了である。


 宇宙空間において、剣を振ることで対象を完全に跡形もなく消滅させる斬撃を繰り出した。


 直径三キロメートルの巨体を持つ相手を、一メートルを少し超える程度の長さしかない刀身の剣を使い、一撃で屠る。


 しかも、武器が剣であるのに、接近戦を行ったわけではないのだ。


 サンゴウは、事実は事実としてデータを記録する。


 しかしながら、サンゴウは自身の持つ軍事兵器の常識を完全に覆す事象を確認してしまった。


 そのことで、艦長ジンへの戦闘能力評価が一変し、サンゴウは起こった事象に対して説明が付かないことに混乱しているのも現実であった。


 自身が機械式の人工知能ではなかったことに、この時のサンゴウは安堵していた。


 曖昧ではっきりしない事象を、機械式の人工知能では柔軟に受け止めることは難しいからだ。


 今回、観測できた事象に限定するなら、機械式人工知能を以ってそれを解析しようとした場合、確実に壊れる。


 それは人工知能にとって死を意味するのだから、サンゴウが安堵するのも当たり前ではあった。


 とにもかくにも、たった一度のお試しの戦闘が終了したことで、ジンの戦闘能力はサンゴウによる事前の予測を遥かに上回っていることが確定したのだった。


 敵を瞬殺したジンは、サンゴウへと転移で戻った。


 ちなみに、この時ジンが直接操船艦橋に転移したことで、「検疫系の問題をどうするべきか?」が問題になったのだが、その部分の話はここでは割愛する。




「艦長。いくらなんでも、デタラメ過ぎませんか」


「俺、勇者だもん」


 ジンからの想定外な返しで、サンゴウの思考が一瞬止まった。


 ファジーな事柄でも柔軟に受け止めることができるはずの、有機人工知能搭載型生体宇宙船の思考を、たとえ一瞬であっても「フリーズさせた」という快挙が成し遂げられた瞬間である。


 これは、もしもサンゴウの開発と製造を行ったメーカーの人間がその事実を知ったなら、卒倒するような話なのだった。


 まぁ、そんなことは起こらないので何も問題はないのだけれど。


「何でしょうね。『無敵の言葉』でしかないそれは」


「良いじゃん。済んだのだから。次行こうぜ、次!」


 こうして、勇者ジンは宇宙獣の猛威になすすべもなかった、ベータシア星系の第十二惑星をあっさりと救った。

 勇者と生体宇宙船のコンビの次なる目的地は、当初の予定通り同星系内の第十三惑星がある宙域となる。

 大宇宙の片隅で繰り広げられる、ファンタジー世界産の勇者と超科学文明から生み出された宇宙船による奇跡のコラボ。

 それぞれの分野での最強クラスの強者が、互いの力を信頼してガッツリとタッグを組む大暴れは、まだ始まったばかりなのだった。


 別に隠していたわけでもないのだが、宇宙獣との初戦闘で個としての強さの一端をサンゴウに披露して驚かせた、召喚された異世界で魔王討伐を成した勇者さま。

 軽い感じで、「今度の移動では俺が苦しくないように、頼むぜ相棒!」と、言い切る、長距離移動に関しては信頼するサンゴウの能力任せのジンなのであった。

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